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ソファ

はめ殺しの窓の、その玻璃をそっと撫でる。


ふとした気配に振り向いた。

音もなく現れたその人は、すでに頭を下げていた。

「私をお呼びであると聞きました。いかようなご用事もお申し付け下さいませ」

「お忙しいのに来てくださってありがとう。昨日、私は貴方に失礼なことを聞いてしまったから謝りたいのです。申し訳ありませんでした」

「……」

布ごしに口を開閉する気配がした。

「仰っていることが分かりかねます。何のことでしょうか?」

「昨日貴方に質問したわ。どうしてここにいるのかって。失礼なことを聞いてしまったと思ったのです」

「…アイリス様。私は何でもございません。何者でもありません」


私は目をぱちくりする。

言っていることの意味が飲み込めない。


「例えば…」

つい、と先ほどまで私が眠っていたベッドを指差す。

「あの寝台で眠った後、何か思うことはありますか?」

私はふるふると首を振る。

「私たちは物です。会話をし、動くことができるだけの。気に病まれる必要はございません」

「それでもよ」

「私はアイリス様にこの場で壊されたとしても、些かも心が動くことはございません」

「それでも、それでもよ…」

ぎゅうと拳を握った。

「アイリス様のご負担になるならば、私は消えた方がよろしいでしょうか?」

「違う!違うの!お願いだから…ごめんなさい…行かないで…」


表情は分からないけれど、戸惑っているのがわかる。

咄嗟にその人の衣服を掴んで縋る。

乱れる呼吸を、はあと整えた。


「…お願いがあります」

「なんなりと」

「次の食事の時まで、私の話し相手になって頂ける?」

「主様をお呼びしましょうか?」

「貴方が良いの」

「私は人間のような心を汲んだ会話は出来かねますが…」

「………」

「アイリス様、ご指示を」

「貴方とお話がしたいわ」

「かしこまりました」


「座ってくださる?」とベッドを差したけれど「お仕えしている方の寝台に腰を下ろすことはできません」と言われてしまった。


仕方なく、私は窓辺に歩み寄る。

「この窓は、魔物がつけてくれたのかしら?」

「間接的にではございますが、理屈はその通りでございます」

「それはなぜ?」

「アイリス様がそう望まれたからです。この屋敷は、如何様にも好きに作り替えることができます故」

「私が…望んだ?」


布がふっと揺れた。息を吐いたのだろう。

「例えば…このように…」


先ほどまではなかったソファが現れた。

「私は…そんな…」

「座るところをアイリス様が望んだからです。今はこのように簡素な部屋も、アイリス様好みに作り変えられていきます」

「…望んだのかしら、私が…」

「主様のお力です」


私はその力の片鱗を感じて息を飲んだ。

「魔物は…何者?私はなぜあの人に妻として望まれたのかしら?」

「覚えていないと…いや、覚えてないふりなのではと主様は仰っていました。本当に覚えていないのですね?」


二人とも目の前のソファに座ることなく対峙する。

「それであれば、私から何かを言うことはできないでしょう」

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