猫と雨
春頃の事。それは、ひび割れた雷鳴が聞こえる、豪雨の夜だった。
日夜、しんとしている住宅街にぽつ、ぽつと立ち並ぶ街灯の中に、不規則に点滅するものがある。湿気が原因で、いつも以上に壊れそうになっていた。
私は、近所の子供からはおじさんと呼ばれるようになった年頃の会社員。今日は、この身を粉砕する勢いで振る雨の中を、傘もささずに歩いている。服もかばんも、入水者のそれと、濡れ具合になんら違いがない。
親の言うとおりに生きて来た私は、いかなるビジョンもないままに大学へと入り、そして、とりあえず、なんていう感覚で、適当に就職をした。その結果、目先の未来すら真っ暗に感じてしまう程のブラック企業で働くことになり、自分の心が、つめたくなっていくのを日に日に感じていた。だがその日、ついに私は、冷える強風と共にあるこの雨も、冷たく感じなくなってしまった。
ちょうど、その壊れかけの街灯の下だった。そこには、段ボール箱が置かれており、開かれた傘が、雨を防ぐ盾となるように、街灯に立てかけられていた。風で飛んで行かないのは、持ち手の部分が、不細工にガムテープで固められていた、ごみの塊のようなもので固定されていたからだ。
正直、箱なんぞに興味はなかったが、その場所を横切った際に聞こえて来た声に、私はつい足を止めてしまった。気になって、うっすらと闇が溜まっている箱の中を覗いてみた。そこには、片手で簡単に握れてしまいそうな大きさの毛玉が入っていた。もうすこし、注意して中を確認することで、それが子猫であると知った。その子にそっと手をさしのべてみたところ、この手に気付いたその子は、懸命に鳴き始めた。その様子を見て、私は心の中に、濁った感情が湧き出してくるのを一刹那感じた。すぐさまそれは激流を成し、抑えようと気をしっかりと持たせようと試みるも、その圧力に勝ることができす、とうとう、私の言う事が効かなくなった。情けなくも。いや、そんな事を気にしていられる余裕はなかった。とにかく、皆がそろそろ寝静まる夜の中で、自分は、声をあげて泣いてしまったのだ。豪雨の騒音にも負けぬ程の、声で。
ほほを伝う水が、いつのまにか塩辛くなっていたことに気付いたのは、複雑な感情の激流が、穏やかさを取り戻そうとした頃である。