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ウルトラマンになりたかった君に  作者: 伊丹剛志
【第6章】有頂天が招いた悲劇
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◆第2節 「承認欲求」が生んだ亀裂

 大阪でのイケシンとのセッションは、光輝が大学5年生になってから開催していなかった。そもそも大阪に帰る機会が減っていた。1986年、昭和61年の正月、帰阪した光輝を久しぶりにイケシンが訪ねてきた。1981年の冬休み以来だ。彼はその頃大学を中退し、本気でプロのギタリストを目指していた。あれから連絡を取り合うこともなかった。今、目の前に少し大人びた懐かしい顔があった。

 「久しぶりやなぁ、ミツキ」

 「おお、イケシン。元気やったか?」

 「うん、おかげさんで病気もせんと生きてまっせ」

 イケシンはそう言うと豪快に笑ってみせたが、なにか作り物めいた笑顔に見えた。

 「どう? 道はつけられたか? ギタリストになる」

 尋ねると、イケシンはこちらを呆れたような顔で見つめて言った。

 「オレら今年27やで。いつまでも夢みたいなこと言うてる場合ちゃうやん。中退して1年は頑張ってみたけど芽が出えへんかったから、就職したよ。今は不動産屋の営業やってる」

 名刺を取り出すと光輝に渡した。

 「お前はどうしてんのん?」 

 光輝がバンドを結成して働きながら月1でライブをしていると正直に打ち明けると、説教じみた言葉が返ってきた。

 「まぁ、そういうのも30までやで。プロでもないのに30過ぎて音楽なんかやってる奴はアホや」

 光輝は悲しかった。東京と大阪に分かれてはいても、2人の間に隙間風が吹いてはいても、共に音楽を愛して頑張る仲間、良きライバルと思っていた分、その台詞は心の深い部分を傷つけた。それからは、音楽とは何の関係もないイケシンの仕事自慢が続いた。セッションを再開しようと持ちかける雰囲気ではなくなった。

 「ちょっと飲みに行こか」

 光輝は話を遮るとイケシンを連れ出しミナミへと繰り出した。朝まで何軒もハシゴをして飲み明かし、酔っぱらったイケシンが始発電車に乗り込むのを見送った。その後ろ姿を見てハッとした。たとえようもない寂しさが滲み出ている。

 「オレかて、ほんまは音楽続けたかったんや」

 背中は無言でそう叫んでいるように思えた。

 「ほなな、ミツキ」

 「おお、気ィつけて帰れや」

 それが2人が交わした最後の会話となった。その日以降、イケシンとはぷつりと音信が途絶えた。実家に連絡を取ってみても、どこで暮らしているのかさえわからなかった。大学を中退したことで、半ば勘当されるように家を出て行っていたのだ。

 自慢のヤマハのセミアコを背負い、ウエスト・ロード・ブルース・バンドのアルバム『ブルースパワー』を差し出すイケシンの得意そうな顔が目に浮かんだ。

 「聞いてみ、ごっつエエから」


 「プロでもないのに30過ぎて音楽なんかやってる奴はアホや」

 東京に戻った光輝の頭の中で、この言葉がエンドレスで再生されていた。仕事をしていても、バンドのリハーサルをしていても、ライブ中でさえ消えることはなかった。

 「30までに何とかしないと」

 もちろん、音楽でプロになる=職業にするという意味ではない。30歳になるまでに、キングビスケッツのサウンドのクオリティーをプロレベルにまで高めようと、改めて自分に言い聞かせたのだ。光輝は一層バンドに入れ込むようになり、レパートリーの幅を広げるという目標を立てた。今までは、ストレートでダウンホームな、いわゆる「泥臭い」ナンバーばかりを取り上げていたが、これからはモータウンサウンドのように「洒落た」曲やジャズのスタンダードも加えようと目論んだ。マーヴィン・ゲイの「愛の行方(What’s Goin’ On)」や、フランク・シナトラの「My One and Only Love」などだ。


 だが、このことがバンドに亀裂を生じさせる。ブルースロック一辺倒だったオトさんのギターはそうした曲に馴染まなかった。3カ月が経過しても、元来のんびり屋のオトさんはスタイルを変えることもなく、それが光輝をイラつかせた。

 「オトさん、なんかそのフレーズ、マッチしてないんじゃない?」

 指摘しても暖簾に腕押しだった。

 「そうかなあ。でも、オレ、こういうふうにしか弾けないよ」

 年上で人柄もいい彼にそれ以上文句をつけることができず、光輝は引き下がった。しかし、妥協した結果はすぐに現れた。「グルーヴ・ジャンクション」でのライブが、店のオーナーやスタッフをはじめ、客からも不評を買うようになったのだ。

 「こんなサウンドだったらウチにはもう出せないよ。今年いっぱいチャンスをやるから立て直すんだな」

 6月、とうとう店から最後通告を受ける。光輝は土俵際まで追い詰められた気がして我を失った。「何とかしなければ」という気持ちが空回りし、それ以降、ことさらオトさんにきつく当たるようになった。

 「違うって、オトさん。そうじゃないって!」

 「何回言えばわかるんだよ!」

 当然バンドの雰囲気は悪くなり、光輝と他のメンバーの間に深い溝ができていく。一つにまとまっていたはずの心は離れ離れになり、それぞれがてんでバラバラに好き勝手なプレイをし始めた。サウンドは良くなるどころか悪くなる一方だった。

 約束の期限である1986年の年末ライブを最後に、「グルーヴ・ジャンクション」からの出演オファーは途絶えた。世の中はこの頃から「バブル景気」を謳歌するようになる。一方、光輝の心は暗く沈んだままだった。


【第6章】有頂天が招いた悲劇◆第3節 好きなことがあるならバカになれ!」は、明日2月20日(木)19時投稿予定です


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