◆第1節 呪縛から解き放たれた孤独
4月、光輝の東京での生活が始まった。新しい拠点となる小さなアパートは、地下鉄丸ノ内線の新中野駅から歩いて5分ほどの所にあり、青梅街道に面していた。普通の一軒家にしか見えないその建物は、玄関が共通で1階に1部屋あり、40代くらいの水商売風の女性が一人で住んでいた。2階は廊下を挟んで2部屋が向かい合っている。廊下に続く階段を背にして右側が光輝の部屋で、奥まで進むと小さな炊事場があった。左側の部屋にはどうやらキッチンがないようで、小柄な初老の男性が一人暮らしをしていた。大家はアパートの隣の鰻屋さんだった。
入居初日の朝、アパートの階段を上って光輝は驚きに目を丸くした。
「おいおい、部屋のドアなくなってるやん。どういうこと?」
不動産屋に連れてきてもらった下見の時には確かにあったのだ。慌てて大家さんを呼びに行くと、部屋の前まで来てくれ申し訳なさそうに弁解した。
「破損してる所があったから修理に出したんだ。それが間に合わなくてね。すまないけど、今日はこれで我慢してくれるかい?」
「……はぁ」
その日は、廊下から中が丸見えの「新居」で光輝は落ち着かない1日を過ごす羽目になった。
翌日、ドアも無事に取り付けられ、光輝は心機一転、「さあ、やるぞ!」と気合を入れた。愛用のフォークギターと古いラジカセを愛でるように眺める。
「6畳一間のこの部屋がこれから俺の城や!」
親の呪縛からついに解き放たれたという喜びが体に満ちた。だが、それは同時に「一人暮らし」の試練を与えられたことも意味していた。掃除も洗濯も自分でしなければならず、食事も自炊を心がけると1日があっという間に過ぎていく。コインランドリーもコンビニもまだそんなにない時代だった。
さすがに慣れない自炊に疲れ外食に出かけたある夜のことだ。アパートの下まで帰り着いたとき、ふっと見上げた自分の部屋は真っ暗だった。この「当たり前の景色」に光輝はたとえようもない寂しさを覚えた。
「ここには自分しかいない」
その事実が孤独感を搔き立てた。部屋に入りガランとした室内を見回す。あの「ワイン事件」を起こした幼稚園時代のことが蘇った。あの時も誰もいない家が寂しくてあんなことをしてしまったのだ。
パソコンやスマホなどない時代、光輝はエアコンやオーディオはもちろん、テレビや電話でさえあえて持たないことにしていた。親に言えば一人っ子に甘い俊と久恵のことだ、すぐさま揃えてくれただろう。だが、「親の期待を裏切る」と決めた人間がそんなことをして許される道理はない。それに、これ以上甘えると人間としてダメになってしまうという恐怖も覚えていた。小さな炬燵と勉強机、キッチンには小型冷蔵庫と炊飯器、申し訳程度の食器。そして、押し入れの中の布団一式。家具といえばそれくらいのものだった。
そんな部屋に夜ポツンと一人でいると、静けさがより孤立感を際立たせ息苦しくなるほどだった。ギターを練習しようとしても集中できない。その日以来光輝は日が暮れると、毎日のように大学で知り合った作家志望の小菅衛(コスゲ マモル)と飲み歩くようになった。小菅は、京都出身で光輝と同い年の男だ。安宅宏(アタカ ヒロシ)というペンネームで私小説を書いては発表の場を探していた。今年も「群像新人文学賞」に応募して絶対賞を取ってやると息巻いている。講談社が刊行する文芸誌『群像』が、1958年、昭和33年に創設した純文学の公募新人文学賞だ。この権威ある賞に高校生の頃から挑戦を繰り返しているが、アタカは選に漏れてばかりだった。
「大体やな、世の中のアホどもは、この俺の才能がわかってへんのや」
「そうやそうや、俺らは天才やもんな」
「ほんまやで、俺は天才小説家、ミツキは天才ミュージシャンや」
「それがなんでわからんのや、ボケ!」
2人は安酒場でへべれけになるまで酔っぱらっては、思うようにならない自分の人生の愚痴をこぼし合った。次の日の朝、二日酔いで痛い頭を抱えながら「こんなことをしてる場合じゃない」と共に後悔するのも常だった。アタカが帰ると部屋にはまた静寂が満ちた。
「でも、賞にアタックしてるだけアタカの方が立派だよ。傷を負っても前を向いているんだからな」
自嘲の苦笑いが漏れる。光輝は情報誌で見つけたライブハウスにもフォークサークルにもコンタクトを取っていたが、結局オーディションにも、誘われた初顔合わせにも行かなかった。いざとなると「落ちたら耐えられない」「バカにされたらどうしよう」。そんな弱気に襲われてしまったのだ。相変わらず傷つくのを恐れ一歩を踏み出せなかった。
「これじゃダメだ」
焦りばかりが光輝を追い立てていた。
「【第5章】〝熱い魂(ソウル)〟の交差点◆第2節 その時、ジョンは死んだ」は、明日2月14日(金)19時投稿予定です




