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ウルトラマンになりたかった君に  作者: 伊丹剛志
【第7章】命がけの一歩の意味
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◆第2節 帰ってきたウルトラマン

 長い回想を終え光輝は再び目を開けた。

 

 今は1991年、平成3年の秋、気が付けば32歳になっていた。この年、2月に湾岸戦争が勃発し、イラクが敗北。8月にはソ連が消滅するなど世界は大きく揺れ動いた。だが、光輝の腰に変化は起きなかった。整形外科に通っても、腰痛の専門院で施術を受けても一向に良くならない。失意の毎日の中、自転車で街を巡っていると、ふと「青田整骨院」という看板が目に入った。保険診療も可と書いてある。外から見ても結構混み合っていて人気がありそうだった。

 「ここもダメならどうしよう」

 不安にも思ったが、入ってみることにした。

 「スミマセン。初めてなんですが、診ていただけますか?」

 ドアを開け声をかけると、奥の方から大柄で体格のいい男がこちらにやってきた。

 「はい、大丈夫ですよ。どうされました?」

 その声には聞き覚えがあった。もう一度顔をじっくりと見る。間違いない!

 「違っていたらごめんなさい……もしかして、青田康さんとちゃいますか?」

 最後が自然と大阪弁になった。

 「はい、そうですけど……」

 怪訝そうだった顔にすぐ驚きが浮かんだ。

 「えっ? もしかしたらミツキか!」

 「そうやで、ヤッさん! ミツキや」

 「痩せたからわからんかったわ。なんちゅう偶然やねん」

 2人は手を取り合って再会を喜んだ。

 ヤッさんは高校を卒業すると東京に転出し、少林寺拳法を皮切りにさまざまな格闘技を経験したそうだ。試合中に怪我をしたことで人間の体の構造に興味を持ち、柔道整復師の国家資格を取って整骨院を開業したという。

 ヤッさんはプロの顔に戻し光輝に尋ねた。

 「それで今日は? どないしたんや」

 光輝はこの2年、腰痛に苦しめられている現状を訴えた。

 「わかった。ほな、こっちのベッドに横になって。順番がきたら診さしてもらうから」

 施術は丁寧で、ヤッさんの優しさを改めて感じさせるものだった。光輝の腰を手で確かめながら、彼は尋ねた。

「寝たきりで動けないほどの痛みを10とすると、今はどれくらいや思うてる?」

「7か8…いや、それ以上かもしれへん」

 ヤッさんは深くうなずくと、少し間を置いて静かに言った。

 「触った感じでは、そこまではないよ。せいぜい5か6、痛みがあったとしても、日常生活は普通に送れるレベルのはずなんや」

 ヤッさんが言うには、脳がパニックを起こしているせいで、痛みの度合いを正しく認識できなくなっているらしい。脳が壊れた火災報知器のようになり、大した刺激でもないのに危険を知らせる警報だけを「痛み」として鳴り響かせている、そんな状態だ。これは何らかのストレスを原因とする「心因性腰痛」が疑われるという。

 「どないしたらええんやろ?」

 ヤッさんはしばし考え込むように顎に手をやっていたが、やがて顔を上げて言った。

 「今日の夜はなんか予定あるんか?」

 「いや、こんな体やから出歩けんもん、なんもないよ」

 「そうか。よっしゃ、仕事終わったらおまえの家に行くわ。その時に話しょう。地図描いて置いていってくれ。この辺なんやろ、チャリで来てるんやから」

 「そうや、わかった」

 光輝は簡単に地図を描いてヤッさんに渡すと整骨院を後にした。

 

 その夜9時を過ぎた頃、ヤッさんが酒とツマミをぶら提げて光輝のアパートを訪ねてきた。ビールで20年ぶりの再会を祝して乾杯した後、2人は幼稚園や小学校時代の思い出話に花を咲かせた。酔うほどに話題は別れて以降のことに及んだ。ヤッさんは笑いながら話しているが、中学・高校と相当に過酷な日々を送っていたようだ。やんちゃな転校生は不良達の標的となり、何かにつけ喧嘩を吹っ掛けてきたという。クラスの中で「いじめ」にもあったそうだ。そうした苦難を一つひとつ乗り越え、ヤッさんは格闘技の道へと進んだ。

 「さすがにヤッさんは強いな、それに比べて俺は……」

 心の中で自嘲する光輝に、ヤッさんが姿勢を改めて尋ねた。

 「それで、や。思い当たるストレスはあったか?」

 光輝は、ホトケの本との出会いから今に至るまでの経緯をヤッさんに話した。

 「結局、腰痛は、自分に似合わんことしたことの報いやと思う。マイナス思考で自己肯定感の低い人間が後先考えずに一歩踏み出したら怪我をする。それをしてしまったことへの後悔がすごいあるんよ。それがストレスになってるかもしれへん。しかも、その一歩たるや、踏み出したとは到底言えん、甘い甘い一歩でしかなかったとも思うしな、情けない話やけど」

 これは「最悪のことを想定してそれに備え」なかったことへの「減点主義の神様」の罰なのだ、と光輝は話を締め括った。

 ヤッさんはしばらく黙ったままだった。沈黙に耐え切れず光輝は口を開いた。

 「ヤッさん、野球のこと覚えてるか?」

 「野球? ああ、ミツキが泣いとった日のことか?」

 光輝は思わず苦笑いする。

 「そうそう。あの時のヤッさんはウルトラマンみたいにカッコよかった」

 「ウルトラマン?」

 「そうや、みんなに注目されて愛される強くて優しいヒーローや。あの頃は俺もウルトラマンになりたかったよ」

 ヤッさんは光輝の目をじっと見つめた。

 「それで今はどうなんや。今でもウルトラマンになりたいんちゃうか?」

 「何言うてんねん。俺らもう30過ぎてんねんで。30過ぎてウルトラマン目指してる奴なんか……」

 アホや、と続けようとして光輝は口をつぐんだ。これではイケシンと同じではないか。それを否定してきたのではなかったのか。

 「ミツキが音楽にそんだけ入れ込むのも、みんなに注目されて愛されたいからやろ? それは小さい頃にウルトラマンになりたかったんとおんなじことや思うで」

 光輝は何も言い返せない。

 「問題は、注目されたい・愛されたいと、そればっかり願っているとこや」

 自己肯定感が低く自分で自分を評価できない分、他人からの承認でようやく自らの存在意義を確かめ、安堵することができる。この「承認欲求」を満たすことのみを追求していたのではないか、とヤッさんは言っているのだ。確かにその通りだ。中学の時、オッくんに友達として認められて以来、自分は無意識にせよ意識的にせよ人から認められようとばかりしてきた。

 ヤッさんの口調が熱を帯びる。

 「ほんまは、強くて優しい存在になるということ、それを目指さなアカンのと違うか?」

 その言葉に、雷に打たれたような衝撃が光輝の体を貫いた。


「【第7章】命がけの一歩の意味◆第3節 傷つかない人生などありはしない」は、明日2月24日(月)19時投稿予定です


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