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榊瑠偉(サカキルイ)は地味男になりたい

作者: 茜カナコ

 今日も電車を降りると、ラブレターを渡された。

「ごめんなさい、読んでくれるだけでも良いんです」

「……分かりました。でも、僕付き合うとかは……」

「……分かってます。気持ちだけでも伝えられれば良いんです」

 押しつけられたラブレターを鞄にしまう。

 これで、何人目だろうと、僕はため息をついた。


「朝からモテるね-。サカキ王子」

「その呼び方、やめて下さい。花房ハナブサさん」

 同じ大学の同級生、花房さんはことあるごとに僕に嫌みを言ってくる。

「ま、学校一番の美形天才様ですから? 榊王子は」

「……」

 僕は花房さんに目礼をして、学校に向かった。


 僕は目立ちたくないのに、生まれついての容姿がそれを許さなかった。

 小さい頃から可愛すぎて誘拐されそうになったり、女子からの告白が後を絶たなかったり、写真を盗み撮りされたり、ろくな思い出がない。

 もう一度ため息をついてから教室に入ると、何人かの地味目な男子がスマホをのぞき込んでいた。

「何、見てるの?」


 僕が訊ねると気まずそうに一人が答えた。

「えっと…… 瑠偉ルイさんが見る物じゃないけど……Vチューバーの動画だよ」

「Vチューバー?」

「見てみる?」

 スマホに映されている動画には、ちょっとダサメの男が食事をとりながらゲームをやっている姿が映されていた。


「いいなあ……」

「え?」

「いや、何でも無い。ありがとう」

 僕はスマホの動画サイトのタイトルを覚えた。

 家に帰ってから、自分の部屋に戻ると早速タブレットPCから動画を検索した。

 そこには、普通の人の普通の生活がUPされた動画が並んでいた。


「僕もやってみようかな……」

 僕はお面を付けて、趣味の日本の城プラモデル作りをスマホで撮って、動画サイトにUPしてみた。

「どうかな……?」

 再生数は二桁。

 コメントは『地味、渋い、親父?』

 

「え? こんなこと言われたこと無い……」

 でも、なんだか本当の自分を見て貰えて居るみたいでホッとした。

 僕は皆から注目されるほどの人間じゃない。そんな思いをずっと抱えていた。

 動画に付いたコメントは、なんだか僕をくすぐったい気持ちにさせた。

「よし、続けてみよう」

 僕の日課に、動画更新という行動が追加された。


 動画更新を始めてから、三ヶ月。

 フォロワーが百人になった。

 僕はお祝いに、牛丼を買った。普段は口にしないが、食べているところを動画にUPするつもりだった。

「あれ? 榊王子、なんでこんなとこに居るの? 牛丼なんて平民の食べ物食べるつもり?」


 花房さんに見つかった。僕は慌てて店員さんに注文しようとすると、花房さんが可笑しそうに笑った。

「さすが王子。頼み方、知らないんだ? こっちの自販機でチケット買うんだよ?」

 花房さんが牛丼の買い方を教えてくれた。意外に良いところもあるのかも知れない……と思っていたら写真を撮られた。

「あはは。王子が牛丼買ってたって皆に言ってやる」

「……お好きにどうぞ」


 僕は有名なチーズ牛丼大盛りを選んで持ち帰ることにした。

 代金を払うためにスマホを取り出すと、花房さんに取り上げられた。

「あれ? なんか動画サイトがお気に入りに入れてるの? あ、城プラモデル淡々と作ってる動画主フォローしてるんだ? 意外」

「返してくれないか?」

「はい」


 花房さんは素直にスマホを返すと、自分の注文をして席に着いた。

「じゃあね、榊王子」

「その呼び方、やめて下さい」

 僕は牛丼屋を後にして、部屋に帰った。

 部屋に戻ると、サングラスとパーカーに着替えてチーズ牛丼を食べる動画を撮った。

『いつもありがとう。祝100フォロー』と書いた紙を首から提げて、静かに食べたチーズ牛丼は、とても美味しかった。


 翌日、花房さんに声をかけられた。

「榊王子、いや、イルさん!」

「え!? 何!? イルさんって誰!?」

 花房さんの発言で教室がざわめいた。

「これだよ、これ」

 そう言うと花房さんが、昨日の動画を大音量で流した。

「この声、榊王子だろ!?」


 一言だけ言った「美味しい」という声がスマホから響く。

「一人で日本の城プラモデルを作ってる動画主、王子だったんだよ。誰が見るんだよ、こんな地味な動画」

 その時、いつも教室にかたまっている地味な男子達が立ち上がった。

「イルくんを侮辱するな!」

「そうだ、趣味が地味で何が悪い!?」

「瑠偉王子!! 王子もこっち側の人間でしたか!?」


 翌日、僕は今までよりも、もっと人気者になってしまった。

 なにやら、ギャップ萌えとかいうやつらしい。

 そして、動画再生数が三桁になった。

『素顔をみせて』という書き込みがあった。

『ごめんなさい。それはできません』と、僕は返事を書いてスマホの電源を切った。


 明日は地味な男子達とボーリング場で遊ぶ約束をした。

 ファンではなく友達が出来て、僕は嬉しかった。

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