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ウルトラマンになりたかった君に  作者: 伊丹剛志
【第4章】翼よ、羽ばたけ! 未知の世界へ
14/28

◆第2節 17歳、音楽と恋の「俺たちの旅」

 こうして光輝の周りには、「らしくない」者達が自然と集まった。

 「所詮学歴がものをいう。社会なんてそんなもの」

 世の中のそんな「常識」に反発しながらも、そこに自分もまた絡め取られているという事実にいらついているようなタイプだ。彼らは皆一様に行き先不明の船に乗り込んでしまった不安を持て余していた。当然、その数は圧倒的に少なく、孤独が嫌いでたくさんの友達を持ちたかった光輝としてはもの足りなかった。

 

 高校1年生の秋、あるテレビドラマが始まった。「俺たちの旅」だ。この青春群像劇に光輝がどっぷりとはまり込んだのは、当然と言えば当然と言えた。

  中村雅俊演じるカースケ、田中健演じるカースケの同輩オメダ、津坂まさあき(秋野大作)演じるカースケの先輩グズ六、そして森川正太演じるカースケ達と同じ下宿に住む浪人生ワカメ……4人が織り成す青春のドラマは光輝を魅了した。損得を抜きにして友達のために奔走する彼らの姿に、ヤッさんの笑顔が鮮明に蘇る。それは、忘れかけていた「これからは自分も友達を大事にしよう」という気持ちを思い出させてくれた。

 何より、正直すぎて不器用にしか生きられない主人公達が、不条理な社会の慣習や人間関係に縛られることを嫌い、自由奔放に独立独歩の道を歩むストーリーが光輝の心を捉えて離さなかった。毎回エンディングで「ただお前がいい」のBGMに乗せて流されるテロップの詩を写し取り、読み返すほどの影響を受けた。

 だが、光輝は学校でそのことを話題にすることはなかった。

 「絶対鼻で笑われてしまうわ」

 良くも悪くも現実主義者であり、社会のことを「よく知っている」クラスメイトならこう言うに違いない。

 「そんな友情物語など絵空事にすぎない」

 進学校の生徒の多くにとって周りにいるのは「競争相手」だった。その競争に勝ち抜いていくことが人生の目標なのだ。

 時代は「正しい者が勝つ」のではなく、「勝った者が正しい」とする方向にゆっくりとシフトしていっていた。若者が不正に怒り行動を起こすことは、もはや「格好の悪い」ことだった。


 中学校時代の同級生で音楽仲間のイケシンとの交流は、高校に入っても続いていた。彼は別の高校に進学したが、毎週土曜日になるとギターを抱えて光輝の家を訪れた。光輝とイケシンは示し合わせて、高校に合格したお祝いとして親にギターを買ってもらったのだ。もちろん、エレキではなく小さなフォークギターだ。土曜日の午後、2人は陽水や拓郎の曲をギターを弾きながら一緒に歌う「セッション」を楽しんだ。やがて、ラジカセを手に入れると演奏を録音しては喜んでいた。

 「俺ら、レコーディングしたんやぞ」

と、いっぱしのミュージシャンを気取る。

 光輝は陽水の「いつのまにか少女は」を歌った。聞き直してみると、何か自分の声とは思えず変な気がした。

 イケシンは高校に入ってから大変身した。おとなしくいつも控えめに振る舞っていた姿勢をかなぐり捨て、積極的に前に出る強気な性格に変わっていた。

 「俺はな、考え方変えた。これからはガンガン行ったろ、思うてんねん」

 聴き込んでいた音楽の影響もあったのだろうか。傷つくことを恐れなかなか一歩を踏み出せない光輝には、イケシンのその姿が眩しかった。


 2年生の秋になった。

 いつものように土曜日の午後、セッションにやってきたイケシンがとんでもないことを光輝に提案した。

 「なあ、ウチの高校の文化祭に2人で出演せえへんか?」

 「えっ! 冗談やろ?」

 そんな勇気などあるわけがない。ただでさえあがり症で人見知りする自分が人前で演奏するなんて。光輝は渋ったが、その頃にはプロのミュージシャン、ギタリストになる決意をして猛練習に明け暮れていたイケシンは、しぶとく説得を繰り返した。

 「頼むわ、俺プロになるためにステージに慣れときたいねん」

 「せやけどなぁ、うまいこといけへんかったらカッコ悪いしなぁ……」

 「大丈夫や、俺がしっかりフォローするから歌ってくれ」

 いつの間にかセッションでは光輝が歌とサイドギター、イケシンがリードギターを担当するようになっていた。

 「頼むわ、ミツキ。一生のお願いや!」

 最後は頭を下げられ、光輝は承諾するしかなかった。

 「わかった。自信はあれへんけど、頑張ってみる」

 それから2人は曲を決め本番に向けて猛練習を繰り返した。いつもやっている陽水と拓郎のナンバーから「東へ西へ」「いつのまにか少女は」「落陽」「祭りのあと」の4曲を選んだ。


 あっという間に文化祭当日を迎えた。講堂のステージに上がり客席に目をやる。学外からやってきた「よそ者」に注がれる視線には、ほんの少しの好奇心と数えきれないほどの敵意が込められていた。どこの学校にも、まだまだ部外者に対する「排他的」な雰囲気が色濃く残っていた。光輝は心臓がバクバクしていたが、それが逆に幸いした。アウェー感に満ちた場にいてもたじろがなかった。いや、たじろぐ余裕さえなかったというのが正直なところだ。

 ライブが始まった。「イケイケ」になったはずのイケシンが中学の頃の姿に先祖返りし、「フォローする」どころか自分の学校なのにMCまで光輝にお願いしてきた。体が震えそうになるのを抑え聴衆に語りかける。

 「えー、はじめまして。実は僕、ここの生徒やなくて……」

 「横でギター弾いてる池永君とは中学校の時の同級生で……」

 「聞いてください。陽水の『東へ西へ』です」

 「ありがとう、次の曲は……」

 しかし、何を言っても返ってくるのは「シーッ」という声だけだった。当時のブーイングだ。「しょうもない」の「し」だろう。拍手など当然ない。歌の途中で声が裏返るとすぐさまあざ笑う声が上がった。

 追い詰められることで光輝は開き直ることができた。手拍子をなかば喧嘩を売るように強制する。驚いたことに何人かがそれに従った。そのリズムがずれ、すかさず罵倒すると逆に「受け」た。この辺りから光輝は完全に「我を忘れ」ステージに酔っていた。 

 とてつもなく長い時間に思えた、ほんの30分にも満たない短いライブが終わった。後でイケシンから聞かされたが、ブーイングを浴びた割には評判は良かったそうだ。光輝は人生で初めての体験をし、ライブの楽しさと怖さを身をもって知った。

 「ライブは闘いである」

 そんな信念が生まれた瞬間でもある。ブーイングを浴び嘲笑されたが、光輝はなぜかいつものように傷つくこともなかった。途中でやめることなく、なんとか最後までやり通せたことにほっとしていた。

 

 光輝とイケシンは17歳になっていた。思春期に入り、当然2人は異性への興味を持ち始めていたが、お互いに彼女はできなかった。イケシンが勇敢にもアタックして玉砕を繰り返している話を聞いて、光輝も好きな女の子にアプローチしたが連戦連敗だった。部活動のソフトボール部と同じだった。

 「もてへんのは太ってて、流行りのファッションも似合いそうにないからやろな」

 光輝はそう考えていた。だが、大人になった今ならわかる。それ以上に、失敗を回避して何事にもチャレンジしない消極性に魅力がなかったのだ。


 それでも、2年生になって「春」は訪れた。雪乃美佳(ユキノ ミカ)、長く癖のない黒髪と切れ長の目が印象的なクラスメイトだ。背は165センチと当時の女性としては高い方で、スレンダーな肢体は均整が取れていた。周りとはしゃぐようなタイプではなく、教室でいつも一人で静かに本を読んでいた。声をかけられれば気さくに応じていたが、自分から誰かに積極的に話しかける場面は見たことがなかった。お父さんはアメリカ帰りの医師で、彼女もその後を継ごうと勉強に励んでいた。

 光輝は彼女の目に惹かれた。時に全てを拒絶しているかのような冷たささえ感じる澄み切った目に、吸い込まれていきそうな気がしたものだ。

 季節は冬に入った。薄暗くなった夕刻、珍しく図書館に行くとミカが勉強をしていた。光輝は勇気を振り絞って後ろから小さな声で話しかけた。

 「雪乃、何の勉強してるん?」

 ミカはびっくりしたようにこちらを見たが、光輝だとわかるとかすかに笑みを浮かべた。面食らうほど親し気な態度だ。

 「数学……そうや、華原君、数学得意やろ? この問題わかる?」

 ミカの輝くような笑顔にドキドキしながらも、光輝は平静を装って応じる。

 「どれ? 見してみ」

 高校に進んでからの光輝はあまり勉強に身が入っていなかったが、数学だけはなぜか好きで何時間でも問題に向き合えた。嫌いなのは社会などの暗記科目だった。覚えなければ始まらないものには興味を持てなかった。数学は、発想を切り替えれば正解にたどり着けるところが面白かった。

 「ああ、これか。これはこうやって……」

 光輝は屈んでその問題を解いてみせた。すぐそばにミカの顔があり、甘い香りが鼻をくすぐった。

 「すごいなぁ、華原君。ありがとう、助かったわ」

 無邪気に喜ぶミカの姿にさらに勇気をもらい、光輝は思い切って誘った。 「一緒に帰れへんか?」

 「うん、かめへんよ、一緒に帰ろか」

 ミカは嫌がるそぶりも見せずうなずいてくれ、2人は学校を後にした。


 それから2人はよく昼休みに話すようになった。もちろんほかの級友にはバレないように気を使った。ある時、話題が音楽のことに及んだ。

 「雪乃は音楽とか好き?」

 「うん、好きやで」

 「どんなん聞いてんの?」

 「華原君、知ってるかなぁ。泉谷しげるって」

 「シブすぎるわ、女の子で泉谷?」

 光輝は軽口を叩いたが、実は泉谷しげるのことをあまり知らなかった。名前を聞いたことがある程度だ。

 「お兄ちゃんが好きでいっつもレコードかけててな。一緒に聞いてたら知らんうちに私も好きになってん」

 「へえー、そうなんや」

 その日学校から帰るとなけなしの小遣いを握りしめ、すぐにレコードショップに向かった。もちろん心惹かれているミカが好きな泉谷しげるのレコードを買うためだ。

 手に入れたのは、1975年、昭和50年に発売された2枚組のライブアルバム『ライヴ ‼ 泉谷 王様たちの夜』。バックバンドをラストショーとイエローが務めた豪華なライブの模様が収められている。全曲聞き終えた光輝は、衝撃でしばらく口が利けなかった。陽水や拓郎より荒々しく、生臭ささえ感じるほどリアルな魂の叫び声が胸を突き刺した。「寒い国から来た手紙」「春夏秋冬」「春のからっ風」「国旗はためく下に」……悲しみ、挫折、喜び、諦め、怒り、優しさ……そんなものを「ゴッタ煮」にしたような気取りのないストレートな歌は光輝を虜にした。


 これをきっかけに光輝はよりマニアックなもの、マイナーなもの、自分だけが知っていると思えるような音楽を探し求めるようになる。ヌードや旬の芸能人の水着カットで若者に人気を博していた「週刊プレイボーイ」。この「エロ本未満的」なちょっとエッチな雑誌を、光輝も親に隠れてこっそり読んでいた。そこにあった「四畳半フォーク」の特集を道案内に、友部正人、中川五郎、高田渡、加川良、中川イサトなどの存在を知るようになる。

 特にカントリーブルースのシバとの出会いは、光輝の音楽の方向性を決定付ける第一歩となった。親指でベースラインを弾きながら人差し指と薬指でメロディーを奏でるスタイルの格好良さに光輝は取りつかれ、ギターの練習に励んだ。


 光輝とミカは、泉谷しげるを通じてぐっと親密度が増した。当然、光輝は友達から恋人へと関係をさらに一歩進めたかったが、「もし嫌われたらどうしよう」といつもの弱気の虫が出て行動に移せずにいた。いまだに手さえ握れずにいる。

 「雪乃はお医者さんになるんやろ?」

 「うん、なりたいって思うてる」

 「数学、わからんとこあったらまた聞けや」

 「ありがとう」

 当たり障りのない会話を交わすのが精いっぱいだった。「明日こそはきっと」と思いながら何もできずにいるうちに、学校は冬休みを迎えた。ミカと会えない日々は味気なく、イケシンとの「セッション」にも身が入らなかった。

 「ミツキ、なんやそれ? やる気ないんか」

 「いや、そんなことないけど……」

 ライブを終えてからのイケシンは、それまで以上に女の子の目を意識し、「モテ」るために流行り物にすぐ飛びつくようになっていた。光輝とは違い「世間の物差し」で評価される方向を目指し始めたことで、2人の間には隙間風が吹くようになる。毎週行っていたセッションも、年が明け受験をそろそろ考えなければならない時期になると、中止になることが増えていった。

 

 3学期。ミカと会うのを楽しみに学校に行った光輝を待っていたのは、想像もしていなかった担任の言葉だった。

 「明けましておめでとう。今日から3学期やな。ホームルームを始める前にまずはお知らせがあります。雪乃美佳さんのことです。お父さんが急遽アメリカの病院に勤務されることになり、冬休み中にアメリカに行かれました。向こうの学校に入ってお医者さん目指して頑張るって。みんなによろしくとのことや。寂しなるけど、みんなで雪乃さんの夢が叶うようお祈りしましょ」

 ヤッさんや豆タンとの別れとは別種の悲しみが胸にあふれた。その日一日、自分が何をしたかも覚えていなかった。家に帰ると、何よりも先に泉谷しげるのレコードをかけた。自分とミカを繋ぐ唯一の証、宝物。「春夏秋冬」のメロディーが流れ始め、泉谷しげるのぶっきらぼうな歌声が優しく心に満ちていく。

 「今日で全てが終わるさ。今日で全てが変わる。今日で全てが報われる。今日で全てが始まるさ」

 こうして光輝の淡い恋物語は幕を閉じた。

 「ミカ、元気でな。頑張れよ」

 窓の外では雪が降り始めていた。


「【第4章】翼よ、羽ばたけ! 未知の世界へ◆第3節 こじあけた「青春の門」」は、明日2月12日(水)19時投稿予定です

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