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01 婚約を解消しますか?

※タバコにネガティブな役割を持たせています。

 いつもの様に、一人でお茶を飲みながら時間を潰していると、珍しい事に殿下がいらっしゃいました。

 プンとタバコの臭いがします。


「おい!どう言う事だ?!」


 私は席を立ち、殿下に礼を取ります。


「お久しぶりにございます」


 頭を下げた私の肩を掴んで、殿下が私の体をグイッと起こします。思わず一歩半、後退(あとずさ)りをしてしまいました。

 視界の端に護衛のフラリオラの影が動くのが見えたので、手で制します。


 顔を上げると殿下の(うしろ)にはいつもの面々が、立場にあるまじき下卑(げび)た表情を浮かべています。

 いつもあの表情なのでもしかしたら、そう言う顔立ちなのかも知れません。そうだとしたら、注意したりしないで置いて良かった。生まれ付きならご自分達では、どうしようもありませんものね。


 そして殿下の片腕には、()の令嬢が巻き付いています。


 殿下が彼の令嬢に腕を取られて、もうどれ位になるのでしょう?

 脚が弱くていらっしゃるのか、彼の令嬢が一人で立っている所を見た事がありません。殿下と一緒ではない時も、他の男性の腕に巻き付いているそうです。

 一日中殿下の腕に巻き付いていたとの報告もあります。その一日中には夜間も含むと。


 殿下はやがてこの国を背負って立つかも知れない方。

 国民に慈愛を向けるのは当然ですけれど、彼の令嬢を支えるのと同様に、国民全員に気持ちを向けるのは、計算上は無理なのです。それは指摘させて頂いてあるのですが、殿下はどうなさるお積もりなのでしょう?

 本来は殿下の婚約者である私が、殿下の施政をサポートする筈なのですけれど、今は手も口も出すなと殿下に拒否されておりますし。



「どう言う事だと訊いている!答えろ!」

「申し訳ありませんが、何に付いての話か、教えて頂けますでしょうか?」


 いきなり、どう言う事だどう言う事だと言われても、ここに来る前に殿下がどんな話をしていたのか、言って頂かなければ困ります。


「鉱山の件だ!俺がお前に命じていただろうが!」

「お断りしました」

「なに?!」

「その場で口頭でお断り致しました。それだけですとこの様に行き違いが(しょう)じるかと存じまして、家を通して王家に対して文書にて、正式にお断りいたしました」

「それが余計だと言うんだ!そもそも断ると言うのがおかしいだろう!お前の持参金にする様にとの命令なんだぞ!」

「お渡しした持参金を既に、殿下がお使いですよね?」

「あんな金額で足りるか!」

「持参金は婚姻後のわたくしの生活を守る為のもの。わたくしにはあの金額で充分です」

「それがなくなったから、あの鉱山を追加しろと言ってるんだ!」

「なくなってはおりませんよ?殿下にはお貸ししただけで、なくなった訳ではございません。ちゃんと借用書は持っております。殿下には利子も含め、結婚までに返済して頂きますので」

「ふざけるな!」

「一切、ふざけてはおりません」


 殿下が私の肩をまた掴もうとするので、もう半歩下がりました。反対側の腕が彼の令嬢に巻き付かれている殿下は、私の肩を掴み損ねて前のめりになり、たたらを踏みます。そこに引っ張られた形の彼の令嬢が上から被さり、二人して倒れ込みました。

 その前に私は更に一歩下がりましたので、巻き込まれたりは致しません。


 脚が弱いのは、もしかしたら殿下の方?

 もしかしたら殿下が倒れない様にと彼の令嬢が、支えて差し上げていたのかも知れません。


「殿下!ユーミディア!」


 いつもの面々が殿下と彼の令嬢を囲みますので、私は二人の傍を離れ、護衛と侍女の傍に立ちました。

 面々は慌てた様な顔も出来るのですね。


「大丈夫か、ユーミディア!殿下もお怪我はございませんか?」

「いまお助けします、殿下!まずユーミディアから!」


 振り返ると護衛のフラリオラが憮然としています。表情に出さない様にはしているけれど、分かってしまいます。でも、私は無事だったでしょう?

 その隣では侍女のメミリンが澄ました顔をしています。やはりベテランは違います。態度には一切、現していませんが、いつもより重心を下げて素早く動ける様にしているのは、さすがに百戦錬磨の侍女です。


 どうやら殿下達は大した怪我はない様です。

 あ?どさくさに紛れて、あんな所を触っています。大丈夫でしょうか?大丈夫そうですね。

 彼の令嬢のコルセットだかビスチェだかのファウンデーションは、兵士の甲冑並みの硬さなのかも知れません。触られた事に気付いては・・・気にしていない?・・・いえ、気付いてはいないのでしょう。私が気にしない事にします。



「お前!よくも俺とユーミディアをこんな目に遭わせたな!」


 座り込んだままの殿下が、私を指差して怒鳴ります。


 私はどう応えれば良いのでしょう?

 良い気味だなんて(はした)なくて言えません。ザマアなどは尚更です。

 まあ私が何を言っても、殿下はただ激昂するだけですから、それなら言わないでおきましょう。



「お前など、お飾りの妻ももったいない!」


 私はお飾りの妻になる気はありませんので、構いません。


「俺はユーミディアを妻にする!」

「リトレヒ様」

「ユーミディア」


 周囲に支えられながら立った二人が、見詰め合っています。

 瞳を潤ませながら殿下を見詰めていた彼の令嬢は、殿下の胸に顔を(うず)めました。


「でも私がリトレヒ様の妻になったら、婚約者の人の居場所を奪う事になってしまいます」


 彼の令嬢の高い声は殿下の胸で音が籠り、聴き取り易くなっています。舌足らずな喋り方は変わりませんけれど。

 この喋り方も声の高さも、地位の高い男性達の前でだけで、そうでなければ普通に話すらしいので、生まれ付きではないのでしょうけれど。


「ユーミディア。こんなヤツの心配をするなんて、君はなんて優しいんだ」


 彼の令嬢が殿下の妃になる事で、私が殿下の妃にならなくなる事が居場所を奪うと言う事なら、彼の令嬢は単なる事実を言っているだけなので、心配も優しさも介入する余地はないと思いますけれど、そんな事、殿下に言っても通じませんよね。


「だからリトレヒ様。私はリトレヒ様の愛妾で良いの」

「なんて奥ゆかしいんだ。だがそれでは俺の気持ちが納まらない」

「いいえ。リトレヒ様に愛されるだけで、私は幸せだから」

「ユーミディア」

「リトレヒ様」


 話が擦れ違っている事を指摘するのは野暮ですよね?

 殿下の気持ちが納まらない事への応えが、愛されるだけで幸せなんて。

 もしかしたら彼の令嬢が幸せなら、殿下の気持ちが納まるのかも知れませんけれど。知りませんけれど。



 さて。

 振り向くとメミリンが小さく肯きます。そろそろ終わりの時間が近付いて来ています。


「殿下。そちらの女性を妻にするとの宣言は、結局、どうなるのでしょうか?」

「なんだと?」

「わたくしとの婚約は、解消でよろしいのですよね?」

「お前は何を聞いていたんだ?ユーミディアはお前が妻でも良いと言ってくれたんだぞ?」

「そちらの女性はわたくしの婚約には、関係がございませんので」

「はあ?何を言ってる!ユーミディアはお前に妻の座を譲ると言っているんだぞ?!」

「譲るも何も、そちらの女性が現れる前より、殿下の妃の座はわたくしに約束されています。婚約とはそう言う意味の契約である事を思い出して下さい」


 お忘れですか、も、ご存知ですか、も、ちょっとキツい言い方になりそうですので、思い出して、にしました。どちらも必要以上に冷たく響きますものね。言葉選びには苦労します。


「ふざけるな!譲って貰って置きながら!それがさも当然の様に!お前!何様なんだ!」

「殿下の妃の座はこれまで一度も、そちらの女性のものであった事はございませんので、譲るも何もありません」

「ふざけるな!ふざけるなふざけるなふざけるな!」

「ふざけてはおりません」


 私は至極まじめ。殿下の前でふざけたりはしゃいだりした事はありません。


「俺はユーミディアを妻にすると約束したんだ!」

「そうなのですね。それならわたくしとの婚約は解消と言う事でよろしいですね?」

「それがふざけていると言うんだ!ユーミディアがお前に妻の座を譲ると言っているのに!なんで婚約解消なんだ!」

「では、婚約継続ですか?」

「もちろんだ!」

「そうですか」


 次の予定の時刻も迫っていますから、延長は無しで、今日はここまでの様です。


「わたくしとの婚約を続けるのでしたら、もう一度、婚約の契約書類を読み返す事をお勧めします」

「はあ?何を言ってる」

「わたくしとの結婚では、愛妾は認めない事になっておりますので」

「は?なんだと?」

「側妃に付きましても、結婚後5年、後継ぎが生まれなかった場合に限り、特例で設けられる事になっております」

「そんなのは認めない!」

「それは国王陛下と王妃陛下に仰って下さい。今のままですと、結婚後に殿下の浮気が発覚したら、即離婚です。そちらの女性や他の女性との関係も結婚までですので、わたくしも今は目を瞑っているだけでございます。結婚式当日にまだ関係を続けている女性が一人でもいたら、殿下の瑕疵で婚約破棄となりますので」

「そんな馬鹿な事があるか!俺はこの国の王子だぞ!」

「ちょっと待って!他の女性って言った?ねえ、あなた?他の女性って言ったわよね?」

「殿下の瑕疵の場合には、婚約破棄、または離婚に伴い、殿下の王位継承権は剥奪されますので、その前の婚約解消がわたくしとしてはお薦めです」

「そんな馬鹿な事があるか!」

「え?!王位継承権の剥奪って何?!どうゆう事?!」

「ちなみに、殿下が即位していた場合でも、即退位です」

「ふざけるな!婚約にそんな強制力があるか!」

「婚約とは言っても、普通の契約と変わりません。そこにどの様な条件を持ち込むかは、契約者同士の自由ですから」

「なんでそんな一方的な条件になっているんだ!」

「一方的ではありませんよ?わたくしが婚約中に殿下以外の男性と恋仲になったり純潔を失ったら、わたくしの瑕疵で婚約破棄です。殿下より厳しいですよね?それにその場合は、持参金の3倍の賠償金を我が家から王家に支払う事になっています。それに比べて、殿下の瑕疵の場合には、婚約中なら持参金と同額の賠償金で済むのですから」

「なんだと?」

「3倍?あなたの持参金の3倍っていくらになるの?」

「そんな契約になっていたのか?」

「因みに離婚なら、瑕疵のある方が持参金の5倍の賠償金を支払います」

「5倍?」

「5倍っていくら?」

「5倍なんて、払えるのか?」

「瑕疵を作る積もりはありませんが、わたくしは私財で賄えます。我が家に出して貰わずとも、大丈夫です」

「え?そんなに金を持っているのか?」

「ねえ?いくら?いくら持ってるの?」


 メミリンが私に合図をします。


「申し訳ありませんが、時間となりました」

「時間?」

「はい。殿下との定例茶会の終了時刻です」

「あっ・・・」

「本日はお目に掛かれて幸いでした。いずれ」

「待て!次回は?次回は来るのか?」

「はい。わたくしはこのまま殿下との結婚式まで、休まず参加をいたします。それがわたくしに課せられた婚約の条件の一つですので」

「え?そうだったのか?」

「それではいずれまた、お目に掛かる日を楽しみにいたします。これにて御前から失礼いたします」


 そう言って礼を取ると、私はフラリオラとメミリンを連れて、その場を(あと)にします。


 部屋を出てからも、殿下に掴まれた肩からは、タバコの臭いがしていました。

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