遥香
逃避する度に殴られて目覚める。
あーあ、せっかく2人とも旅行でいないってのに、なんの用事もないなんて情けないなぁ⋯⋯
ミキとかマキだったらこういう時、家に彼氏でも連れ込むんだろうけど、あたしにはそんなイイものいないからなぁ。そういやモキも最近彼氏出来たって言ってたなぁ。クソが。
私も彼氏家に呼んでさ、「今日、パパとママ帰ってこないから⋯⋯」ってやりたいじゃんね。なのに私は朝から顔も洗わずに1人でスナックパン食べてさ。あー彼氏欲しい。
彼氏⋯⋯
久我くん、彼女とかいるのかなぁ。
久我くん、エッチなこととか好きなのかなぁ。エッチってどんな感じなんだろ⋯⋯
ピンポーン
えっ、誰だろ。パパが楽天かアマゾンでなにか頼んでたのかな。自分が居なくてもどうせ私が暇で家にいるだろうからって、なにか頼んだのかな!!! 酷いパパンだぜまったくよぉ!!!!
このババアみたいな服装は後で何とかするとして、とりあえずインターホンだけは出ないと!
って焦って出たけど、近所のガキ2人組だったわ。
「どうしたのよ」
『遊びに来てあげたよ! 遥香姉ちゃんどうせ今年も1人なんでしょ?』
私が訊くと、インターホン越しに寿樹がそう答えた。
「こんな朝っぱらからダルいこと言いやがってクソガキどもが」
私が悪態をつくと、また寿樹が口を開いた。
『朝っぱらって、もう11時だよ。もしかして今起きたの? 寝過ぎは良くないよ』
「うるせークソガキ!」
『とにかく早く家に入れてよ! ピザ買ってきたから!』
「まぢ!?」
やるやんガキども。
私は体重が4グラムになったような身軽なスキップで玄関へと舞い、ホテルマンのようにドアを開けた。
「お待ちしておりました。どうぞお上がりください」
「じゃじゃーん!」
「ウヒョー!」
差し出された雄也の左手には、Lサイズと思しき箱が2つ入った袋が提がっていた。素晴らしい。拍手してあげたい。
「お邪魔しまんちゅぬ宝」
「おジャ魔女ドレミファソラシド」
2人とも死ぬほどつまらない挨拶をして靴を脱いだ。寿樹はサンダル、雄也は赤と黒の龍の模様のスニーカーだった。中二病って本当に中2でなるんだね。
リビングに行って、さっそくピザの箱を開けた。雄也が1枚で、私と寿樹は半分こなんだって。私と寿樹の体重足しても雄也より軽いと思うし、妥当と言えば妥当なのかな。
「それじゃ、おじさんとおばさんの結婚記念日を祝って、乾杯パーイ!」
寿樹が音頭を取り、食事が始まった。久しぶりのピザはおいしいね。
「それにしても2人さ、去年は来てくんなかったじゃん。今年も来ないと思ってたよ」
私がそう言うと、寿樹が笑って答えた。
「ごめんごめん、去年は彼女と遊ぶ約束しててさ」
カノジョ!!!!!!!!!!!
「寿樹、彼女いんの!?」
こいつら中2だから、私の3個下だよね!? しかも去年って言ったら中1じゃん!!!!
「当たり前じゃん。もしかして遥香姉ちゃん、彼氏いないの?」
ファエッ!?
「えっ、そ、そんなのいるに決まってんじゃア〜ん!」
「だよね〜笑笑」
グギィーーーーッ! クソーッ! 私、こんなガキに先越されてんの!? 悔しィ!! 歯茎から血が出そう!!!!
「雄也はいるの?」
さっきからずっと食べてばっかで喋ってない雄也にも聞いてみた。いないよね? ね? 神よ⋯⋯どうか⋯⋯
「ガツガツムシャムシャ」
食べるのに夢中で耳に入ってないっぽい。
「いやいや、いるに決まってんじゃん」
代わりに寿樹が答えた。
「マジで?」
「当たり前じゃん。こないだ4人で一緒にデートしたよ」
「あ⋯⋯あ⋯⋯」
痛い⋯⋯胸が痛い⋯⋯
グサッてくる⋯⋯
小さい頃からいつも一緒で双子みたいだった2人が、あの可愛かった2人が⋯⋯それぞれ彼女がいるだなんて⋯⋯
いつまでも近所の子どもと遊んでないで、早く彼氏作んないと⋯⋯
「どうしたの遥香姉ちゃん?」
「なんでもないよ⋯⋯」
もうピザ味しねぇよ⋯⋯
「ところで遥香姉ちゃん、昨日お風呂入った? 朝シャワー浴びた?」
「え? なんで?」
「いや、姉ちゃん臭いなって思って」
「ファイッ!?」
確かに昨日はめんどくさくて寝ちゃったし、今日も1人だから昼からでいいやって思って入ってなかったけど、1日でそんなに!?
「そんなに臭い⋯⋯?」
「シャワー浴びてきたら?」
「うん⋯⋯」
なんか泣けてきた。私、情けなさすぎるじゃん⋯⋯昔から弟みたいに思ってた2人にもう彼女がいて、しかも4人でデートしたって言ってるし、私臭いし⋯⋯
「ゲボルフ」
ゲップまで出ちゃったよ。
「それにしても⋯⋯」
洗面台の鏡に映る私は可愛かった。
ぱっちりおめめに薄い眉、綺麗な鼻筋にややふっくらした頬、やわらかそうな唇。髪型だって別に変じゃないし、愛嬌もないわけじゃないと思う。
なんで彼氏出来ないんだろう。他の人から見たらブスなのかな、私って。
ていうか私、昨日着てた変なTシャツのままじゃん。だから臭いって言われたのかな。くんくん⋯⋯自分じゃ分かんないな。まぁいいや、早くシャワー浴びてさっぱりしよ。
あ、そういやブラしてなかったんだった。1人だったからね。暑いし。こんな夏場に着けてられっかよ。
シャワーが気持ちいい。
やや低めの温度で全身の汗を流す。
「ふあぁ」
食後だからか、あくびが出た。良い日だね。彼氏なんていなくても平和な日々が過ごせれば幸せだよあたしゃ。まるちゃんみたいになっちゃった。
何度もあくびをしながらぼーっとシャワーを浴びていると、浴室のドアが開いた。
「お邪魔シマチョウ!」
「お邪魔マルチョウ!」
裸になった2人が入ってきたので、私はとっさに
手で胸を隠した。
「なに入ってきてんのよ! バカタレが!」
「姉ちゃんが悪いんだよ、ブラもつけずに俺たちを誘惑するから。見てよこれ、もうビンビンだよ」
「僕も、ほら」
2人ともどうしちゃったんだ!
「それは悪かったから、早く出てって! 私もすぐ出るから!」
「ダメ。ムリ。我慢出来ない。なぁ雄也、お前もそうだろ?」
「ああトシ、2人でヤッちまおうぜ」
なんなのこいつら!!
「ヤらせるか! くらえ! 鷹爪三角脚!」
「見切った!」
独学でマスターしたアミバ流北斗神拳を披露したもののあっさりとかわされ、逆に顔と胸にカウンターを叩き込まれてしまった。寿樹め、拳法習ってやがったのか⋯⋯痛ぁっ!!!!!
タイルで頭打った⋯⋯痛⋯⋯痛⋯⋯やばい、めっちゃ身体触られてる⋯⋯いやそれより頭痛てぇ⋯⋯
「遥香姉ちゃんのカラダすっげーエロい!」
「ほんとだ! やわらけぇ!」
嬉しそうな顔をしている2人。2人とも、心の優しい子だと思ってたのに⋯⋯こんな⋯⋯
「遥香姉ちゃんのカラダ、最高!」
「遥香姉ちゃん、可愛いよ!」
可愛いだって? こんなことしておいて何言ってんだクソどもが⋯⋯
「可愛いならなんで彼氏出来ねーんだよ。なんでお家デートも出来ずにお前らなんかに犯されてるんだよ。説明しろよ」
「あれ? 彼氏いるんじゃなかったの?」
「嘘に決まってんだろ。お前らに彼女いるのが許せなかったんだよ。なんでお前らにいて私にいねーんだよクソが」
「それは遥香姉ちゃんが高嶺の花だからだよ。だからみんな近づけないでいるんだと思うよ。可愛いよ遥香姉ちゃん。な、雄也」
「そうそう、昔からずっと可愛いよ。ところでさ、遥香姉ちゃんって処女?」
「⋯⋯⋯⋯」
張り手が飛んできた。
「さっさと答えろよ! いちいちめんどくせぇなぁ!」
「⋯⋯そうだよ」
「じゃあ僕がもらうね!」
「ずるいぞ雄也! 姉ちゃんの初めては俺がもらうんだ!」
なに勝手に争ってんだろ。この部屋のすぐ隣にお隣の玄関があるから、私が叫んだらすぐ見つかるっていうのに。
「あ、ちなみになんだけど遥香姉ちゃん。騒いだら殺すから」
寿樹は右手にナイフを持っていた。私の家のものではなかった。
「あんたそれ、最初からそのつもりで⋯⋯!」
「はいそうです」
寿樹はニッコリ笑った。
「じゃあ、いただきまーす」
えっ、ちょっと待っ――
「開通〜」
「とりあえず腕縛っとくか」
「紐ないよ」
「じゃあ蛇口に髪でも縛っとくか」
「キスもまだなのに悪いねぇ」
「おいしい?」
「これ終わったらガムテープで口塞ぐわ。頭押さえんの疲れたわ」
「ちょっと待って、今吸ってるタバコも入れさせて」
「気持ちいい」
「中出し最高〜!」
「動画撮ろうぜ、動画」
「気持ちいい? ねぇ、気持ちいい?」
「気持ちいいよね? ね?」
「気持ちいいって言えよ」
「ピースしろ」
「自分で腰動かせ」
「スマホ電池切れそう」
「あー気持ちいい〜」
今、何時なんだろ。パパ⋯⋯ママ⋯⋯
「よそ見すんじゃねぇぞコラ! また殴られたいのか! オラッ! オラッ!」
2人とも私を姉ちゃん姉ちゃんって呼んでくれて、可愛かったなぁ。
「ガムテープやめて、接着剤でくっつけちまおうぜ」
近所のドブで私がクソデカいヒルを捕まえた時、雄也がパニックになってたっけなぁ。
「耳にも入れてみようぜ」
で、寿樹が強がってバケツに手入れて血吸われたんだよね。泣いてたなぁ。
「あー出した出した、もうすっからかんだ。なぁ雄也、接着剤で蓋しとこうぜ。そのほうが姉ちゃんも喜ぶもんな」
雄也が同級生に太ってることをからかわれていじめられた時に私、小学校に怒鳴り込みに行ったんだよね。
「接着剤どっか行っちゃったよ」
その時に相手の子を泣かせちゃったけど、「遥香姉ちゃんは悪くない!」って、寿樹が味方してくれたんだよね。
「ボンドあったぞ」
ママ、パパ⋯⋯
「ボンドで蓋してあげるね。姉ちゃん、嬉しいよね? 嬉しいよね?」
「⋯⋯うん」
「よかったあ」
人の笑顔がこんなに怖いと思ったのは初めてだった。
パパ、ママ⋯⋯
「遥香姉ちゃん、俺たちそろそろ帰るね。ボンドが乾くまでそのままで⋯⋯って言っても無理だよね」
「ガムテープで縛っておこう」
頭の上で両手を縛られ、膝と肘でそれぞれ縛られた。
「バイバイク、姉ちゃん」
「さよなランボルギーニ」
パパ⋯⋯ママ⋯⋯
帰って来ないで⋯⋯