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ウルトラマンになりたかった君に  作者: 伊丹剛志
【第5章】〝熱い魂(ソウル)〟の交差点
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◆第5節 キングビスケッツ:ブルースの響き、人生の転機

 パチンコ屋でのバイトとバンドの練習に明け暮れていた光輝は結局、大学には1日も顔を出さず留年することが決まった。さすがに両親に申し訳なく、次の年度は学業に復帰し、卒業を目指すことにした。

 1982年、昭和57年4月、大学「5年生」の日々がスタートする。4年生の時にサボったツケが回り、朝から夕方までほぼ毎日授業があった。バイトとバンドに割く時間を削るしかなかったが、そのことが思わぬ事態を引き起こす。

 バンドの解散だ。イーストウェストの予選の後も、なかなか全員の都合が合わないという状況にさらに拍車をかけることになり、ダイスケの堪忍袋の緒が切れた。

 「こんなんじゃやってられないよ、リハもろくにできないなんてつまんねーよ」と脱退を宣言した。もともとダイスケに連れてこられて参加したにすぎないタカミンも、それに追随した。残ったのは光輝とシンさんの2人だった。

 「リズムがいないんじゃ、スタジオ入ってもしょうがないよなぁ」

 シンさんのその言葉で活動の休止が決まった。


 光輝は、このバンド解散を機に、もっと本格的にブラックミュージックに挑戦しようと心に決めた。シンさんたちと出会う直前に見た映画「ブルース・ブラザース」で体験した本物のブルースやソウル、ファンクは、体に震えが走るほど格好良かった。 特にオープニングの場面で流れる「She Caught the Katy」には痺れた。オーティス・レディング、サム・クック、レイ・チャールズやB・Bキング、アルバート・キング、フレディ・キングの「ブルース界の三大キング」、マーヴィン・ゲイ、ダニー・ハサウェイなどなど……「本物達」のレコードを買い漁っては聴き込んで曲を覚えた。それと並行して音楽情報誌の「プレイヤー」や「ジャズライフ」でメンバー募集もかけた。


 実に様々な人間から連絡があり、何度も何度もセッションを繰り返した。半年ほどその作業に費やしただろうか、秋に入る頃ようやくバンドが形になろうとしていた。光輝は、音楽学校で受付のバイトをしている2つ年下のジャズ系ドラマー中野聖一(ナカノ セイイチ、通称セイちゃん)、1つ年上で、かつて柳ジョージのボーヤをしていたという絵描き志望のベーシスト長池良治(ナガイケ リョウジ、通称イケリョウさん)、楽器屋勤務のブルースロックが大好きな29歳のギタリスト乙木久(オトキ ヒサシ、通称オトさん)、セイちゃんと同い年のキーボーディストで根っからのファンクマニア佐藤邦彦(サトウ クニヒコ、通称クニ)の4人をメンバーに迎えた。

 「これからよろしく!」

 「おぉ、楽しくやろうや」

 「いいバンドにしたいっすね」

 「早くライブやりたいよな」

 「いずれはレコーディングもしようよ」

 時間がない中でも週に1度はスタジオに入りリハーサルを重ねた。目指していたのは、1970年代のブルースやR&Bを自分たちなりのアレンジでプレイするというスタイルだ。光輝は、いわゆる「完全コピー」という名の「猿真似」をする気はなかった。ブラックミュージック系の音楽を目指している人間には、意外なほど「物まね」好きが多い。

 「本場の誰かに似ていないとダメだね」

 そう断言するセミプロミュージシャンまでいた。だが、光輝は再現する能力よりも創造する能力に磨きをかけるべき、と考えていた。

 「やるのはコピーじゃなくてカバー。自分らの個性を出していくバンドにしたい」

 集めた4人には、それを受け入れるだけの「柔軟性」があった。

 バンド名は「キングビスケッツ(King Biscuits)」。アメリカのアーカンソー州ヘレナで1940年に始まったブルースをかけるラジオ番組「King Biscuit Time(キングビスケットタイム)」に由来する。光輝は、練習を重ねる中で一つの夢を叶えようとひそかに決意していた。それは、自らをここまで導いてくれた「関西ブルース」「浪速ソウル」の面々がよく出演している老舗ライブハウス「Groove Junction(グルーヴ・ジャンクション)」に、自分達も出ることだった。妥協することなく音作りに努めた執念が実り、1983年、昭和58年の幕開けと同時に送ったデモテープで出演切符を勝ち取った。光輝は天にも昇るほどの喜びに打ち震えた。

 「やったね!」

 「あそこに出られるなんて夢のようだよ!」

 メンバーも嬉しそうだ。

 本番は4月だった。バンドのリハーサルも熱を帯びていく。光輝はまた大学に通わなくなっていた。レポートを提出しないと単位をもらえない課題もほったらかしにしたままだ。

 「これでまた留年か」

 親の顔が浮かんだが頭を振ってそれを追い払った。ところが、光輝は大学を「追い出された」。3月になって、なぜか卒業扱いになっていたことを知ったのだ。これで根無し草になってしまった。就職活動など何もしていない。


 光輝は、いきなり社会の荒波の中に放り出されることになった。


「【第6章】有頂天が招いた悲劇◆第1節 俗物たちの「常識」に背を向けろ!」は、明日2月18日(火)19時投稿予定です



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