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アイリスの部屋で

「嫌われてはいなくとも、距離は置かれていると思っていたが」


どうやら、私が彼を望んだことで、この部屋に呼び寄せたらしい。

「それは貴方の方ですよ、エランシス」

「ふむ、まあ…正直なところ、どうすれば良いのかよく分からないのだ。…いいソファを誂えたな。座らせてもらおう」


僅かな軋みもなく、深く沈むエランシスは、足を組んで私を隣に招いた。


「アイリスは何も望まないのか?ここに来てしばらく経つが…変わったところといえば、このソファと窓くらいだが…ああ、あとは庭か」

「他に何を望めというのですか?」

「光り輝くシャンデリアとか、金銀宝石その他諸々」


思わず吹き出しそうになって、笑いを堪える。

「貴方こそ、そう言った類のものはあまりお好みでないようですね。この屋敷も随分とシンプルです」

彼は封印されていた二百年もの間、この中でどのように暮らしていたのだろう?


「アイリスが居ればいい」

急にそんなことを言われて私は眉間に皺を寄せる。

「おや、信じられないかい」

「突然連れてこられて、そのように言われましても、私には訳がわからないだけですわ」

「なら、思い出させてやってもいい」

目を見つめられると、不思議と視線を逸らすことができない。

綺麗な形の唇が近づく。

でも、彼は触れない。分かっている。

悔しいけれど、それをもどかしく感じている自分がいる。

なぜだか涙が一筋溢れた。


「どういう感情なのだ、それは」

「知りません…」

「人間にもわからない感情があるのだな」

言われてぶんぶん首を振った。

「嘘…嘘です…!口にするのが嫌なのです…私は、もどかしくて悔しくて…」

「へえ?」

一束髪の毛を掬って、そこにくちづけを落とされる。

「アイリス…待っていた。ずっと」


名前を呼ばれる。なぜだか何度も聞いた気がする。

にっと笑うその顔が、靄のかかった記憶を鮮明にした。






長く白い髪がさらさらと風に靡く。

私はずっと貴方を見ていた。

その笑顔がたまらなく好きなのに


『アイリス、私は人間を許すことはできない』


どうして泣くの?


『私は、またアイリスという      から、エランシスが私を   て』


ぽたぽたと落ちる、頬を濡らす涙。その涙に、



私は


燃えてしまいそう。





「うっ…」

酷い耳鳴りがして、頭を抱え、ソファから崩れ落ちた。


「アイリス!」

「アイリス…?私の名だわ…」

「もしかして、思い出してきたのか?」

エランシスは私の肩を抱く。


「私は、エランシスを知っているわ。アイリスは…どうなったの?でも、アイリスは私だわ」


エランシスは混乱している私を抱き抱えて、ソファに座り直した。

私を離すことなく、その腕に抱きしめられた。

吐息と温もりが伝わる。

(魔物も温かいのだわ)


「初めは、なぜ覚えていないのだろうと君をもどかしく思った。けれど、思い出すのが苦しいのなら…そんな姿を見るのは…」

「いいえ。私は確かにエランシスを知っていて、この場所を知っている。それが分かってしまった…全てを思い出さなければ、いけないのでしょう」


エランシスは私をじっと見つめて言った。

「これだけは、伝えておきたい。昔も、今も、君が好きだということだ」

「昔…それはいつのことですか?」

私は成人式を迎えたばかり。

あまり昔だと、それは私が子どもの頃ということになる。

さすがに子どもに対してここまで熱烈に愛を貫くとも思えぬし、十歳を超えてからとなれば私の記憶も鮮明にある。

けれども、エランシスの回答はそのどちらとも違う。

予想を遥かに超えていた。


「二百年前。君と約束した」

「それなら、私ではありません。私はまだ十八です。人は二百年も生きられません」

「いいや、君だ」

「ご冗談を」


なんだ、そうか人違いなのだ。

それならば納得がいく。



でも、この靄のかかった記憶はなんだろう。

悲しくて苦しくて息ができない。

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