04 禁煙しますか?
「国王陛下、王妃陛下、側妃殿下。父が申しておりました通り、これにて婚約破棄とさせて頂きます」
私の言葉に王妃が肯き、国王がゆっくりと小さく肯き、側妃は項垂れた様に見えますけれど、肯いたと言う事でよろしいですよね?
「うん?おい?言い方が変ではなかったか?」
殿下が首を傾げながら、私を見て言いました。
「何がでしょうか?」
「婚約破棄とさせて頂くなんて、お前が破棄するみたいじゃないか」
「はい」
「いや、はいじゃなくて、お前は破棄される側だろう?」
「あ、そうよね?破棄するのはリトレヒの方だものね?」
「いいえ。殿下が契約違反をなさったので、我が家の方からの破棄となります」
「え?契約違反?何の事だ?」
「わたくしに暗殺者を差し向けた件です」
「はあ?暗殺者?何の事だ?」
「殿下がわたくしの密通相手として差し向けた男に、密通が上手く行かなかったらわたくしを殺す様に命じましたよね?」
「は?いや、そんな事は言ってない!」
「女としてキズモノに出来ないなら、顔や体に傷を作れとの事で、いっそ殺しても構わないと」
「いや!違う!殺すなと言ったんだ!お前はまだ使い途があるから、利き腕は怪我させるなとか、少なくとも片目は残せとか、俺はお前を殺さない為の指示をしたんだ!」
「そうすると、わたくしの馬車を襲った盗賊は、殿下は関与なさっていないのですか?」
「え?盗賊?何の事だ?」
「盗賊は盗賊です。昨日、盗賊に襲われましたが、身代金を奪ったらわたくしを殺す予定でした。その際に純潔を奪った事がハッキリと分かる様に証拠を残せと、細かい指示があったそうです。まだ、捕らえて一晩しか経っておりませんので、依頼者の情報は集まっておりませんが」
「ふざけるな!俺じゃない!俺が盗賊を雇う筈がないだろう!」
「では殿下が雇った密通相手は、飽くまでもわたくしの命は狙ってはなかったのですね?」
「そう言ったろうが!」
「分かりました」
殿下の自白も取れました。
私は国王達を振り向きます。
「いかがでしょうか?」
側妃は両手で顔を隠して、肩を震わせています。
王妃は少し嬉しそうですね。
国王は私に肯きました。
私は殿下に向き直ります。
「殿下。最後に一つ、忠告させて頂きます」
「お前の忠告などいらん!」
「では忠告ではなく、警告です。殿下。殿下が吸っていらっしゃるタバコは毒です」
「え?何の話だ?」
「あのタバコは、判断力を低下させる効果を持っているそうです」
「何だと?」
「その上、冷静さを奪って気持ちを掻き立てる作用があり、どんな馬鹿げた考えでも、上手くいく様に感じてしまうそうです」
「はあ?何を言っているんだ?」
「殿下が次々に詐欺に遭ったのも、その所為です。と言いますか、執務の効率が上がると薦められたタバコがあったそうですね?」
「タバコを吸い始めた時に、そんな事を言っていた気もするが、それが何だ?」
「それが殿下が騙された、最初の詐欺です」
「はあ?」
「何人かの女性は直ぐに、殿下の恋人役を降りましたよね?」
「え?いや、そうか?どうだったろう?うん?恋人役?」
「短期で恋人役を降りた女性達は、殿下の吸ってらっしゃるタバコの煙を吸ったり、殿下に勧められてタバコを吸ったりして、具合が悪くなったそうです」
「え?具合が?」
「はい。タバコを吸える女性だけが今、殿下の傍に残っている筈です」
「確かに、みんな吸うが」
「だんだん効き目の強いタバコに換えられていたそうですね?それで徐々に殿下の判断力を奪っていったのでしょう」
「いや、そんな訳ないだろう?」
「殿下。わたくしが、密通相手を用意したのは殿下だと申した時は、殿下は否定なさっていらっしゃいました。しかし、その密通相手にわたくしを殺す事を命じたと申しましたら、殺すなと命じたと仰いましたよね?覚えていらっしゃいますか?」
「そんな事、言う訳がないだろう?俺は密通相手なんて、用意してない」
「いいえ。国王陛下と王妃陛下と側妃殿下も聞いていらっしゃる前で、まだ使い途があるからわたくしを殺さない様に指示をしたと仰いました」
「え?俺が?」
「はい」
「ウソを吐くな!俺はそんな事は言ってない!」
「殿下が激昂なさった時に何を言ったか覚えていらっしゃらないのも、現在殿下が吸っていらっしゃるタバコの害が原因だそうです」
「なんだと?」
「そして殿下が密通相手の用意を命じた人間が、殿下のタバコの効き目をだんだんと強くした犯人だと思われます」
「え?あいつが?」
「その人間もやはり誰かにタバコを吸わされていて、その誰かに色々と命じられていた模様です」
「え?なんでそんな事を知ってるんだ?タバコが悪いなんて知ってたのなら、なんで教えてくれなかったんだ!お前!お前が影であいつを操っていたんだろう!」
「わたくしから殿下には、タバコを控えて頂く様に申し上げた事がございます」
「ウソだ!」
「嘘ではございません。効果は存じませんでしたが、殿下がタバコばかり吸っていらっしゃっている所為で政務が滞っていると相談を受け、わたくしから殿下にタバコを控えて頂く様に進言させて頂いたのです」
「ウソを吐け!」
「嘘ではございません」
「それなら何故、体に悪いと知っていて、俺にタバコを止めさせなかったんだ?!」
「進言致しました時に、タバコと政務に付いての口出しを殿下に禁じられました。その事は国王陛下にも報告してございます。そして、殿下のタバコに悪い作用があるとわたくしが知ったのは、つい先日です」
「いや、それでも、俺が心配なら、タバコを止めさせた筈だ!危険を知っていながら見逃すなんて、犯罪だ!王族に対しての不敬だぞ!」
殿下がテーブルを叩きます。
「俺に敬意を払わないお前みたいなヤツとは、婚約破棄だ!」
殿下は立ち上がり、私を指差してそう言いました。
「いいえ。わたくしに害を加えようとなさった時点で、契約違反となりますので、我が家からの婚約破棄とさせて頂きました」
「害?!お前が先に俺に害を与えたんだろう!俺の方から婚約破棄だ!」
「ちなみにですが、たとえわたくしが殿下に害を成していたのだとしても、そのケースは婚約破棄の条件に含まれておりません」
「はあ?なんでだ?」
「さあ、何故でしょうか?普通に考えますと殿下と結婚すれば、いずれは王妃となれるかも知れない立場になります。そのわたくしが殿下を害する筈がないと無意識に考えて、意識上には条件として浮かばなかったのではないのでしょうか?」
「うん?どう言う意味だ?もっと分かり易く言え!」
「わたくしが殿下を傷付ける筈がないと、皆様が思っていたのだと思います。実際に、殿下にタバコを勧めたのも、殿下に詐欺師を紹介したのも、わたくしではございませんよね?」
「それは、そうだが」
殿下が私を指差していた腕を下ろします。
私は国王に視線を移しました。
「国王陛下。陛下もタバコを吸っていらっしゃると伺いました。そのタバコにどの様な効果の成分が含まれているか、確認なさっていらっしゃいますか?」
「あ、いや」
「確認するまでもありません」
王妃がそう言います。
「国王陛下にはタバコを止めて頂きます」
「あ、うん。そうだな」
「国王陛下、王妃陛下。急に止めると禁断症状が出るそうです。集中力が極度に低下し、怒りっぽくなり、執務の効率が下がる事も考えられます」
「いえ、構いません。あんな臭い臭い、傍でこれ以上撒き散らさせません。王宮内は禁煙にします」
「なに?」
「それですと側妃殿下が困るのではございませんか?」
「タバコが吸いたいなら、側妃殿には離宮で暮らして貰います」
「それなら余も離宮で」
「そう仰ると言う事は、国王陛下はわたくしより側妃殿を選ぶのですね?」
「あ、いや、違う。側妃を選ぶ訳ではない。側妃とは別の離宮にするぞ。うん」
「それならわたくしより、タバコを選ぶと言う事ですか?」
「いや、そうではない。そうではないが今、いきなり止めると執務の効率が下がると、ハレスティラ殿が言っていたではないか」
「構いません。ハレスティラ殿?」
「はい、王妃陛下」
「国王陛下の政務の手伝いを依頼します。仕事量や報酬に付いては、後程相談しましょう」
「それについては父と相談して頂きたいと存じますが、わたくしからもひとつ、お願いをさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ。言ってご覧なさい」
「はい。手伝わせて頂くのは、王宮が禁煙になってからとさせて頂くか、それまではわたくしに、禁煙の部屋をお貸し頂けないでしょうか?」
「構いません。今日中に用意させ、明日からは王宮は全面禁煙とさせますから」
「え?明日から?」
国王が情けない声を出します。
「そうです。ですが国王陛下の禁煙は今からですよ?」
「え?今から?」
「タバコよりわたくしを選んで下さるのですよね?」
「それは、そうだが」
「そうだが?」
「いや。そうだ。うん。余は禁煙する」
「大変結構にございます。と言う事ですので、ハレスティラ殿。安心して執務の手伝いを受けて下さい」
「畏まりました。父に申し伝えます」
「こちらからも後ほど、正式な依頼としての使者を送りますが、よろしく伝えて下さい」
「はい。承りました」
私は立ち上がって、礼を取りました。
「それではわたくしは、今の話を父に伝える為にも、これにて御前から下がらせて頂きます」
「うむ」
「ええ」
「あ、おい」
「本日は、ありがとうございました」
私は深く下げた頭を上げて、微笑んで小さく会釈して振り返ります。
侍女のメミリンと護衛のフラリオラに合図して、まだ顔を伏せて片膝を突いている面々を避けて通って、退室しました。