◆第1節 ウルトラマンになりたい
年が明けた1966年、昭和41年の4月、光輝は幼稚園を卒業し小学校に入学した。それを機に両親、特に父の俊は打って変わったように光輝に厳しく接するようになった。勉強を毎日しているか目を光らせ行儀作法にもうるさくなった。光輝の一挙手一投足をつぶさに観察し、気になる所作には容赦なく「ダメ出し」をする。
「先生の子供がアホやったら洒落になれへんぞ、しっかり勉強せえよ!」
「アカン、アカン、それでは。お茶碗はこう持ってお箸はこうや!」
「近所のおばちゃんに会ったら自分から挨拶せんかいな。それが礼儀というもんやろ」
叱られることが日常茶飯事になったことで、光輝は次第に自分に自信を失うようになった。始終見張られている気がして、親の前で何かをするときには常に緊張してしまい、かえって失敗することが増えた。
父の俊は「苦手な部分を放置すること」を特に嫌った。
「弱い所はなくさなダメやねん。そこを他人は突いてくる」
そのためには、「最悪のことを想定してそれに備えろ」としつこく諭し続けた。
それ以上に許されないのは、未知の分野に手を出してミスしてしまうことだった。
「いらんことに手を出して失敗するくらいなら、最初からするな」
光輝は、叱られるのが嫌で徐々に未知のものへの好奇心を示さなくなった。新しいことに挑戦する気概も持てなくなった。失敗をしてはいけないという気持ちは「人見知り」にも拍車をかけた。
「何かミスを犯しても大人はまだ優しいけど、同年代の子らは笑ってバカにするかもしれへん」
そう思うと、知らない子供に自分から声をかける勇気が出なかった。
光輝が唯一リラックスできるのは、この夏に始まった「ウルトラマン」を見ているときだった。毎週日曜日の夜7時になると、茶の間にあるテレビの前に座り食い入るように画面を見つめた。地球を侵略しようとする狂暴な怪獣を倒して平和を守る巨大変身ヒーローに、光輝は憧れた。
みんなに注目され愛される、強くて優しいウルトラマン。自分もそうなりたかった。
だが、現実は……。
親に怒られたくなくて失敗ばかり気にしている自分。人見知りで知らない人の前に出ると満足に口も利けなくなる自分。わがままで自己中心的なくせに喧嘩に弱く泣き虫な自分。人に愛されたいのになかなか振り向いてもらえない自分。
「まるで大違いや」
光輝は惨めな気分を追い払おうと、よく空想の中でウルトラマンになりきった。悪い敵をやっつけみんなから祝福される場面を思い描いては、自分を慰めていた。とても実現できそうにない「理想の将来像」は、これ以降光輝の潜在意識に通底奏音のように流れるようになる。
父の俊は「いい学校に入れる」ために、光輝を英会話スクールにも通わせた。また見ず知らずの人間とかかわりを持つのかと考えると、光輝はげんなりした。でも、父親には逆らえない。仕方なく何度か授業を受けたが、ある日、教室のドアを前にして中から笑い声が聞こえてきたとき、心が冷たく締め付けられた。
「失敗したらこんなふうに笑われる」
光輝は何度もドアノブに手をかけようとしたが体が言うことを聞かず、とうとうその場から逃げ出しトイレに駆け込んだ。
その時以来、光輝は英会話スクールに行っても教室には入らず、併設の食堂でカレーを食べては授業終了の時間までトイレに隠れて過ごすということを繰り返した。当然スクールからの連絡で、光輝がずっと出席していないことは両親にすぐにバレた。
俊は顔を真っ赤にして光輝に問いただした。
「光輝、なんで授業を受けへんのや。お前のためにお金をかけて英会話スクールに通わせてやってるのに」
怒られてパニックになった光輝は自分を装う余裕もなく、幼稚園時代に逆戻りした。
「嫌なもんは嫌やねん」
そう叫んだ途端、目から涙があふれ出た。それを見て俊の方が慌てた。
「わっ、わかった。英語は……まだ早かったんかな。……よっしゃ、もう行かんでもええぞ」
この時、光輝の胸の内に「泣けば許してもらえる」という思いが刻み込まれた。「ウルトラマン」はさらに遠い存在となった。
勉強や礼儀にはうるさかったが、それ以外の部分で俊は相変わらず光輝を甘やかしていた。食べたいだけ食べても「おいしいか、もっと食べや」と嬉しそうに目を細めている。おかげで、光輝はどんどん太っていった。学校に行くと「デブ! デブ!」と冷やかされるようになり、光輝はショックを受けた。
「太っているのは恥ずかしいことなんや」
光輝は食べる量を減らして痩せ、みんなに認められようと思った。だが、普段のようにモリモリ食べない姿を見て、両親は心配した。
「なんや、光輝。具合でも悪いんか。あんまり食べてないやないか」
「違うねん。太ってたらバカにされるんや。せやから痩せよと思うて」
「アホなこと言うな。言いたい奴には言わせとけ。お前が瘦せこけたら、ご飯も満足に食べさせてへんのかと言われるんは親や。太ってても家族は可愛いと思うてるんやから、それでええやろ」
俊も久恵も光輝の悩みには無頓着だった。子供の世界を知ろうともせず、「勉強もできて礼儀正しくポッチャリして可愛い子」と近所の人にお世辞を言われて、悦に入っていた。光輝は「もう親には何を言っても無駄だろう」と諦めるしかなかった。そして、次第に自分の殻に閉じこもるようになっていった。
それでも、光輝は両親のことが嫌いになったわけではなかった。
父の俊は、口下手で一見とっつきにくい印象だが、情に厚く人とは誠実に付き合い嘘はつかなかった。学校の子供たちにもえこひいきすることなく平等に接したため、慕われていた。正義感の強い振る舞いと頭の回転の速さに、保護者達は尊敬の念を抱いていた。光輝はそんな父をひそかに誇りに思っていた。
一方、母の久恵は6人きょうだいの末っ子として生まれたせいか、無邪気で天真爛漫なところがいまだに残っていた。父とは違い社交的で、気さくに振る舞う開けっぴろげな性格が近所の奥さん達に愛されていた。「天性の人たらし」と称した人もいたほどで、人見知りする光輝には、それが自慢でもあり羨ましい部分でもあった。
光輝がどんなにわがままで自己中心的であったとしても、友達として認めてくれる仲間がいたのは、この両親から受け継いだ無邪気さや情の厚さ、誠実さが自然と滲み出ていたからだろう。そのことを誰よりもわかっていたのは光輝自身だった。
だからこそ、胸の中で渦巻く相反する気持ちをどうすればいいのかわからなかった。ただ、今は家にいると息苦しくてたまらないのだ。
「【第2章】小さな〝暴君〟の憂鬱◆第2節 わがままがもたらした疎外感」は、明日2月4日(火)19時投稿予定です




