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ウルトラマンになりたかった君に  作者: 伊丹剛志
【エピローグ】
28/28

ウルトラマンになりたかった君に

 暗い舞台の中央にポツンと小さな椅子が一脚置かれている。光輝はゆっくりとギターを抱えながら歩み寄ると、静かに腰を下ろした。マイクの位置を調整しそっと深呼吸する。2年ぶりに訪れたグルーヴ・ジャンクションだった。

 「復活の場とさせてほしい」

 「待ってたよ、その言葉を」

 光輝の申し出をオーナーは快く受け入れてくれた。考えてみれば、一人でステージに立つのは初めてのことだ。だが、心は平静を保っている。

 「伝えたいことを伝えるしかない」

 頭にはその思いしかなかった。結局、ヤッさんの宿()()の答えは見つからなかった。

 「自分のようにマイナス思考に囚われ、自己肯定感が低いせいでなかなか一歩を踏み出せずもがいている若者も、きっといるはずだ。本当はウルトラマンのようになりたいのに、傷つくことを恐れ立ち止まってしまっている彼らに、自分が経験から得たものを伝えたい」

 光輝はそう考えた。

 「今からでも遅くない、傷つくことを恐れず勇気をもって一歩踏み出そう」

 「小さな傷を進んで何度も体験することで耐性もできるし、大怪我をする危険もなくなる」

 自分が後悔の中からつかみ取った「真実」を知らしめることが、神から与えられた「役割」のように思えたのだ。

 「30を過ぎたこの俺でさえ、また一歩を踏み出そうとしているじゃないか」


 光輝は客席を時間をかけて見回した。見知った顔がいくつもこちらを向いている。

 今、光輝と共に腰痛と闘ってくれているヤッさんが「大丈夫だ」と言うように親指を立てている。その横には一体何年ぶりになるのだろう、幼馴染のタモッちゃんとカズ坊がいる。オッくんの穏やかな笑顔も目に入った。尖がっていたあの頃の面影はもうどこにもない。

 暇を見つけては途切れることなく同窓会旅行を楽しんだ高校の親友たち、ソフトボール部の仲間キータン、タケちゃん、ツジやん、ユウの姿も見える。後方の椅子に腰かけ仏像を彫っているキヨが顔を上げにやりと笑った。みんな大阪からわざわざ来てくれたのだ。

 今は京都に帰り、フリーのライターをしながらしぶとく作家の道を模索しているアタカが微笑んでいる。

 バンドを作るきっかけをもらったタツさんも駆けつけてくれていた。白いものが混ざり始めた髪の毛に過ぎ去った年月を感じる。

 驚いたことに、つらく当たってしまい袂を分かったギターのオトさんがいるではないか! 腕を組みニコニコ笑っている。優しい人柄は昔のままのようだ。光輝はそっと頭を下げ過去の非礼を無言で詫びた。

 アンチェインド・ソウルの面々も照れくさそうに、きまり悪そうにしながらも、目でうなずきかけてくれている。ニシやん、キヨシ、ケイスケ、ノブ、ヒロ……5人の顔を眺めているうちにわだかまりは跡形もなく消え去り、懐かしさだけが胸を満たした。

 客席の最後方にいるのは年老いた両親だった。ライブハウスという自分達には無縁な場所に足を踏み入れ居心地が悪そうだ。俊は苦虫を嚙みつぶしたような顔つきでステージを睨みつけるようにしている。久恵は不安そうに辺りを見回していた。それでも、2人は光輝の招きを受け入れやってきてくれたのだ。

 「親不孝者の俺を許してくれ」

 光輝は両親に目で思いを伝え一つ咳ばらいをすると、客席に向かって語り始めた。

 「みんな、今日は来てくれてありがとう。懐かしい顔が見られて嬉しいよ。ヤッさんのおかげで随分軽くなったとはいえ、実はまだ腰は痛い。でも、痛みが増すことを恐れて家に閉じこもっていたら一歩踏み出せない前の俺のままや。そう思ってここに出てくる決心をしました。

 わがままで自分勝手やった俺は、親に叱られるうちにいつしかマイナス思考に陥って自己肯定感が低くなり、承認欲求ばかりが大きくなっていきました。そのくせ、前に一歩出て傷つくことを怖がり立ちすくむことを繰り返してた。情けない奴やな。そんな俺の背中をある本が押してくれました。バカになれ、と。そして、勇気を出して一歩踏み出したら、全てがうまく回り始めた。俺は有頂天になったよ。それで勘違いした俺に、いい気になった俺に罰が与えられました。それがこの腰痛です」

 一度言葉を切り深く息を吸う。客席はしんと静まり返っていた。

 「その一歩は結局、人に認められたいための一歩でしかなかった。それではアカンと潜在意識が歯止めをかけてきたんです、腰に痛みを出すことでね。そうヤッさんに教えられました。大事なのは音楽で強く優しくなるための一歩を踏み出すことやと。だから俺は、今ここにいます」

 光輝は改めてギターを抱え直しマイクに向かった。

  

『ウルトラマンになりたかった君に』


「自分が信じられずに 立ちすくみ震えてる

傷つくことが 何より怖いから

今はまるで冴えない 曇り空でも

歩き始めれば 晴れ渡るはずさ


街にあふれる イミテーション達の中に

埋もれてしまうな 輝け ピュアソウル


きっとなれるさ さあ一歩 踏み出そう!

みんな憧れる ヒーローはウルトラマン

君ならなれるさ その一歩 踏み出そう!

みんな憧れる ヒーローはウルトラマン」


 光輝はただ無心に歌い続けた。褒められたい・認められたいという気持ちより、今は強くて誰にでも優しくなれる存在になりたいという願望の方が強かった。

 「憧れたウルトラマンのように絶対になってみせる」

 決して飾ることなく、格好をつけることなく、その思いを素直に歌声に乗せることができた。この魂の音楽(ソウルミュージック)が、自分のように傷つくことを恐れ一歩踏み出せないでいる若者にも届くことを、心はひたすら願っていた。

 

 「ウルトラマンになりたかった君に

  聞こえているかい この歌が

  さあ、怯えていないで

  勇気をもって 一歩前へ

  そうすれば世界は 変わるはずさ

  いつか君は なりたい自分になれるはずさ」


 気が付くと、アンチェインド・ソウルのメンバーがステージに上がり光輝の歌に合わせ音を出し始めていた。ニシやんのお父さんのようにどっしりとしたドラムとキヨシの母性にあふれるベースがリズムを支え、その上をケイスケのキーボードとノブのギターが気持ちよさそうに泳いでいる。ヒロのサックスは光輝の歌とのキャッチボールを楽しんでいるかのようだ。

 光輝は目でオトさんを呼び込んだ。最初は遠慮していたが、やがて根負けしたのか、オトさんもステージに来てくれた。

 「あの時の俺は弱い人間だった。誰にでも認められたいという自分の欲求を抑えきれず、オトさんを傷つけてしまったのだ」

 光輝は、再出発するのなら、そこにケジメをつけたかった。きちんとオトさんに謝ることなしに、強くて優しい音楽などできるわけがない。オトさんのギターが光輝のメロディーに優しく絡んでくる。

 「わかったよ、ミツキの気持ちは。もう何も心配するな」

 奏でるフレーズはそう言ってくれているかのようだった。 


 「きっとなれるさ さあ一歩 踏み出そう!

  みんな憧れる ヒーローはウルトラマン

  君ならなれるさ その一歩 踏み出そう!

  みんな憧れる ヒーローはウルトラマン」

 いつのまにか客席にいる全員が一緒に歌ってくれていた。この歌声は、サウンドは、そしてみんなの思いは、必ず若者の心にも響くことだろう。

 光輝はシャウトし、ギターを高く掲げた。

 「さぁ、次は君たちの番だ!」

 その瞬間、左の腰から痛みがすっと抜けていった。


            ★   ★   ★   ★   ★


 「はい、みんな起きてー! お昼寝の時間は終わりだよ。お家に帰ろうね」

 光輝は幼稚園の先生の声で深い眠りから目を覚ました。起きた瞬間、どこにいるのかわからず思わず周りを見渡す。山登りの行事で訪れた民宿であることを思い出し、安堵のため息を漏らした。

 「僕、何か夢を見ていた気がする」

 でも、中身はまるで覚えていなかった。


※この物語はフィクションです。一部、物語の演出上、実在の人物や団体、出来事を基にした描写がありますが、それ以外の登場人物や団体等は特定の実在する個人や団体等を指すものではありません。


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