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弟と私

「お姉様、聞いてくやさい!ローマンは先生に褒めやいたのでし!」

たかたかと独特の足音で走ってくる八つの弟は、他の子に比べて身長が低かった。

おまけに舌ったらずで女の子みたいな顔立ちのこの弟は、父にとって待望の王子から心配事の種に変わっていた。

腹違いの姉弟は揃って母がいないからか、仲は良かった。というより私にすごく甘えていたように思う。

しかし弟が持ち寄るものは愛情というより、構って欲しい一心で私にべったりという感じだった。

まるで子猫が安心できるタオルを離さないかのような、そんな執着。

当時の私はそれを頼りにされていると勘違いしていた。


紅色の頬が喜びを運んでくる。

私はそれに一生懸命背伸びして応えようとする。

「あら!どんなことで褒められたの?」


ローマンはえっへんと胸を張る。

くりくりの金髪が揺れた。


「数の計算は難しいかや、代わりにローマン、絵を描いて先生に見せました!そしたら上手ねぇって!」

そう言って広げた我が国の紋章入り便箋には、何とか読める字で"おねさま"と書いてある。

その下には

リボンとチューリップと髪の長い女の子が描かれていた。

「こえね、お姉様」

短い指で指しながら説明する。

くりくりの目に長いまつ毛のドレスを着た女の子は特別丁寧に描かれているように思う。

「私?こんなに可愛く描いてくれてありがとう」

言うと、ローマンの口が尖った。

「本当は計算も出来ゆようになりたいのでし。でも…」


時々、この子は酷く萎縮しているように見える。

自分が劣っている者だと思っている節があるようだ。

そんな時は、なるべく明るく振る舞う。

「そうね、計算ができたらきっと便利だものね」


ちょっと残念そうに尖った口が小さく動く。

「やっぱり、お姉様もそう思いましか?」

「例えばローマンが素敵なお花を見つけた時に、何本咲いていたか私は知りたいわ。それに、おやつが一人分足りなかったらローマンが計算して皆に行き渡るようになったら素敵じゃない?」

「それでも苦手だかや…」

もじもじ動かす指はとても小さい。


「どうしても苦手なら、ローマンは得意なことを伸ばして、ローマンが苦手なことは誰かに補って貰えば良いのよ」

と言うと、私のことを上目遣いでじっと見た。

「お姉様は何が苦手なのでしか?」

「そうねぇ…私はローマンみたく上手に絵が描けないわ」

「それならローマン、お姉様のお誕生日には絵を描いてプレゼントしまし!」

そう言ってにっこり笑うと、ぷっくりした頬にまつ毛が埋まる。

それがあんまり可愛いから、私は弟をぎゅっと抱きしめる。


「お姉様?」

「ありがとう、嬉しいわ…きっと約束よ」



けれど、ローマンと交わした約束が果たされることはなかった。

次の年の私の誕生日には、王宮にローマンの姿はなかったからだ。


あの便箋に描かれた絵は、鍵付きの引き出しから時折取り出してよく眺めた。


それから舞踏会で会ったローマンの、ご令嬢としての振る舞いがあまりにも完璧で、

私は震えた。


怖かった。


計算も満足にできなかったローマンが、一体どうしたらこんなに一分の隙もないレディになっている?

彼の王族に対する憎悪か、有無を言わさない詰め込みかは分からない。別のことかもしれないし、理由は一つではないかもしれない。


きっとチェリーウェル侯爵夫妻が教育熱心なのだ、ローマンはきっと、ある日突然目が開いてなんでもこなせるようになったのだ、そうに決まっている、

だってそうじゃなきゃおかしいじゃないかあまりにも。


ダンスを踊る指先から発せられる気品に魅入って、騒つくホールで立ち尽くす私は、彼は努力をしたと、そう思って目を瞑った。

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