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ウルトラマンになりたかった君に  作者: 伊丹剛志
【第1章】甘さと苦さの狭間で
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◆第3節 山に置き忘れた「自分」

 回想に耽っていた光輝は静かに目を開けると微かに口元を歪め、懐かしむような笑みを浮かべた。

 「そういえば、あのワイン事件の時、タバコなんかも吸ったっけな」

 もうすっかり忘れていた過去が鮮やかに蘇る。すると、それに引きずられるように、いろいろな思い出が洪水のように押し寄せてきた。

 「でも、あの日のことだけは、今でも不思議に思うよ」


 それは、「セメント事件」が解決して程なく、幼稚園の行事で山登りに出かけたときのことだ。バスで少し郊外にある小さな山に行き、頂上まで登ったら少し休憩を取って下山するという行程だった。昼ご飯はハイキングコースの途中にある民宿で提供してもらった。そのあとはお決まりの「お昼寝」の時間だ。光輝はこの「お昼寝」の時間が嫌いだった。目を閉じると逆にいろいろなことが頭に浮かんで、イライラするばかりだからだ。

 この時も無理やり目を閉じたが、歩いて疲れたところにお腹がいっぱいになったからか、珍しく光輝は眠りに落ちていた。

 次にはっと我に返ったのは、自分の家の玄関を開け「ただいま」と言っている時だった。昼寝から起きバスに乗って園に帰り、そこから帰宅しているはずなのに、記憶がすっぽり抜け落ちている。特に「眠りから目覚めた」場面を光輝は全く覚えていなかった。


 この不思議な体験をした秋から季節は冬に変わり、その年は幕を閉じた。

 1965年、昭和40年は、南海の野村克也選手が戦後初の打撃三冠王を取り、巨人が後にV9という偉業を成し遂げる第一歩を踏み出した年だ。プロ野球人気が高まりを見せ、「高度経済成長期」に入ってあちこちにできた空き地で、子供たちが草野球に興じている姿が日常の風景となった。

 街には、田代美代子&和田弘とマヒナスターズの歌う大ヒット曲「愛して愛して愛しちゃったのよ」が流れていた。


 「案外、俺はまだ夢の続きの中にいるのかもしれない。実は昼寝から起きた光輝は別にいて、こことは違う世界で幸せに暮らしてたりしてな。パラレルワールドってやつ?」

 今の現実から目を逸らしたい光輝は、思い出に耽りながらそんな妄想さえ浮かべた。腰が痛いせいで行きたいところにも行けず、好きな音楽もできない。目標が持てず「一体何のために生きているのか」と自問を繰り返してきた2年間だった。

 光輝は再び目を閉じ過去へと旅立った。


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