社畜の唄_No1_猫飼い
初夏の夜、通勤電車の揺れと共鳴する目眩を抱え、瞼を閉じる。冷え固まった胃から染み出した酢液が、上顎までじんわりと広がり、今日も一本の道管が出来上がるのを感じた。道管を伝い、込み上げてくる圧迫感。唾液を飲み下し、圧迫感を胃袋へと無理矢理押し戻す。
ごっくん、ガタゴトガタゴト、ごっくん、ガタゴトガタゴト。電車の刻むリズムに合わせて、家畜に負けじと反芻する。薄っぺらくなっていく意識の中、靴の裏から伝わる力強い振動に、肉体が散り散りになる空想を膨らます。
「次は、xxx駅~。」 車内に漂う最寄り駅の名前が耳に刺さり、下車の準備を始める。粘着する瞼をこじ開け、重力に意地悪された身体を引きずりながらドアへと向かう。
車窓の流れがだんだんと穏やかになり、遂には止まる。電子音と共にドアが左右へ吸い込まれるが早いか、ホームへと足を踏み出す。
朝の5倍は重たい通勤鞄を背に抱え、ずり落ちないよう、両手で肩紐を握り締める。体力の残っている仲間たちは、俺をスイスイと追い抜かし、我先へと家路を急ぐ。
どうぞ、どうぞ。俺は片足をベッタリと地面に着けないと歩けませんので、皆様どうぞお先へ。
改札を通る頃には、同乗していた仲間たちは誰一人として見当たらなくなっていた。
「あぃがとございましたぁ。」駅員のくぐもった早口言葉と、ICカードの反応音だけがこだまする空洞を背に、駅を去る。
ここからは平坦なアスファルトを進むのみ。俺の人生と同じだ。起伏も無く、一日中雑踏に耐えるだけ。でも、怒られないから俺よりもマシか。昨日も怒られた。今日も怒られた。明日もきっと怒られる。
疲れたな。眠いな。今日は4時間寝られるだろうか。毎日本当に憂鬱だ。仕事も会社もチームも全部大嫌いだ。
先ず上司。タスク丸投げのくせに、進捗管理と納期には厳しいアイツ。理詰めで脅せばプロジェクトが進むと信じてるヤクザ。パワハラでどっかに流刑されてくれよ。
次にパイセン方。自分のタスクを少しでも減らそうと
、課題に対していつもだんまり。こっちに仕事をふるくせに、そっちは仕事を引き取らない。家庭重視?そうですか。独身の俺には重視する家庭が無いですからね。
そして弊社。法律違反で潰れてください、頼むから。ホワイト企業ですみたいな顔して堂々と歩きやがって。サービスサービスサービス残業。企業理念?利益目標?一人で勝手にやってくれ。俺はお前を大きくするために入社したんじゃない。俺が幸せになるために入社したんだ。
やっと火曜日が終わりかけている。明日はまだ水曜日。長いな。長ったらしい。今日の一日を365.25回繰り返すとようやく一年。それでも一年。もう歩けないし、歩きたく無いし、歩く方向も分からない。なんでお前ら走れるの?なんで座って笑っていられるの?
そう言えば、顧客要求未達のあの計算結果どうしよう。明日、顧客先報告だ…。あ、やばい。
無理、はきそう、
羽虫のビブラートが交差する街灯の下で、俺は胃袋をひっくり返した。連続するビックウェーブが終わり、涙と胃液を滴らせながら酸素を求める。浅く鋭い呼吸に嗚咽が混じる。路面から跳ね返った吐瀉物が、黒い靴と紺のスーツに水玉模様を咲かせていた。
出来たばかりの淡色の水溜りの横にしゃがみ込み、顔を膝小僧に埋める。なんで生きてるんだっけ。消えたい。
ぴちゃぴちゃ。ぴちゃ。
顔をあげる。街灯の灯りと、街灯の灯りを反射する水面とに照らされ、一匹の子猫がいた。
子猫は、全身の白い毛に汚れを絡ませ、痩躯を一層のこと際立たせていた。そして、子猫は、俺の未消化の晩飯を丁寧に拾い集めていた。
撒き散らされた焼き鯖定食の海の中、一心不乱に生を全うするその姿を、この地球上で何よりも純真だと感じた。
「美味しい?」自然と口から言葉が滑り出る。
子猫は怯える様子もなく、顔をこちらに向ける。磨りたての墨を垂らしたような漆黒を目に宿していた。
「みゃぁ。」小さな口を精一杯大きく広げ、返事をくれた。
「そうか。それなら良かった。ごめんよ。」柄にもなく生き物を愛でようと、子猫に手を伸ばす。
右手に触れたのは、子猫のいた空間だけだった。子猫は、ちょぼちょぼと軽やかに走り、闇夜に吸い込まれていった。
俺は夜空を見上げる。都会の薄汚い大気と乱視のせいで、星はよく見えなかった。
凡そ25時間後、俺はいつもと変わり無く、アスファルトを踏みしめていた。
昨夜の事故現場に近づくにつれ、記憶がパシャパシャと脳裏に浮かぶ。頼り無く立ち尽くす街灯が見えてきた。
街灯の足元のアスファルトは、薄っすらと色づいていた。胃壁が、豪傑な吐き様を思い出す。喉元を衝動が駆け上がり、事が再現するのは一瞬だった。
気がつくと俺はまた、大地と向かい合っていた。ぶち撒けたパステルカラーの塗料は、昨日の痕跡を上塗りするかのように、俺を包囲した。
反射的に口元に被せた両手の平は、細かい凹凸のある粘り気でコーティングされていた。俺は10本の指から、液体が交互に伸び落ちるのを、空虚に見つめていた。
俺は何を思えばいいのだろうか。
塩水が、涙腺からしずしずとしみ出し、世界の解像度を下げていく。このままでいい。このまま全部無くなればいい。
れろ。
俺の右手の人差し指を、小さな力が拭った。
まぶたを使い、涙の膜を払い落とす。
力の正体は、昨日と同じ子猫だった。俺の手指から、唐揚げ定食のエキスを必死になって吸い取っている。今度は食事を邪魔しないよう、俺は道路構造物に成りきり、生命活動を見守る。
「みゃぉ。」こちらの視線を気取った野生動物が、何かしらの意志を伝える。柔らかそうな口の周りの毛に、食べこぼしが所々ついている。
「こんなもの食べて、お前大丈夫か?」
「みゃぁ。」
「そうか。まあ、お前がいいならいいよ。」
子猫は俺の右手を綺麗に空っぽにした。指紋から手首まで艶々になったお椀を眺め、満足そうに「みゃぁ。」と鳴いた。
そして、子猫は自ら、俺の右手に額を擦り当ててきた。
心臓が一回り大きく躍動し、脈が倍速になる。握り潰せそうな小さな頭を、右手でゆっくりと包み込み、指の関節をカチコチと無様にくねらす。
短く細い毛が、柔らかく手の表面をなぞる。弾力性のある耳は、ほんのりと温かかった。
「お前、明日も来るか?」
「みゃぁ。」
「そうか、分かった。」
明日の約束を取り付けた子猫は、不安を一糸まとわぬ足取りで、昨日とは別の方角に小さくなっていった。
白い点が潰れてしばらくの後、自分の顔面が綻んでいることに気がついた。綻びの理由を思い出し、右手を見つめ、また綻ぶ。やがて横隔膜が震えだし、身体の末端まで振動が伝わる。芯から湧き上がってくる笑いに身を任せ、5月の生暖かい夜の空気を口に含んだ。
子猫は、明後日も明々後日も、次の日の約束を取り付けてきた。俺は次第に、子猫の元へと帰るようになっていった。
子猫のために仕事に行き、子猫のために仕事で怒られ、子猫のために晩飯を食らい、子猫のために吐き戻す。
子猫は何時でも、俺の帰宅を優しく迎え入れてくれた。子猫の笑顔と成長が、俺の生への鎹だった。
「凹凸くん、来月から△△部署に移動ね。」
資料の文字フォントとサイズを統一しながら、思いつきのままに並べられた指摘事項に対応している俺に、上司が話しかけてきた。
「え、あ、ハイ。?」俺は上司の言葉の意味を理解することが出来なかった。
「だから、△△部署に移動って言ってんの。聞こえた?」語尾に強いアクセントが入る。上司は今日も容易くイラつく。
「はい。すみません。△△部署に移動、ですか?急に何ででしょうか…。申し訳ございません。私の不手際のせいで、何か不具合対応が必要となりますでしょうか。」機嫌の悪い人は苦手だ。この雰囲気に当てられると、理論立てて話すより、まず相手の求める回答を無理矢理探してしまう。
「は?何言ってんの?自分が希望出したんでしょ。」上司の顔面が、お前は裏切り者だと罵っていた。
「え、私…ですか?」
「君が異動希望出してたんでしょ。しかも、3年間毎年。」
「え、いや、それは。」唐突に露見した不都合に、額と脇から汗がしみ出す。
「隠れてコソコソと、たちが悪い。言いたいことあるならはっきり言えないのかな。」
「…も、申し訳ございません。」
「思ってもないのにそういうのいいから。引き継ぎして、さっさと出てって。うちの部署も君みたいな人いらないから。」上司は俺の言葉を待たず、自席へと戻っていった。
俺の頭は、一連の事象を処理出来ず、先刻の会話をループさせていた。
しばらくして、徐々にシナプスがニョキニョキと繋がり始める。異動希望のアンケートって、上司からは見られないはずでは?なんでアイツが知ってるんだ?俺はこれから、どうしたらいいんだ…。
この状況下で、無防備に背中をさらし、デスクで作業を継続することは困難であった。俺は、別の階のトイレまで競歩し、個室の便座に尻をおろした。
方々から突き刺さっていた視線が消え、思考が淀み無く動き始める。
俺の異動は既に決まった。決まったからこそ、上司にも伝わった。つまり、アイツではどうにも出来ない。1ヶ月後、俺はアイツ等と永遠におさらばする。
解放感に、全身の毛穴が開花する。喉元まで立ち上った咆哮を、トイレの床の斑に変色したタイルを見つめて耐える。
一つ残らず飲み下した後、股関節に力を集めて尻をあげる。じめじめとしたオフィスに不適切な気持ちの昂りを鎮めるため、ベルトの穴を一つだけきつく締めた。
1ヶ月先は遠かった。この1ヶ月間、俺は全員から虐められた。相槌一つ、返信一つ、まともに会話が成り立たなかった。侮蔑、嘲笑、怒号、物損、浴びられそうなものは全て浴びた。朝から晩まで、乾く間もなく、ずっとびしょ濡れだった。
それでも俺は、一日も休まなかった。アラートを上げ始めた胃腸は、猫に固形物を与えるようになっていた。すくすくと滞り無く成長した猫には、丁度ピッタリの食事だった。猫はシャクシャクと、トンカツを食べていた。
「今日から△△部署に異動となりました凸凹と申します。前の職場では、■■を担当しておりました。初めてのことばかりでご迷惑をおかけすることが多々あるかと存じますが、ご指導のほど、お願いいたします。」身体を鋭角に折り、初日の挨拶を申し述べる。
頭上から、柔らかい拍手が降り注ぐ。視線を元の高さに戻すと、ほんのりと丸みを帯びた初老の顔が並んでいた。一人として例外無く、体型によく似合った、敵意の無い目をしていた。俺の目が△△部署に同化されていくのを感じた。
その日は、簡単な業務説明を受け、簡単なメールを出し、簡単な資料を読み、定時で退社した。ホワイト企業勤務と信じて疑わない人々の濁流に身を任せ、屋外へと流れ出る。太陽が高かった。体調不良により午後休で退社した日と同じ風景を歩いた。
通勤電車の乗客は、遠足に向かう中学生のような活気を帯びていた。飲み会、ジム、ショッピング、、、次の目的地まで、談笑を引き連れて軽やかに移動していく。
俺も何か始めよう。資格なんか取っちゃって転職してもいいし、料理に挑戦するのもいい。ペットでも飼おうかな。あ、猫。あの猫と楽しく暮らそう。そうだな。幸せだな。
これまでより5cmは高い足取りで、最寄り駅のホームを踏み、改札を抜け、アスファルトを駆けていく。
いつもの待ち合わせの時間よりも大分早く着いてしまうな。また、日が落ちたら出直すか。
前から後ろから、次々と人間が湧き出るアスファルトの道の端に、猫はいた。巨人の交通を妨げないよう、乱雑に生えた緑の隙間から、顔を半月にしていた。
天空から暗色が降りてきた空のもと、猫の輪郭は突出していた。
なんだったっけ、あの絵。そう、あの絵にそっくりの場面だ。えーと、 その、あの…そう、夜警。夜警だ。描いたのは確か、、レンブラントだったっけ。
そう言えば、俺、絵画が好きだったな。暫く行ってなかったけど、今度の土日は美術館にでも行ってみようかな。今何展やってるんだろ。西洋画だといいな。
週末に、未来に、楽しみという言葉が自然と繋がる。この先続く、猫との穏やかで幸せな暮らしを確信し、慈愛が止まらなくなった。
レーダーのようにくるくると周囲を監視していた猫が、俺の顔を捉える。
「みゃぉ。」と甘ったるい声を出し、俺の足元にトトトッと寄ってきた。
猫は嬉しそうに、俺のスーツに爪をかけて立ち上がる。
俺も、くっつきそうな目尻と口角を猫に向け、ちょんちょんと猫の眉間を撫でる。
「みゃぉ。」猫が鳴く。
「ただいま。」俺が撫でる。
「みゃぉ。」猫が鳴く。
「はいはい。ただいまだって。」俺が撫でる。
「みゃお!」猫が鳴く。
俺は気づいた。俺は、今日、吐き戻すことが出来ない。
馴染みのスーパーマーケットまで、焦燥に合わせて足を動かす。店内は、一日の中で最も忙しい時間に立ち向かっていた。赤い値引きシールの貼られた惣菜を買い物カゴに入れて無表情で突き進む人々に、新参者の俺は道を譲りながら天井の案内板を探す。あった、ペット用品コーナー。
ペット用品コーナーで、猫のドライフードと缶詰めを選ぶ。どれが美味しいのかなんて分からないから、値段が中頃のものを選択した。
レジ袋を振り乱しながら、猫の元へと急いで戻る。良かった、まだいた。
猫は迷子だったかのように、俺に走り寄ってきた。
「みゃぉ。」
「ごめん。ごめん。ちょっと待ってて。」
ドライフードの箱パッケージのミシン目をパリパリと剥がす。頭を覗かせたメタリックカラーの内袋を破き、アスファルトのプレートの上にカラコロとドライフードを注ぐ。焦げ茶色の山が誕生した。猫は裾野に鼻をつけ、食事としての合否の検討を始めた。
次に缶に手をかける。カキャッと音を発して、蓋が曲がる。猫の注意が缶に向く。
缶の縁で手を切らぬよう、蓋の開いた缶を逆さにし、プレートに軽く叩きつける。缶の中身が外形を保ったまま現れた。肌色でウェットな見た目は、シーチキンの親戚に違いなかった。新規の食事候補に、猫がまた鼻をつける。ウェットな対象に触れないよう、猫の鼻はとてもゆっくりと輪郭すれすれをなぞった。
猫のジャッジは長かった。俺は何度か立ち上がり、しゃがみ方を変えながら、判断が下るのを待った。猫はドライとウェットの間を揺れながら、ただ一つの解を探っているようであった。
「みゃぉ。」猫が合否を下した。意志を持った両眼を俺に向け、一言告げる。そして、尻を向けると、尻尾をだぶつかせながら、路上駐車の車の影に消えていった。
猫に捧げた一連の行動が、徒労になったと判断せざるを得ない状況に、俺は独善の塊となった。
一つ一つの感情をなだめつかせ、建設的な思考のみを残す頃には、足元は野良猫共の餌場となっていた。
素性の知れないもの達が、俺の徒労を消費する。第三者が俺のことを利用しているまさにその場に直面し、怒りが身体を支配した。剥がれかけた靴底を地面に打ち付け、威嚇音を発する。
野良猫共は、餌から顔を離し、テーブルマナー違反を咎めるような目つきで俺を見る。
多数の眼光に気圧され、俺は2個しかない眼玉を抱えて逃げ出した。
添加物に米の芯まで浸ったパック寿司を食べながら、テレビのRGBの点滅を網膜に映す。昨日までは不満の無かった1Kの部屋。四方の壁から、密閉感と倦怠感が漂ってくる。
最後の一貫となった鮮やか過ぎるサーモンを、二噛みで喉に押込み、晩飯を終える。
裾のたわんだTシャツと短パンを履き、サンダルに足を滑入れる。これ以上酸欠で苦しまないよう、外気を求めて外へ出た。
行き先なんか決まっていない。欲しい物もコンビニに無い。俺の足は、いつもの場所へ帰ろうと動いた。
街灯が一人ぼっちで待っていた。役者達の登場を疑わず、舞台を照らし、待っていた。
レディース&ジェントルメン。今宵は一人、喜劇を語ろう。語る話も無い程薄い、35年の町人人生。それはそれは平坦で、観ている貴方は面白い。
俺は明暗を踏み越える。スポットライトを浴びて、羞恥心が反射する。
「みゃぉ。」後ろから声がした。
振り返ると、猫がいた。
猫は威風堂々たる足取りで、光の中へと、登場を飾った。
俺の心臓の毛が総立ちし、台詞が喉を通らなかった。
「ね、…ぇ、こぉ…。」サラサラの鼻水が涙と合流し、口の中へ流れ込む。塩っぱい。
「みゃぉ。」猫が額を、俺の脛にギュッギュと押し付ける。
俺は手慣れた所作で膝を折り、猫と見つめ合う。さて、第二幕を始めよう。
台本を開く。次のシーン、俺はパック寿司を猫に与える。
俺の動きが止まる。猫の動きも止まる。猫は俺が動き出すのを黙って待つ。
微動だにしない沈黙に、耐えきれなくなった観客達が、小声で同行者と話しを始める。
俺は必死に、昨日までの嘔吐の記憶を反復する。イメージを探し当てれば当てるほど、内蔵の動かし方が分からなくなっていった。
気がつくと、全ての観客は会場を後にし、俺と猫だけになった。
「ねこ、ごめん。俺、吐けない。」俺は猫に打ち明ける。
猫は俺の表情を受け止めようと、瞳孔の中心に俺を大きく映し出す。やがて、批評家のようにヒゲを上下させ、「みゃぉ。」と告げると舞台を降りた。
俺は幕引きも出来ず、薄っすらと肩に積もる光の重さに耐えていた。
千秋楽から数週間後の雨の夜、新しい部署に見合った緩やかな歓迎会で時間を流し、久しく遅めの帰路につく。
ピシピシと垂直に進む雨粒に、傘のグリップを握り締める。
音も光も、雨と共に下へ落ち、排水溝へと流れていった。
いつも弱々しく頑張る街灯も、今日は心が折れかけているようであった。お疲れさん。と、心で唱える。思考があらぬ方向に進まないよう、ここ数日読んでいる漫画のページの再構成に意識を固定する。視界に白いものが映った。
「ねこっ!!」俺は肺いっぱいの空気を音に変えた。水溜りに足を突っ込み、靴下と足の裏の間で水が千切れるのも厭わず、走った。
最後に捕らえた猫の姿は、身体にピタリと貼り付いた毛皮で、あばら骨の形を惜しみ無く際立たせている様であった。
翌朝、俺は元の上司にメールを出した。