◆第2節 できると思うたらできるねん
光輝にはもう一つ達成したい望みがあった。運動ができるようになることだ。運動神経が良い子は少々頭が悪くても女の子に注目される。思春期入り口に差しかかり、異性の目が気になり始めていた。
「僕かて、女の子に認められたいわ」
思い切ってバスケットボール部の体験入部に参加してみたが、1日で音を上げた。とてもついていけない。先輩にはもちろん、同じ1年生の動きにもかなわなかった。光輝はあっさりと諦めた。
「やっぱり、僕太ってるし運動は無理やねんな」
太っている人間は運動ができなくて当たり前。光輝は改めてそう決め付けた。その「常識」を打ち破ったのは、別の小学校から来て同級生になった「豆タン」こと、大久保健(オオクボ ケン)だ。人懐こい豆タンとはすぐに打ち解け、仲良くなった。身長は光輝より低く、あだ名の通り丸々と太っていて見るからに「豆タンク」だったが、その体は体育の時間、よく弾むゴムまりのように躍動した。走り幅跳びでも走り高跳びでも50メートル走でも、いつも上位に食い込んだ。鉄棒も器用にこなし、光輝は特にその思い切りの良さに感心した。
豆タンは失敗を怖がらなかった。
「飽きんとやっとたら、そのうちできるようになるわ」
口癖のようにそう言い、実際にいろいろな運動ができるようになっている。ミスしないことばかりを意識してチャレンジを避け、できないとすぐにそっぽを向く光輝とはまるで違っていた。
失敗を恐れないようになる自信はなかったが、光輝は豆タンを見て「太っていることと運動は関係ない」と考えを切り替えた。すると不思議なことに、走り幅跳びも走り高跳びも50メートル走も徐々に記録が伸びていった。これまでできなかった運動もできるようになった。鉄棒の「足かけ後ろ回り」もその一つだ。コツを教えてくれたのは豆タンだった。
「デブにはでけへんと思うからでけへんねん。できると思うたらできるねん」
「そうか、思い込みや常識にとらわれとったらアカンねんな、きっと」
豆タンの言葉を聞いて、光輝の心に戒めにも似た思いが刻み込まれた。
成長して「ステレオタイプの発想や発言」を忌み嫌うようになったのは、この時の経験が大きくものを言っているのかもしれない。
豆タンは2年生になると転校していった。
「ミツキ、暇見つけて遊びに来るからな」
「おお、待ってるで。また運動教えてくれや」
「もちろんや、ほなな」
「ほなな、バイバイ」
やんちゃで底抜けに明るかった豆タン。彼が死んだと母親から聞いたのは、中学3年の時だった。若年性のがんだったという。
「でけへんと思うからでけへんねん。できると思うたらできるねん」
光輝には空からそんな声が聞こえた気がした。
「【第3章】「あかずの踏切」があけた扉◆第3節 オールナイトニッポンが始まりだった」は、明日2月8日(土)19時投稿予定です




