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ウルトラマンになりたかった君に  作者: 伊丹剛志
【第7章】命がけの一歩の意味
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◆第3節 傷つかない人生などありはしない

 ヤッさんはさらに畳みかけてきた。

 「お前の一歩を押しとどめてきたんも、その承認欲求や。それが減点主義の神様の正体ちゃうんか? どんだけええとこがあってもそこは無視して、悪いとこを見つけ出してはブレーキかけるんは、誰からも批判されたないからやろ? 減点主義の神様は、傷つくのが怖いお前自身なんや」

 自分自身が「減点主義の神様」だった? にわかには信じがたかった。いや、信じたくなかった。しかし、光輝は反論できなかった。

 「それでも勇気を出して、ミツキは人生で初めて後先を考えずに一歩踏み出した。幸か不幸か全てがうまく回り始めた。でもな、承認欲求は満足することを知らへん。気付かんうちに、どんどんエスカレートしていくもんなんや。注目されたい・愛されたいだけでは、『もっともっと』と終わりがない。今回の腰痛は、それにストレスを感じて悲鳴を上げた潜在意識が、歯止めをかけるために作り出した痛みやと俺は思う」

 光輝には何が何やらわからなかった。そうした精神的なものがこんなにはっきりした痛みを作り出せるのか。

 「そしたら、俺はどないしたらええん。どないしたらこの痛みは消えるんや?」

 ヤッさんは、身を乗り出すと改めて光輝の目をのぞき込んだ。

 「音楽で強く優しくなるとはどういうことか考えてみ? それがわかったら、今度こそ本当の意味での一歩を踏み出すんや、ウルトラマンになる。それは『人に認められないといられない場所』から『理想の自分を実現することに喜びを見出す場所』に()()を越えて踏み込んでいくことでもある。これがミツキの言う命がけの一歩の意味違うかな? ゆっくりとでもそこを目指して自分で自分を褒めてやれるようになったら、痛みは自然と消えていくはずや。もちろん、俺も協力させてもらう」

 そう言うと、ヤッさんはふぅーっとため息をついて焼酎のお湯割りが入ったグラスを口に運んだ。

 光輝はこっくりとうなずいた。窓の外では、長い夜が明け空が白み始めていた。


 ヤッさんが帰り一人になった光輝は、彼に言われたことについて考えを巡らせた。今回の腰痛で思い知らされたことがある。それは傷つかない人生などないということだ。避けようとしても、生きている限り絶対に傷つく場面は訪れる。そうであるなら、早いうちに挫折を経験しておくべきだったのだろう。きっとその方が耐性もついていたにちがいない。昔の人も言っていたではないか! 「若いうちの苦労は買ってでもしろ」と。

 思いはさらに深まっていった。そもそも人間の運の総量は決まっていて、いい運と悪い運の量に差はないのかもしれない。しかし、最終的には誰もが差し引きゼロになるのだとしても、悪い運は後回しにすればするほど一気に来てしまう。それがこの腰痛の正体なのだ。

 「まだ間に合うやろか、ヤッさん?」

 光輝は「承認欲求を満たすための一歩」ではなく、「理想の存在になるための一歩」を踏み出したかった。今度こそ傷ついても立ち止まるわけにはいかないと、改めて心に誓う。「音楽で強く優しくなる」とはどういうことなのか。ヤッさんの投げかけた問いへの答えはまだ見つかっていない。それでも、そこをゴールと定め到達を目指すことが自分の「使命」なのだと思えた。ふと視線を移すと、目に留まるものがあった。ギターだ。

 「もう半年以上触ってないけど……」

 何かに誘われるように手に取り、埃を払う。恐る恐る弦を弾くと、かつて親しんだ音色が励ますように心にかすかな温かさを灯してくれた。

 「やるしかないよな」

 光輝は自分にそう言い聞かせた。


「【エピローグ】ウルトラマンになりたかった君に」は、明日2月25日(火)19時投稿予定です


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