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ウルトラマンになりたかった君に  作者: 伊丹剛志
【プロローグ】
1/28

夢に誘われ向かった先は…

「ああ、捕まったら僕はきっと死刑になるんだ」

 俺は土手の斜面にしがみ付くように身を伏せ、固く目を閉じていた。自分の家の裏手を流れる川の土手だ。どこかに隠れるつもりで街を走り回ったが、いつの間にかこの馴染みの場所にたどり着いていた。

 目を閉じていても、誰かが土手をこちらに向かってくることは気配でわかった。ザッザッと草を踏みしだく足音がどんどん近づいてくる。薄目を開けてその方向を見ると、警官の制服に身を包んだ大柄で屈強な男が、ライトで土手の斜面を照らしながら歩いてくる姿が確認できた。

 「お巡りさんだ!」

 心臓がドクンと跳ね上がって、俺がさらに身を縮めたときだった。

 「こんな所にいたのか」

 野太い声とともにライトが向けられた。俺は思わず目を開け男を見た。こちらを照らす光の眩しさのせいで顔がよくわからない。男は大股で斜面を下りてくると俺の頭を掴み、自分の方に向けた。

 「とうとう捕まえたぞ。とんでもないことをしてくれたな。さぁ、一緒に来るんだ!」

 そう言ってニヤリと笑った顔は、まるで般若のように恐ろしい形相をしていた。

 「うわぁ!」


 光輝は自分の叫び声で浅い眠りから目を覚ました。起きた瞬間、どこにいるのかわからず思わず周りを見渡す。腰の痛みに耐えながら、いつものアパートの部屋であることを確かめ安堵のため息を漏らした。

 「また、あの夢か」

 光輝は、小さくそうつぶやくと額に浮かんだ脂汗をぬぐった。

 「ここのところ同じ夢ばかりを見るな」

 土手の斜面に腹這いになっている自分。それを見つけて捕まえる警官。これは夢の中の出来事ではなく、光輝が子供の頃実際に体験したことだった……。


 華原光輝(カハラ ミツキ)、32歳。2年前まではブラックミュージック系のバンドのボーカリスト兼ギタリストだった。レパートリーは、ソウルミュージックを中心に、古いブルースやリズム・アンド・ブルース、ジャズのスタンドナンバーにまで及ぶなど幅広く、それらをベースにしたオリジナル曲にも力を入れていた。活動はライブが中心で音楽だけでは生活できないため、フリーの編集・校正者としても働いていた。いわゆる「二足のわらじを履く」というやつだ。出版社や新聞社、企業の広報部などが発行する書籍、雑誌、新聞、機関紙をメインに編集業務のサポートにも携わってきた。

 4年前、光輝はそれまで勤めていた小さな編集・校正プロダクションから独立し、フリーランスになった。あるアーティストの本に触発され、音楽中心の生活をしようと決意してのことだった。その時に改めて結成したバンドは、ファンを獲得して出演オファーが相次ぎ、週に1度どこかのステージに立っていることさえあった。最低月に1回はライブを行おうと思っていた光輝には、それは嬉しい誤算だった。

 仕事面でも予想外のギャラアップがあり、全てが順風満帆に思えた。そんなある日、30歳になった光輝はライブ中に激しい腰の痛みに突如われる。好事魔多し、とはこのことだ。何とか幕が下りるまで持ちこたえたが、翌日から杖なしでは歩けない状況に追い込まれた。当然ライブなどできるわけがなく、バンド活動も休止せざるを得なかった。

 数カ月経っても事態は好転しなかった。相変わらず腰痛に悩む光輝に追い打ちをかけるように、バンドのマネジャーから連絡が入る。彼はそれとなくメンバーを辞めるよう促してきた。

 「今は治療に専念してさ。また良くなってから歌えばいいじゃないか!」

 人生を懸けた音楽がもうできないかもしれない。自暴自棄になっていた光輝は、言われるがままにその提案を受け入れた。

 「……そうだな、そうするよ」 

 「……じゃあ、お大事にね」

 バンドは新しいボーカリストを迎えて活動を再開しているらしいと風の噂で聞いたのは、それからまもなくのことだった。

 

 ……光輝は改めて痛む腰にそっと手を添えた。こんな夢を見るのも、生きる目標を見失い、毎日をただ無為に過ごしている生活が2年も続いたせいで、知らないうちにストレスを覚えたのかもしれない。 

 「確かにあの頃の俺は怖いもの知らずだったものな。わがままで自己中心的で」

 光輝は自嘲するように唇をゆがめた。

 「でも、あのまま大きくなったほうが良かったのかもしれないぜ」

 目を閉じると、思いははるか過去へと向かっていった。



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