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02 婚約破棄をするのですか?

 先代王妃は我が家を目の仇にしていました。事ある毎に、嫌がらせをしていたそうです。


 その先代王妃が亡くなった時に今の王妃は、私の兄とご自分の娘である王女とを婚約させようとしました。

 元々は国王もその積もりだったそうですが、先代王妃が大反対して、兄とは別の男性と王女との婚約を力技で勝手に調えてしまっていました。

 私の兄も兄で、我が家の次代の女主人に相応しい、素晴らしい方と婚約を調える事が出来、仲睦まじくしております。

 それなのに、王女も兄も二人ともそれぞれ既に結んでいる婚約を解消させて、その二人を婚約させようと言うのは、いくら王妃が望んでも、さすがに叶うことはありませんでした。


 そこで何故か話が(ねじ)れて、私が側妃の一子の殿下と婚約する事になったのです。

 私にも婚約者候補はいましたけれど、王家から是非にと頼まれたとの事で、殿下との婚約が調いました。


 側妃は先代王妃の血族ですので、亡くなった先代王妃の基盤を引き継いでいます。王妃はそれが気に食わなくて、先代王妃が嫌った我が家を取り込みたかったのです。

 王女と兄の婚約を諦めた王妃は、私を殿下の妃とする事で、殿下を通して側妃の周辺にストレスやプレッシャーを与えて、側妃の勢力を切り崩そうとしました。つまり私には、病原菌役が期待されたのです。

 私との婚約条件で、殿下の側妃を娶る際の条件を付けたり、殿下に愛妾を認めなかったりしたのは、王妃が側妃派から殿下への影響力を低下させようとした為です。殿下に正妃以外を認めたら、側妃派の女性が次々と殿下の傍に侍る事になるでしょう。

 先代王妃が亡くなっている為に、王家内での側妃の力だけでは、この婚約やその条件を阻止する事が出来ませんでした。


 しかしそれで却って側妃派が警戒を強め、殿下の周りは側妃派で固められました。その結果、私が殿下に近付くのも容易ではなくなりました。


 そんな私と殿下ですけれど、実は婚約解消は容易です。私と殿下が二人揃って望めば婚約は解消可能で、それ以外はなんの条件も付けられていません。

 これは縁談に乗り気ではなかった我が家から出した条件です。

 側妃も先代王妃と同様に、我が家を毛嫌いしていますから、側妃を実母に持つ殿下と私が円満な夫婦生活を送れるとは、我が家の誰も思ってはいませんでした。

 それなので我が家では、側妃派の影響を受けた殿下が婚約を取り消す事を望むだろうとの結論になり、それを狙っていたのです。


 しかし簡単だからこそ、側妃も側妃派も、この婚約解消を殿下に勧めませんでした。うっかり冗談で仄めかしても、殿下がその気になれば、即婚約解消です。

 国王と王妃から我が家に願って調えた婚約を解消させたとなれば、殿下を(そそのか)した人間は王家の体面に傷を付けた事となり、それ相応の報いを受けます。側妃も庇いきれません。庇ってくれる先代王妃はもういないので、もし側妃自身も関わっていれば、側妃が離縁されるなどと言う事に繋がりかねません。

 それなので側妃派は、時間を掛けて少しずつ、殿下の中の私の評価を下げて行きました。砂山の棒倒しで自分達の所為ではなく、風や振動で棒が倒れるのを狙ったのです。


 これでも私は婚約当初には、殿下に好意を感じていました。少なくとも嫌いではありませんでした。そして殿下の方も、満更ではなかったとは思うのです。

 今では意識をしないと、そんな事も思い出せない程になってしまっていますけれど。



 定刻を大分(だいぶ)過ぎて、残り時間が半分もなくなってから、殿下が()の令嬢に腕に巻き付かれながら、定例茶会の席に顔を出しました。


「え?みんな、どうしたのですか?」


 いつもより大きなテーブルに私と共に着いている、国王と王妃と側妃を見て、殿下は開口一番そう尋ねました。


 私は席を立ち、殿下に礼を取ります。

 その私の礼をスルーして、殿下は彼の令嬢を席に導きました。


「リトレヒ王子」


 王妃の、大きくはないけれど鋭い声が飛びます。

 しかしその声の余韻は、彼の令嬢の舌足らずの高い声が掻き消します。


「ありがとうございます!リトレヒ様!」

「いいや、ユーミディア。君の為なら当然だ」


 殿下は彼の令嬢の着席を助けながら、王妃の呼び掛けには応えません。

 その事を王妃も無視しました。王妃は椅子を一つ追加させて、私に声を掛けます。


「ハレスティラ殿も着席なさい」

「はい、王妃陛下。ありがとうございます」


 先程まで私が座っていた場所には、彼の令嬢が座ってしまっていました。

 殿下が中々現れなかったので、時間切れで退席した父が座っていた席には、今は殿下が座っています。

 つまり、時間通りに殿下が現れていたら、殿下の席はない予定でした。


 殿下を囲むいつもの面々は、床に片膝を突いています。顔を下げているので、いつもの表情なのかどうかは見えません。

 殿下を囲むいつもの面々は、側妃派です。側妃は面々の事を少し気にしています。しかし国王と王妃が声を掛けないので、側妃も声を掛ける訳にはいきません。

 国王がいるので礼を取ったまま固まっているみたいですから、面々には椅子は不要ですね。このまま国王も王妃も声を掛けなければ、退室も出来ないままですけれど。

 それにしてもいつもの面々、いつもの半分の人数しかいません。



「母上も国王陛下もちょうど良かった」


 何がちょうど良いのかは分かりませんけれど、王妃を抜かすのは良くありませんよ殿下?国王より先に側妃を挙げるのも良くはありませんけれど。


「私はそこの女との婚約を破棄します」


 殿下は晴れ晴れとした表情でそう言い切ると、彼の令嬢を向きました。


「そしてユーミディアと結婚します」

「リトレヒ様・・・」

「ユーミディア。これでもう君は俺の婚約者なのだから、リトレヒと呼ばなければダメじゃないか。約束したろう?」

「はい。えっと、分かりました。リトレヒ」

「そうだ。良く出来たね」


 そう言うと殿下は彼の令嬢の頭を撫でました。

 これでもうとは、どれでもうなのか分かりませんけれど、そうですか。


 王妃は視線を下げ、微かに首を左右に振ります。

 側妃は顔を青くしています。

 少し背中が丸くなった様に見える国王が、殿下に言葉を掛けました。


「婚約破棄なのか?解消ではなく?」

「はい。当然です。その女は不義密通を行っているのですから」

「リトレヒ王子。滅多な事を口にするのではありません」


 王妃が殿下を(たしな)めます。

 ですがもう、殿下は婚約破棄と口にしましたので、今更遅いのですけれど。


「滅多な事ではありません。その女の不義密通には、ちゃんと証人がいます」

「証人?それは裁判でも証言できる者なのか?」


 国王が殿下に尋ねます。

 この国では裁判での偽証は重罪です。その所為か、裁判直前に証人が逃げる事がたまにあります。


「もちろんです陛下。なんと言っても、その女の密通相手本人なのですから」


 側妃が少し心を揺らしたみたいです。殿下の言葉を信じたのでしょうか?

 確かにそれが事実なら、側妃には都合が良いのですものね。


「分かった。裁判前に一度、連れて参れ」

「ええ。本当は今日も連れて来る積もりだったのですけれど、登城して来なくて、先ほど迎えを送った所です。それに裁判なんて不要ですよ。一目瞭然なのですから」


 密通が一目(ひとめ)で分かる手段があるのでしょうか?


「この場に連れて来る積もりだったのか?」


 国王の言葉を受けて、私が視界の端で確認すると、護衛のフラリオラが微かに肯きました。


 殿下は胸を反らして、国王の問いに答えます。


「ええ。この場でその女の悪行を暴いてやる積もりでしたから」


 悪行?

 私も人間ですから、間違いを犯す事はあります。

 しかし私の行った悪行と言うのは、どれの事でしょうか?

 殿下の婚約者でありながら、殿下の恋人達に目を瞑った事でしょうか?それとも殿下を操ろうとする取り巻き達をこれまで排除出来なかった事でしょうか?殿下の施策が失敗すると分かっていたのに、中止させられなかった事でしょうか?殿下の投資が上手くいくはずない事を知っていながら、()めさせられなかった事でしょうか?

 どれも過ちだと言われれば言えますけれど、悪行とは言えないと思います。

 どれも私の悪行と言うより、殿下の愚行ですし。

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