03 信じる事を止めますか?
国王が弱々しい声で、私に尋ねます。
「ハレスティラ殿。何か言う事はあるか?」
「ございません、国王陛下」
「そうだろう!」
殿下が嬉しそうです。
「自分が密通していた事を認めるのだな?」
「これで持参金の3倍ね!やりましたわ、おば様!」
彼の令嬢が嬉しそうに側妃に話し掛けます。
これまでも私には、何人もの恋の刺客が送られて来ました。送り主は側妃派の人達だそうです。
私を殿下以外の方と恋仲にさせ、婚約破棄をする事が狙いです。
しかし刺客達とはその後連絡が取れなくなり、それなので側妃派の人達は諦めた筈でした。
その代わりに側妃派は、殿下に恋人を作らせました。私が嫉妬して、不手際を起こす事を狙ったのです。
しかしそれが始められて直ぐに、私の心は殿下からすっかり離れてしまいました。
殿下と恋人達の噂を私の周囲に広げたり、わざわざ私の目に入る所でイチャイチャベタベタさせたりして、とにかく私の関心を得ようとした模様です。
その恋人達は皆、側妃派の関係者です。中には私が全然気付かない内に、恋人役を辞めた人もいるそうです。
その中で彼の令嬢は、殿下の好みにジャストフィットしたみたいですね。彼の令嬢と一緒の時間が一番長いと報告にありました。
今も殿下には他にも恋人がいるそうですけれど、結婚相手が契約条件の厳しい私ではなければ、側妃も愛妾も好きに娶ったり囲ったり出来ますから、殿下の望む様にも出来るでしょう。
「わたくしに不用意に近付いた者達は皆、我が家で捕らえております」
視線を少し後に下げると、フラリオラが先程よりハッキリと肯くのが見えました。
「殿下が仰る今回のわたくしの密通相手に限らず、全員です」
少し顔色を戻していた側妃が、また青ざめます。
私は側妃を見て、話を続けました。
「そして全員、誰の差し金でわたくしに接触しようとしたのか、自白しております」
「そんな筈、ないわ」
側妃の微かな呟きが、耳に届きました。
「側妃殿下。信義に基づいた者ならともかく、報酬で頼んだ相手は、報酬で裏切るのです」
「そんなの、だって、彼らはプロよ?顧客を裏切るなんて」
側妃は判断力が落ちている様です。ご自分の関与を認めている発言ですよね。
「仕事を続けられるなら、顧客を裏切らないメリットがあるとは思いますけれど、報酬は彼らの命です。死罪か罪の酌量かを選べと言われたら、本当の事を話します。他に自白している同業者がいる事を知れば、尚更です」
「死罪?」
「王家の体面に傷を付ける事を狙ったのですから、死罪もあり得ます。斬首ですね」
斬首の言葉に彼の令嬢が「ひっ」と声を上げました。見る見る顔色を失くします。
「依頼者は地位により、斬首とはならないかも知れません。特に最後の一人は、殿下が依頼者だそうですし」
「え?いや、そんな馬鹿な!」
殿下が大きな声を出したので、殿下の隣に座る彼の令嬢が驚いています。
「依頼を持ち掛けて来た人間が、殿下からの依頼である事とか、色々と喋っていたそうです。その持ち掛けて来た人間は、今日はこの場にはいらっしゃっておりませんけれど、いつも殿下の傍にいらっしゃる方です」
誰なのか、殿下も思い当たる様ですね。
「いや!違う!お前の悪行は密通だけではない!」
殿下が叫びました。
「詐欺師と組んで、俺の金を奪ったろう!」
「その詐欺師も捕らえております。詐欺師を殿下に紹介した方はやはり、今日ここにはいらっしゃっておりませんけれど」
「え?一人じゃないぞ?」
「はい。偽の宝石も偽の絵画も美術品も骨董品も何もかも、詐欺師全員の身柄を抑えております」
「なに?と言う事は、俺の金は戻るのか?」
殿下が身を乗り出します。
私のお金です、と思いましたけれど、殿下の書いた借用書があるので、殿下のお金ですね。
「どこかに隠しているのかも知れませんけれど、皆、僅かなお金しか所持していなかったと聞いております」
「なんだって・・・」
殿下は椅子の背凭れに、勢い良く体を預けます。椅子の脚が床をガタンと蹴りました。
「後日、調書と共に王宮に届けますので、奪われた金銭の回収をなさるなら、ご随意になさって下さい」
「え?もしかして、不義を仕掛けた者達も連れて来るの?」
「リトレヒのお金も取り戻せるのね?」
側妃の声が絶望の色を滲ませているのに対して、彼の令嬢の声は喜びを帯びています。
「当家の調書だけでは納得なされない方もいらっしゃるかと思いますので、皆様が納得頂けるまで、改めて厳密にお調べ頂ければよろしいかと存じます」
「人数が多いとの事なので、受け容れ準備が出来たら連絡します。それから連れて来なさい」
「はい、王妃陛下。それでは調書だけを先に送らせていただきます」
王妃が受け容れるなら、側妃も殿下も手は出し難いでしょう。
「それと、殿下に投資話を持ち掛けた者も、詐欺として捕らえています」
「え?投資?」
「はい。廃鉱山から新鉱脈が見付かったですとか、湖の底に沈む財宝を引き上げるですとか、3年後に流行して10倍の金額で売れる生地ですとか、他も全て詐欺です」
「いや、嘘吐け!なんで分かるんだ?俺は原石を見たし、財宝の場所も地図で確認したが、何れも極秘の筈だ!どこから情報を盗んだんだ?それに生地は3年後に流行するんだぞ?3年後に起こる事を詐欺だなんて、何を根拠に言っているんだ?」
「その言葉、ご自分に問い掛けてみて下さい。3年後に流行するとは、何を根拠に仰っているのですか?」
「そんな大事な秘密をお前に教える訳はないだろうが?何をどさくさに紛れて聞き出そうとしているんだ!」
「ですが犯人達は詐欺だと認めております」
「・・・え?」
「その話を紹介した方達も、詐欺だと知っていた模様です。かなりの紹介料を取っていたので、共犯なのでしょう。やはり今日は、いらっしゃっておりませんけれど」
「あれらが、詐欺?」
「はい」
「では、投資した金は戻って来るんだな?」
「先ほど申し上げました通り、皆、大した金額は所持しておりませんでした。所持金や所持品は調書と一緒に届けますので、不足分の金銭の回収はご随意になさって下さい」
「お前!まさか!俺の金を奪ったのではないだろうな?!」
「え?そんな!非道い!」
「奪ってなどおりません」
「信じられるか!」
「わたくしを信じられない様でしたら、犯人達にお尋ね下さい」
「口裏合わせているのだろう!そんな奴らの言う事が、信じられるか!」
「そうですね。相手は詐欺師ですので殿下の仰る通り、迂闊に信じてはなりませんね」
私がそう言うと殿下は、私が殿下の意見を受け容れた事が嬉しかった模様です。彼の令嬢も嬉しそうですね。
国王と王妃と側妃は、何とも言えない顔をしています。
私も国王達と同じ気持ちです。
国王達と共感している事を現したい気もしますけれど、顔には出さずに置きましょう。