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ウルトラマンになりたかった君に  作者: 伊丹剛志
【第3章】「あかずの踏切」があけた扉
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◆第4節 ホームレスにはなりたくない

 1974年、昭和49年。光輝は中学3年生になった。本人は何も考えていなかったが、両親は受験のことを気にし始めていた。

 「学区で一番の高校に絶対行くんやぞ!」

 父俊に決め付けるように言われ、光輝は断固拒否をした。

 「嫌や、あんな学校、行きたないわ」

 「何を言うてんねん。ええ学校やないか。卒業生はみんな一流の大学に合格してるみたいやし」

 サブカルに目覚めた者にとって学歴主義は敵だ。だが、そんなことを主張しても、若者文化に興味さえない両親が理解を示すはずがなかった。

 光輝は、仕方なくワンランク下の学校の方が好きだからと嘘をついた。

 「大人への反抗」「社会への反発」。そのつもりでいたが実際は違った。「一番を目指して挫折するのが怖かった」のだ。せっかく豆タンに教わった「できると思えばできる」精神も、「人見知り」を克服しようとした勇気もどこかにいってしまっていた。体に染み付いたマイナス思考と自己肯定感の低さがまた前面に出てきていた。

 当然、俊はそんな光輝の言い分を認めなかった。

 「あかん、一番を目指せ! ええ高校に行って勉強してええ大学に行くんや。ほんで医者か弁護士になれ。お父さんが憧れてたルポライターでもええぞ。お金になる仕事を選ばんと幸せにはなられへん。お父さんはそれを身をもって知ってる。貧乏はつらいぞ!」

 父は師範学校から教師になった。実家を出ると下宿をして働きながら勉強し、苦労して教師になったと聞いている。その時の苦しさは筆舌に尽くしがたく、俊は光輝に同じような思いを味合わせたくなかった。


 光輝は何も反論できなかった。頭の中に数週間前に見た恐ろしい景色が蘇る。母親と買い物に出た帰り道、地下通路を歩いていると前方にうずくまっている男の姿が見えた。一目でホームレスとわかった。当時の大阪にはホームレスが当たり前のように存在していた。現在では考えられないことだが、一緒に野球をしたことがあるくらい親しくなった相手もいた 。しかし、今目の前にいるホームレスは何か雰囲気が違う。光輝は直感的にそう感じていた。

 「光輝、ちょっと急ぎなさい」

 「ああ、わかった」

 母久恵は、顔を強張らせ早足になってその男の背後を通り過ぎようとしている。その後を追いかけながら、光輝は男の方にチラッと視線を向けた。

 男は排水溝にたまっているスパゲティーを手ですくい口に運んでいた。

 「ウッ」

 思わず吐き気が込み上げ、光輝は顔を背け足をさらに速めた。しばらくすると、後ろを歩いていた親子連れの母親が子供に言い聞かせる声が聞こえた。

 「ええか、勉強せえへんかったら、ああいうふうになるんよ。嫌やろ」

 「うん、絶対嫌や」

 小学生くらいの男の子が泣きそうになって返事をしていた。

 「僕かって嫌や」

 中学生の光輝には、残飯を漁らないと生きていけない生活など恐怖の対象でしかなかった。

 

 「ああはなりたくない」

 その思いに突き動かされるように光輝は勉強に精を出した。別に「一番の高校」に行きたかったわけではない。だが、ホームレスにだけは絶対なりたくなかった。その一心で頑張ったおかげで、受験には合格することができた。大喜びする両親を光輝は冷めた目で眺めていた。勝利感などかけらもなかった。これで残飯を漁らなくて済む、と安心しただけだ。


 この年、プロ野球では巨人がV10を逃し、長嶋茂雄が現役を引退した。試合後のセレモニーで語った「わが巨人軍は永久に不滅です」という言葉が、また一つ時代の転換点が訪れたことを告げていた。


「【第4章】翼よ、羽ばたけ! 未知の世界へ◆第1節 縛られない自由な心」は、明日2月10日(月)19時投稿予定です

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