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ウルトラマンになりたかった君に  作者: 伊丹剛志
【第5章】〝熱い魂(ソウル)〟の交差点
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◆第4節 たかだか予選のベストボーカル

 年が明け1981年、昭和56年を迎えた。

 大学生活最後の年にもかかわらず、光輝は学校にも行かずパチンコ屋でアルバイトを始めていた。ドロップがなくなると自分の居場所はどこにもなかった。あの火事の火元はドロップだった。天ぷら鍋を火にかけたまま、マサさんは離れた場所でギターに夢中になっていたそうだ。気が付いたときにはもう火の手が上がっていた。

 ドロップは、日頃から胡散臭い若い奴らが深夜までタムロして騒いでいる店として、地元住民に目をつけられていた。そのため、被害が及んだ近隣の人間は謝罪に訪れたマサさんとオーナーに罵声を浴びせた。

 「いつかやらかすんじゃないか、と思ってたよ。一体どう責任を取るつもりなんだ、お前ら!」

 2人はひたすら頭を下げ続けるしかなかった。

 常連客達も集まる場所を失い、離れ離れになった。マサさんは、親に無理やり親戚の会社に就職させられた。今はあんなに嫌っていたスーツ姿になり、サラリーマンとして毎日を過ごしているという。エツコとは正式に籍を入れ夫婦になったそうだ。


 バイト先にパチンコ屋を選んだのは、バンド活動を想定してのことだった。スタジオでのリハーサル、ライブ本番を考えると、できる限り時間を自由に使えるようにしておきたかった。コンビニはまだ数が少なく、人見知りする自分には向いていないと思っていた。ところが、パチンコ屋はある意味でコンビニ以上に「人に気を遣う必要」があった。

 負けが込んでくると客は店員にサービスを求めてくる。当たりの穴(入賞口)に玉を入れてくれとせがんでくるのだ。基本的にはしてはいけない行為だ。しかし、黙認されるケースもある。入れて良い客とダメな客の区別は、裏の景品交換所の人間がつけていた。その見極めが光輝にはできず、間違えてはよく凄まれた。

 「お前、誰に入れてんだ、この野郎」

 「スミマセン」

 頭を下げるしかなかった。背後にヤクザがいるのは明らかだった。それを見て、このパチンコ屋にたむろする不良達が笑った。

 かつてはやんちゃなヤッさんやオッくん、豆タンとは気が合った光輝だったが、「ヤクザ予備軍」としか言いようがない彼らとはそりが合わなかった。今でいう「半グレ」のような連中。ヤクザの威を借りて、ねめつけるように人を見る態度には虫唾が走った。向こうもこちらの気持ちに気付いていたのか、ガンをつけてくるようになった。

 「たかがバイト先でのこと、知らん顔をしとけ」

 そう宥める自分がいたが、ある時我慢ができなくなった。開き直るといつもの弱気の虫が引っ込んだ。イケシンと出た文化祭の時と同じだ。

 「なんか用かい?」

 「あん? なんだ、テメー。誰にそんな口利いてんだ」 

 一触即発になったときだった。

 「やめとけ、つまんねえよ、怪我したら」

 常連客が間に入ってくれ、その場は収まった。

 「ありがとうございます」

 「いや、気にすんな」

 その男性は台に戻っていった。

 やがて店が閉まる時間になり、帰り支度をしていると先ほどの男性がまた近寄ってきた。

 「一緒に帰ろうか?」

 「えっ、どうしてですか?」

 「さっきの不良が仲間を連れて待ち伏せしてるかもしれん。あいつらはそういう人種だから」 

 2人が外に出ると、その言葉通り、揉めた相手が何人か若者を引き連れて光輝を待っていた。

 「ちょっと待ってて」

 そう言うと男性は不良達の方に歩み寄り、何事かささやいた。驚いたことに集まっていた全員が素直にその場から立ち去った。

 「これで良し、と。明日からもう安心して大丈夫だぞ」

 「……ありがとうございます。でも、どうして?」

 「まぁ、これはちょっと反則なんだけど、兄貴の名前を、ね。……ところで、時間ない? 少し飲まないか」

 「時間はありますけど、お金が……」

 「いいよ、奢ってやるよ、それくらい。行こうぜ」

 「助けてもらった上に奢ってもらうなんて……甘えすぎです」

 「いいからいいから」

 光輝は男性に連れられ朝5時まで営業している居酒屋の暖簾をくぐった。

 席に着きビールで乾杯をしてから、2人は改めて自己紹介し合った。

 「名前、なんて言うの?」

 「華原光輝と言います。みんな、ミツキって呼んでます」

 「ミツキ君か、これを機によろしくな」

 「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 男性は戸口竜也(トグチ タツヤ)という名で、年は30歳。今は高校の同級生が営む精肉店で働いているが、若い頃はこの地域で知らない者がいない「ワル」だったそうだ。双子の兄の「竜司(リュウジ)」とのコンビは「双頭の竜」と呼ばれ、地元のヤクザでさえ避けて通るほどだったという。弟のタツさんは大人になって「カタギ」に戻ったが、兄の方はそのまま「本職」の道へ進み、今ではいっぱしの幹部になっている。景品交換所はその組の系列組織が仕切っているため、そこの人間もたむろしている不良達もリュウジには頭が上がらなかった。タツさんは、今後光輝に手を出したら兄貴に言うと警告してくれたのだった。

 酔いが回り打ち解けた雰囲気になったとき、話題が音楽に及び、光輝は実はバンドメンバーを探していると打ち明けた。

 「やっぱりそうか! 音楽やってるような気がしてたよ。俺も今はやめちゃったけどついこないだまでやってたから、なんとなくわかるんだ。それで気になってたんだ、君のことが。……よし、知り合いのドラマーを紹介してやるよ」

 「本当ですか? ありがとうございます」


 思ってもみなかった展開に光輝は大いに喜び、翌日さっそくそのドラマーに会いに行った。藤井大(フジイ マサル、通称ダイスケ)。年は光輝より1つ上の22歳で、ローリングストーンズが大好きなトラック運転手だ。ちょうど今やっているバンドがボーカリストを探している、という。話はトントン拍子に進み、光輝が初のパーマネントバンドを組むことになったのはその年の4月、4年の授業が始まる頃だった。


 ダイスケと光輝以外のメンバーは、最年長28歳のギタリスト大野真ニ(オオノ シンジ、通称シンさん)と、ベースはダイスケの高校時代の同級生、南田貴浩(ミナミダ タカヒロ、通称タカミン)だ。リーダーのシンさんは、既に妻子持ちで靴屋の雇われ店長だった。タカミンは宝石店に勤務している。全員がストーンズのファンでロックンロールが好きだったが、光輝がブルースの曲をやりたいと告げると「俺たちなりで良かったら」と了承してくれた。

 初めて千葉の市川のスタジオに4人で入ったとき、念願の「エイント・ノーバディーズ」を歌うことができた。バイトをして買ったトーカイのテレキャスターでコードを鳴らしながら、声に思いを込める。バンド形態でのプレイにはまだまだ慣れておらず、ドラムやベースのリズム楽器の音がやはり新鮮だった。練習終了後の「打ち上げ」の席で、ギターのシンさんが光輝の歌を褒めてくれた。

 「いい声してんじゃん。俺、お前の歌好きだな」

 「ありがとうございます」

 光輝は素直に喜んだが、たまたまシンさんの趣味にあっただけだろうと、はしゃぎそうになる自分を抑えた。マサさんに「歌よりギターの方がまだいい」と言われた過去がある。それでも認められたことが嬉しくて酎ハイを何杯もお代わりした。お開きになったのは夜の8時くらいだったが帰りの電車の中で寝てしまい、一体何往復したのか、次に気付いたのは12時近かった。駅を確かめると飯田橋だった。しかも、乗っていたのは千葉方面に向かう電車だ。

 「ヤバイ、帰れなくなる」

 光輝は慌てて飛び降りた。


 バンドを結成してから2カ月ほどが過ぎた。練習は遅々として進んでいなかった。光輝以外の3人は勤務時間も休日もバラバラで、都合を合わせるのが大変だった。最初に決めた「エイント・ノーバディーズ」を含む5曲からレパートリーも増えていない。人前に出るのがまだ苦手だった光輝は平気だったが、ダイスケが焦れて不満をこぼし始めた。

 「これじゃ、いつまでたってもライブできないじゃん」

 バンドに生じた不協和音を解消したのはシンさんだった。

 「あのさ、楽器屋に勤めてるダチからイーストウェストの予選に出ないかって話あんだけど、どうする? なんか出場バンドの数が足りないから頼むって」

 イーストウェストとはヤマハが主催するアマチュアバンドのコンテストで、1977年の本選ではあのサザンオールスターズが入賞し、ボーカルの桑田佳祐がベストボーカル賞を受賞した。ダイスケとタカミンは大乗り気になったが、光輝は例によって弱気の虫にとらわれ二の足を踏んだ。

 「正直言って自信がないな、まだ」

 「まぁ、員数合わせで呼ばれただけだから気楽にやればいいよ」

 シンさんの言葉に光輝はようやくうなずくことができた。

 話によると、テープ審査も形だけは受ける必要があるらしい。シンさんが急遽コード進行を考え、それに光輝がメロディーと詞をつけてオリジナル曲をでっち上げ録音すると楽器屋に送った。すぐに合格の通知が来て、それからはスタジオに入るとその曲ばかりを練習した。

 あっという間にステージ審査の日がやってきた。会場はTBSの緑山スタジオ、本格的なステージに光輝はたじろいだ。出番が来るまでほかの出場者のパフォーマンスを見ていたが、どのバンドも自分たちよりはるかにうまく思えた。そして、ついに迎えた本番。

 「よし、やるぞ!」

 イケシンと出た高校の文化祭とは比べものにならないくらいの緊張感に襲われ、頭の中が真っ白になった。客席が暗くてよく見えなかったのがまだ救いだった。

 「気楽に行こうぜ、ミツキ」

 シンさんのおかげで、決定的なミスを犯すこともなく演奏は無事終了した。いつもより声が伸びやかに出たような気がしたが、PAのレベルが高いおかげだろう。光輝はステージを降りながらそんなことを考えていた。

 やがて審査結果の発表の時間がやってきた。優勝したのは、ステージ衣装もばっちり揃えた、後にヴィジュアル系と呼ばれるようなハードロックバンドだった。確かにエンターテインメント性は見たバンドの中でも群を抜いていた。驚いたのは、ベストボーカル賞だ。なんと、光輝が選ばれたのだ!

 「えっ!」

 「マジかよ!」

 「ウソだろ!」

 本人よりもメンバーの方が信じられないといった顔をしていた。光輝自身はまるで他人事のようにその事実を受け止めていた。その瞬間は喜びもなければ実感もない、というのが正直なところだった。どうしても現実のこととは思えなかった。

 全てが終わり、会場を後にしようとエレベーターに乗り込むと、中に審査員の一人がいた。サザンオールスターズのツアーのサポートをしているというミュージシャンだった。

 「ボーカル賞は全員一致ですぐに決まったよ、おめでとう」

 彼のその言葉を聞いて、光輝ははじめて嬉しさが込み上げてきた。

 「ありがとうございます!」

 打ち上げを終えて部屋に帰り一人になったとき、光輝は少しは自分の歌に自信を持ってもいい気がした。だが、すぐにそれを打ち消す心の声がした。

 「たかだか予選のベストボーカルだろ? たいしたことないじゃないか」

 いつからだろうか、光輝はプラス面ではなくマイナス面にフォーカスする癖が付いていた。父俊によって植え付けられた「最悪の事態を想定してそれに備える」精神は、彼の中にとんでもない「化け物」を生み出していた。「減点主義の神様」。光輝はひそかにそう名付けていた。

 この神様は100点満点でないと決して褒めてはくれない。99点でも、足りなかった1点にフォーカスして「ダメ出し」をしてくる。99点の部分を評価することはない。完全無視だ。

 だから、光輝は常に神様に叱られ自分の気持ちにブレーキをかけざるを得なかったのだ。


「【第5章】〝熱い魂(ソウル)〟の交差点◆第5節 キングビスケッツ:ブルースの響き、人生の転機」は、明日2月17日(月)19時投稿予定です


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