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国境列車

作者: クロウ

情景描写の試験をかねた投稿です。

山のふもとを沿うように伸びる線路にあわせ、ゆるいカーブを描いていた車両が少しづつ速度を落とし始める。

この列車に乗ったことのある人ならば、それが国境前の勾配に差し掛かった合図であることを理解している。


みしみし車体を(きし)ませながら、列車は目的地への最後の数キロを懸命にひた走る。


ようやく長旅が終わり、この先のことを語り合い、あるいは伸びをしながら乗客がそれぞれに(おのおの)身支度(みじたく)を始めたとき。


連結部分を経てこちらの車両へと入ってくる扉が開き、国境警備の憲兵らしき姿が見えた瞬間、他愛のない世間話や笑い声で賑わっていた車内から、ざわめきが消えた。


肩に小銃を担いだ男を引き連れた軍服姿の男が一列目の乗客に近づいてゆく。

静かに手荷物検査が始まった。

さすがに車両内で煩雑な手続きなどはなく、検査そのものは数分で済むシンプルなものだ。


しかしそれでも、皆一様に緊張した面持ちで順番を待つ。

略式ではあっても、いちおう国をまたいでいる以上は手を抜くことなどない。

不審に思われれば到着寸前で舞い戻るなんてことにもなりかねない。


前方の席から手荷物検査が始まり、係官が少しづつ近づいてくると、後ろめたいことなどないのに背筋が自然と伸びてしまう。


複数の国をまたぐ形で運行されている、いわゆる国際列車と呼ばれるこの車両では、国境に差し掛かる辺りで所持品などを含めた身元の検査が行われるのが常だ。


「どうぞ」

ひとつ前の客が終わり、青年の番が来た。

彼はリュックを降ろして中を開くと、中身が見えるようにして男の前に差し出す。

憲兵は中を覗き込むと、

「しまっていいぞ」

とだけ告げて背中を向ける。


たったそれだけなのに胃に穴が開いてしまいそうなほどの緊張感を余儀なくされ、青年は心の中で安堵と気疲れの入り混じった溜め息をつく。


しんと静まり返る車内に、無表情な靴音だけが響く。


いかにも高級将校といった服装をした係官が、ひとつずつ座席を見て回る。

乗客とおぼしき人物を見つけると、荷物の中を見せるように指示し、中身をつぶさにチェックしていく。


やがて、とある西方大陸系とおぼしき旅行客のトランクが開けられたとき、係官たちの動きがにわかに慌ただしくなる。


何があったのかは分からないが、なにやら手荷物から不審物とおぼしきものが見つかったのは間違いなさそうだった。

男は抗議の声をあげるが、意に介されることもなく連行されていく。


「違う、これは……ッ」

弁明にもならない途切れとぎれの声が遠ざかり、息苦しいほどの静寂が辺りを包む。


男の行く末がどうなってしまうのか、一介の旅人にすぎない青年には分からない。

ただひとつ今の彼にできるのは、それが自分の身に起こらなかった幸運に感謝することだけだった。

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