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ウルトラマンになりたかった君に  作者: 伊丹剛志
【第2章】小さな〝暴君〟の憂鬱
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◆第2節 わがままがもたらした疎外感

 家で窮屈な思いをして自分の気持ちを隠している分、光輝は外で思い切り憂さを晴らそうとした。ご多分に漏れず、光輝も野球に夢中になり、プロ野球選手になる夢を頭に描いた。左利きだったこともあり、巨人の王選手と阪神の江夏投手のファンだった。毎日のように空き地に出かけては草野球に熱中し、そこで友達もでき始め毎日が楽しかった。

 人見知りするせいで親しくない人間の前ではおとなしい半面、光輝は仲が良くなった相手には無意識にわがままを通そうとするところがあった。

 「僕はピッチャーか3番でファースト。それ以外のポジションも打順も嫌やからな」 

 そうダダをこねても通るはずがなかった。

 「そんなん、平等にジャンケンで決めようや」

 そう言われると返す言葉はない。しぶしぶジャンケンに応じて負けてしまい、自分の望まない打順や守備位置になると、光輝は途端に不貞腐れた。

 「しょうもな、面白ないわ、こんな野球」

 ボールが飛んできても追いかけない。打席ではどんなくそボールにも手を出してさっさと三振した。ある時、大嫌いなキャッチャーをやらされることになった。光輝はわざとホームベースから遠く離れたところで構えた。

 「ここや、投げてこい」

 ピッチャーに声をかけると、チームのキャプテンが怒鳴った。

 「おい、光輝、ええ加減にせえよ」

 「やかましい、俺の決めた場所がホームや」

 光輝は言い返したが、その声に誰も耳を貸さず、呆れたように笑う声と軽蔑の視線が彼に向けられた。

 「僕、もう帰る!」

 いたたまれなくなった光輝はキャッチャーミットを地面に叩き付けると、その場から走り去った。

 

 お調子者のところがある光輝はいつでも野球がしたくて、いくつもの草野球チームに参加していた。ある日、その中の2チームが試合をすることになった。光輝はさすがに焦った。どちらにも相手チームに加わっていることは秘密にしていたからだ。

 「困ったな、どっちに参加したらええんや」

 試合が開始されるまで逡巡した。最終的に一つのチームを選んだが、選ばれなかった方のチームメンバーから試合中に嫌がらせを受けた。打席に立つとビンボールを投げられ、守っていたファーストに来たランナーからは悪態をつかれた。

 「お前なんかもう友達ちゃうわ、別のチームに黙って入りやがって」

 その言葉は光輝の脳裏に焼き付けられた。

 高倉健が1966年、昭和41年に歌った「義理と人情を 秤にかけりゃ義理が重たい 男の世界」という歌詞の精神は、子供たちにも浸透していた。「好き勝手に振る舞うと碌なことはない」という体験は、忘れられないものとなった。


 それから数日後、光輝は幼馴染のタモッちゃんと久しぶりに会い、あてもなく散歩をしていた。タモッちゃんも同じ小学校に通っている。2人がいつもの空き地に行ってみると、カズ坊たちが野球をしていた。弟分のカズ坊も同じ小学校に進んでおり、光輝とはよく一緒に草野球をする仲だ。

 「おい、僕らも交ぜてくれよ」

 光輝はカズ坊に気安く声をかけた。カズ坊は一瞬顔を強張らせたが、すぐに元の表情に戻りこう返してきた。

 「みんなにも聞いてみるからちょっと待ってて」

 そう言うと仲間の元に駆けていき何事か相談していた。しばらくして戻ってきたカズ坊の言葉に、光輝は自分の耳を疑った。

 「タモッちゃんはええけど、ミツキ君は嫌や、とみんな言うてる。ミツキ君、わがままばっかり言うし……」

 ショックを受けながらも、光輝は平静を装いタモッちゃんの腕に手をかけて言った。

 「ふーん、ほんならええわ。タモッちゃん、行こ!」

 「いや、僕はみんなと野球するよ」

 タモッちゃんは光輝の手を払いのけるとカズ坊の方へと走っていき、野球の試合が再開された。

 「おい、待ってーな、タモッちゃん」

 一人取り残された光輝は胸が張り裂けそうだった。大粒の涙があふれ出てくるのを止めることはできなかった。

 「僕も野球がしたい!」

 大きな声で泣き叫ぶ。しかし、親でもない遊び仲間は「泣いても許してはくれなかった」。

 初めて味わう疎外感・孤立感に打ちのめされ、光輝はしゃがみ込み、顔を両手で覆って泣き続けた。

 「おい、ミツキやろ、どうしたんや?」

 聞き慣れた声が頭の上からして顔を上げると、幼馴染のヤッさんだった。彼も同じ小学校に進んでいた。心配そうにこちらを見つめる優しい目に、光輝は今この場で起きたことを打ち明けた。

 「みんなに野球にまぜてくれ、て言うたのに、断られてん」

 「ほんまか、それ?」

 ヤッさんの顔が見る見るうちに強張った。空き地の中にズカズカと入っていくと、野球をやっているカズ坊達を怒鳴り付けた。

 「おい、お前ら、ちょっとこっち来い!」

 怒ったときのヤッさんの怖さはみんな知っている。すぐに試合を中断し、彼のそばにやってきて座り込んだ。ヤッさんは上から全員をゆっくりと見回した。

 「なんでミツキを仲間に入れたれへんねん?」

 「……ミツキ君は、いっつもわがままばっかり言うから困るねん」

 ヤッさんは光輝の方を振り返って尋ねた。

 「そうなんか、ミツキ?」

 光輝は黙ったまま首を縦に振った。

 「うん、自分のことしか考えてへんかったと思う」

 これまで彼らにエゴを押し付けてきたことの自覚はあった。

 「ほんなら、みんなに謝れ。それでみんなもミツキを許して一緒に野球したれや、な?」

 全員がヤッさんの言葉にうなずき、光輝は素直に頭を下げた。

 「今までゴメン」

 改めて光輝を仲間に迎え入れ、野球の試合が再開された。最初はお互いにぎくしゃくしながらも時間が経つにつれわだかまりは消えていき、光輝はタモッちゃんやカズ坊達と楽しくボールを追いかけた。

 ふと空き地の入り口に目をやるともうヤッさんの姿はなかった。

 「ヤッさん、ありがとう」

 光輝は心の中で頭を下げた。かばって助けてくれたヤッさんはカッコ良く、その友達思いの優しさに胸を打たれていた。

 「まるでウルトラマンみたいや」

 久しぶりに憧れの「ウルトラマン」のことを思い出した。

 「よし、これからは自分も友達を大事にしよう」

 光輝はそう決意した。

 それとともに、わがままに振る舞うことの怖さが体に刻み込まれた。光輝は自分が疎外されること、孤立することを何よりも恐れ、人から認められることを強く望んでいるのだと思い知らされていた。

 それからの光輝は、自分の欲望を抑えることでみんなに受け入れられていった。わがままさえなければ、無邪気で真っすぐな彼は友達に好意的に迎え入れられた。だが、光輝本人は何か釈然としないものを感じていた。

 「これは本当の僕なんか? 装った僕は好かれるけれど素顔の僕は嫌われる」

 そう思うと、光輝の自尊心はどんどん低くなっていった。でも、あの疎外感・孤立感を味わうくらいならそれで構わない。光輝はそう割り切り、ようやく居場所を見つけた気になった。

 

 1969年、光輝は4年生になった。アメリカの宇宙船アポロ11号が人類初の月面着陸に成功したその年の秋、学校から帰ってくると両親が待ち構えていた。

 「光輝、ちょっと話がある。こっちおいで」

 「なんなん? 改まって」

 茶の間で向かい合うと、父の俊が問いかけてきた。

 「引っ越そうかと思ってんねんけど、光輝はどう思う?」

 「えっ! どこに?」

 「ちょっと遠いとこやけど、家族3人で住みたいと思えへんか?」

 母の久恵が俊に助け舟を出す。

 「ここにおったら、お祖母ちゃんや信彦伯父さんにも迷惑かかるやろ? それに新しい家ではアンタも自分の部屋持てるで」

 古い日本家屋の今の家に光輝の個室はなかった。寝起きする部屋と両親の部屋はふすまで隔てられているだけで、プライバシーなどないも同然だった。少し気は惹かれたが、光輝は一番恐れていることを2人に尋ねた。

 「学校は? 今の学校には通えるのん」

 「いや、転校することになる」

 「嫌や、そんなん。絶対、嫌や!」

 即座に拒否した。せっかく自分を殺してまで友達をつくったというのに、また見知らぬ子供たちと一からやり直すなんて真っ平だった。光輝は必死に抵抗した。

 「今の友達と別れたないし、新しい学校に馴染めるのか不安や。いじめられたら嫌やし」

 早く自分たち家族の家を持ちたい俊も譲らない。

 「そんなん、行ってみなわからんやろ? 何事も挑戦やで」

 「お父さん、いらんことに手出して失敗するくらいならするな、ってよく言ってたやん」

 「…………」

 これには俊も返す言葉がなかった。

 この日以降も両親はことあるごとに光輝を説得しようとしたが、光輝は頑として受け付けなかった。


「【第2章】小さな〝暴君〟の憂鬱◆第3節 夕日に消えた背中」は、明日2月5日(水)19時投稿予定です

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