彼女が可愛くて仕方がなくて、俺はつい「不細工」と言ってしまった
俺たちの出会いは、最悪だった。
と言っても、最悪な出会いにしたのはこの俺だ。
「こっち見るな、不細工」
ラスティン伯爵家の次男である俺──オリバーは、クレランス伯爵家の令嬢であるオフィーリアに初対面でそんな暴言を吐いてしまった。
あれはまだ、俺とオフィーリアが五歳のとき。
よく晴れた青空の下、うちで開いたガーデンパーティに、クレランス伯爵夫人がオフィーリアを連れてやって来たのだ。
しかし、不細工なんて本当は思っていなかった。
伯爵夫人の隣に立ってスッと礼をしてきた彼女は、同い年とは思えないほど大人びていて、物凄く可憐だった。真っ直ぐ胸元の長さまで伸びた銀髪はサラサラで、青みがかった瞳は宝石のサファイアのように美しい。ふと目が合えばニコッと微笑みを向けられ、その瞬間、彼女の周りには色とりどりの花々が舞って見えた。
なのに。
なのに、だ。
五歳の俺は何を思ったのか、彼女の笑顔を見てつい反射的に、不細工だなんて微塵も思っていない言葉を吐いてしまった。
隣にいた母が慌てて俺に謝るように言ってきて、俺もすぐ我に返って謝ろうとしたのだが、俺が謝るよりも先にオフィーリアが泣き出してしまった。
「ぶ、不細工じゃないもん!!」
さっきまで大人びた姿を見せていたオフィーリアが、いきなり年相応の女の子の姿を見せてきた。眉間に皺を寄せ、ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら懸命に言い返してきた彼女の顔は、今でも忘れられない。
誰かの泣き顔が可愛いと、もっと見たいと思ったのはこのときが初めてだったから尚のこと。
ちなみに、当然この後は母からものすごく怒られて、翌日すぐにクレランス伯爵家にお詫びの品を持って行き、改めて謝罪した。
────そんな最悪の初対面を経てしまったが故に、俺たちは今、誰もが知る犬猿の仲になっていた。
「よおオフィーリア。また真面目に試験勉強か? 今度こそ俺に勝って一位を取れるといいな」
「あらオリバー。そう言っていられるのも今のうちよ? 次こそは私が勝つわ」
教室で机に向かっていたオフィーリア。
俺は彼女の目の前に立ち、バチバチと火花を散らして見つめ合う。
このやり取りの始まりは、俺たちがこの学園の初等部に入学し、初めてテストを受けたときまで遡る。
俺がつい「オフィーリア、君は何点だったんだ? 九十八点? すごいじゃん。まあ俺は百点だったけど」なんて、また残念な台詞を吐いてしまったがために、それ以降オフィーリアは俺に負けないようにと必死に勉強している。
……まあでも、彼女が俺に負けて悔しがっている姿も最高に可愛いのだ。だからオフィーリアには悪いが、俺も俺で彼女に負けないよう必死に勉強して、俺がテストで負けたことはないのが現実。そして高等部二年となった現在に至るのだ。
あと他には、パーティでの言い合いなんかもある。
俺が「何そのドレス。子供っぽいな」と口にしてしまうと、オフィーリアも「あなたこそ。服に着られてるんじゃない?」と言い返してきて、まさに売り言葉に買い言葉。
最初は俺たちの言い合いをハラハラと見つめていた周りの人たちも、今では「やれやれまたやってるのか」と微笑ましく見守ってくれている。
まあそれと言うのも、
「……オリバー。お前、そろそろオフィーリアに告白したらどうだ?」
「んなっ!?」
俺がオフィーリアを好きなことと、好きなのに……いや、好きだからつい彼女にひどいことを言ってしまうことが周りの大半にバレてしまっているのだ。
ある日の放課後。
日直の仕事である日誌を書くため一人教室に残っていたところ、前の席に幼馴染のアーロが座り、突然そんなことを言われ、俺は驚愕した。
「でで、できるわけないだろう! 俺が告白なんて!」
「いやでもさ。オフィーリアってめちゃくちゃ可愛いじゃん。お前がそうやっていつまでも意地悪している間に、ひょいっと他の男に取られても良いわけ?」
「それは……嫌だけど、でも俺がどうこう言える話でもないし……」
嫌だという言葉は口を尖らせて尻すぼみになりながら、ボソボソと答えた。
アーロの言う通り、オフィーリアの可愛さは学年が上がるごとにどんどん増している。学園での彼女は、笑うとまるでそこに向日葵が咲いたようで性格も朗らか。しかし社交の場では一変して気品を漂わせる百合のような笑顔を見せてくる。そのギャップもまた素晴らしい。
でも、貴族の子息令嬢の結婚相手は大抵親同士が決めるもの。早い奴は初等部の段階で婚約者がいたりする。幸いなことに、俺にもオフィーリアにも婚約者はまだいないけど、ここで俺が家のことを考えずに彼女に告白なんて、出来るわけがない。
しかしアーロはこう言った。
「オフィーリアって伯爵家の一人娘だしさ。一方のお前は伯爵家の次男だし、お前がクレランス家に婿入りするって未来はありじゃね? 親父さんに頼んだりしてみたのか?」
確かにそういう点では問題ない。
それに母親同士も仲が良いので、言ってみたら両親は許可してくれるかもしれない。
「それは……。でも俺、こういう性格だからオフィーリアに嫌われてるし。やっぱり告白なんて無理だよ」
やはりどうしても、オフィーリアに告白する勇気はない。面と向かえばつい意地悪な言葉が口から出てしまう。まずはこの性格を直さなければ、告白なんて到底無理だ。
「ふーん。じゃあまあ、後から恨まれたくないから一応言っとくんだけどさ」
「うん?」
「今俺のところに、オフィーリアとの婚約の話が来てるんだよね」
「…………は?」
それはまさに青天の霹靂。
頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。
「アーロが、オフィーリアと?」
「話が来てるってだけだからな?」
「アーロはその話を受ける気なのか?」
俺は恐る恐る確認する。
「俺の気持ちは関係ないだろ。最終判断は両親がするし。まあだから、もし婚約が決まっても恨まないでくれよって話」
「う……」
アーロも俺たちと同じ伯爵家の子息。
もしアーロとオフィーリアが婚約したら……?
想像しただけで、心が押し潰されそうだ。
「……じゃ、俺帰るわ」
「……ああ」
ひらひらと手を振って、アーロは教室を出て行った。
俺は、アーロが残した言葉の衝撃が強過ぎて、なかなか立ち直れそうにない。
日誌を書いていた手もピタリと止まってしまって、何を書こうとしていたかも思い出せない。
「…………どうしろってんだよ」
誰もいない教室で、俺はポツリと一人呟いたのだった。
────結局オフィーリアには何も言えないまま、一週間が経過した。
今日は学園の創立記念日で、放課後は大ホールでパーティが開かれる。
この一週間はアーロやオフィーリアと話もしていない。まだ気まずくて会いたくもないが、さすがに創立記念のパーティには全校生徒が出席しなければならず、俺は正装はしたもののため息をつきながら大ホールまで来ていた。
しかしこういう時に限って、会いたくない人には一番に遭遇してしまうものだ。
「…………オフィーリア」
入り口まであと十メートルもないくらいの距離で、ちょうど会場入りしようとしているオフィーリアが目に入った。
しかも何が馬鹿かって、パーティ仕様でいつも以上に綺麗になっている彼女を見て、ついつい名前を声に出して呼んでしまったのだ。
「! オリバー……」
少し離れていたし小声だったにも関わらず、オフィーリアは俺の呼びかけに気づいてしまった。
彼女は少しだけ目を見開いて、それから会場の中に向かっていた爪先を方向転換してこちらに向かってくる。
カツカツとヒール音を鳴らして俺の目の前までやって来たオフィーリアは、ムッと怒った顔をした。
「ねえオリバー。あなた最近、私のこと避けてるでしょ?」
「え」
内心、ギクッとした。
「……いや、別に」
「嘘。だって今週は一度も私に話しかけて来なかったじゃない」
「……話しかけない週だってあるだろ」
「ないわ。私たちが出会ってから十年は経つけど、こんなことは初めてよ。いつもいつも私に意地悪なことばっかり言ってきてるのに、今週は一言もないのよ? 何かあったの?」
一週間話しかけなかったことで、オフィーリアに怪しまれてしまった。
……というか俺、そんなに毎週オフィーリアに話しかけていたのか。自覚なかった。
「いや、本当に何も……」
オフィーリアには引き続き怪訝そうな目で見られて、俺はどうすればいいのか悩む。
すると、うだうだとして何も話そうとしない俺に痺れを切らして、オフィーリアが切り出した。
「……ねえオリバー。私に話したいことがあるんじゃないの?」
「え?」
「アーロから聞いたんでしょ?」
彼女の口から「アーロ」という名前が出ただけで、俺の心臓がドクンと激しく脈打った。
「ごめんね。あれはうちの伯父さんが勝手に話を進めちゃってて、私も後から知らされたのよ」
……嫌だ。聞きたくない。
本能的に、脳が彼女の言葉を拒否し始めた。
だってこれを聞いたら、俺のオフィーリアへの気持ちは捨てないといけない。
今まで何もしていない。いやむしろ、彼女に嫌われるようなことばかり言ってきた俺が何を言うんだという感じだけど、でも、こんな終わり方は嫌だ。
「…………オリバー……?」
オフィーリアは俺の顔を見て、驚き困ったような表情をしている。
そしてスッと、彼女の華奢な腕が俺の方に伸びてきて、その白く細長い指が俺の頬に優しく触れる。
突然触れられて、俺はビクッと後退りそうになるが、次の言葉は俺に更なる驚きを与えた。
「…………あなた、どうして泣いてるの?」
「………………え?」
自分で、自分が泣いていることに気づいていなかった。
オフィーリアの親指が俺の頬を伝う涙をサッと拭うと、本当に自分の目から涙が流れ出ているのだと、ハッとする。
「何これ……」
本気で、何だこれは。
「それは私が聞いてるのよオリバー。……ああでもとりあえず、ここは人通りが多いから少し離れましょうか。中庭に行きましょう」
「……」
ぼろぼろと流れる涙は止まりそうもない。
しかしここは大ホールの入口からほど近く人通りが多いため、人目を憚り移動しようと言ってくれたオフィーリアの提案に乗ることにした俺は、黙ってこくり、と頷いた。
────もうじきパーティが始まるので、さすがに中庭には誰もいなかった。
適当なベンチに二人で腰掛けて、俺はまずオフィーリアに謝罪をした。
「……ごめん。迷惑をかけて」
ズッと鼻水をすすりながらで格好なんてつかないけれど。折角こんな綺麗な格好をしたオフィーリアが、俺のせいでパーティに参加できていない状況が申し訳なさ過ぎる。
でも彼女は優しかった。
「良いのよ別に。こんな姿のあなたを放っておけないもの。……本当に、何があったの? 大丈夫?」
オフィーリアの声音は、真剣に俺のことを心配していた。
まあ当然と言えば当然だ。
今まで俺は、彼女に意地悪で嫌味なことばかり言って、泣いている姿なんて見せたこともないのだから。
「……大丈夫だ。君に心配されるほど俺は弱くないから」
ああごめん。
こんな時まで俺は、そんな言い方しかできないみたいだ。
「オリバー」
オフィーリアの声がさっきより少し低くなった。
怒らせてしまったか?
彼女の方を見ると、突然むぎゅっと両頬をつねられた。そして彼女は俺の頬を左右にぐいーっと引っ張りだした。
「まったくもう。こんな時まで意地悪言うのねこの口は!」
「……ひゃい?」
頬を引っ張られたまま声を出したら、変な返事になってしまった。
だがオフィーリアはそんなことは気にも止めずに、ぐいーぐいーっと何度も俺の頬を引っ張っては戻してを繰り返しながら話を続けてきた。
「あのねえ。あなたが弱いと思って心配するわけないでしょう? あなたが変で、いつもと違うから、心配してるのよ?」
「……?」
「あなたから意地悪言われるのなんて、何年前からだと思っているの? すでに耐性はばっちりついているし、今となってはあなたが言いたいことも分かるようになってきているわ。……さっきのはきっと、心配させてごめんとか、弱くてごめんとか、そういうことを言いたかったんでしょう? それなのにあなたときたら。あんな言い方じゃ、私以外の女の子は傷ついちゃうんだから」
オフィーリアはいったい何を言っているのか。
俺の頬を掴んでいる彼女の両手の上に俺の手を重ねて、彼女の手の動きを止める。それから、グッと眉間に皺を寄せて真剣な眼差しで彼女を見つめて、確認する。
「俺が、何を言いたいか分かっているのか? ……いつもあんなに……意地悪なことばっかり言っているのに、俺の本音はそうじゃないと?」
「そうよ。もし分かっていなかったら今頃口もきかなくなっていたかもね。まあ、最初は私も子供だったから、『不細工』なんて言われてショックで泣き出しちゃったけど……。私のこと、本当は『可愛い』って思ってくれてるんでしょ?」
こてん、と首を少し斜めに傾けながらそんなことを聞いてくるオフィーリアはずるいと思う。
その仕草は可愛すぎる。
……多分いつもの俺なら、「ふん、自分で自分が可愛いだなんてよく恥ずかしげも無く言えるな」とか返すだろう。
でも今は、いつもの意地悪ばかり言う自分ではダメだとぐっと堪えた。
「…………うん」
俺は、頭を前に倒して頷いた。
それから更に、頑張って素直な言葉を吐き出していく。
「オフィーリアは、可愛い。不細工だなんて、思ったこともない。君ほど可愛い人を、俺は他に知らない」
初めて、オフィーリアに面と向かって『可愛い』と言えた瞬間だった。
するとオフィーリアはサファイアの瞳が飛び出そうなくらい目を見開いて、それから嬉しそうに柔和な笑みを浮かべた。
「ふふ。ありがとう」
ほらまた、可愛い顔をしている。
さすがにこれ以上の直視は危険と判断して、俺はくるっと体ごと、顔の向きをオフィーリアから正面に戻して話を続けた。
「実は……ちょっと気まずかったんだ。君とアーロが婚約するかもって話を聞いて。君とももう、これまでのように話せなくなるんだなって……。でも、アーロは俺と違って君に優しくするだろうし、友人の俺から見てもあいつは良い奴だ。……まあだから反対はしないんだけど、だけどやっぱり、二人が婚約するってなると、さ」
「……オリバーは、私がアーロと婚約したら……嫌?」
嫌だよ。
ものすごく嫌だ。
でもそんなことを言って、二人の婚約に水を差したくはない。
「嫌というか……。お似合いの二人だとは思うし……」
「オリバー。本音で話して」
またすぐに心の内を見透かされてしまったようだ。
俺はグイッと袖を掴まれて、オフィーリアに懇願されながら再び質問される。
「ここには今私たちしかいないわ。あなたの本音を隠さないで。……私がもしアーロと婚約したら、オリバーはどう思うの?」
「…………嫌だよ」
オフィーリアの圧に負けて、俺はボソッと呟いた。
「アーロだけじゃない。他の誰が相手でも、君が誰かと婚約するのは嫌だ」
「……それはどうして?」
「だって俺は……」
「……」
「俺は…………君が好きだから」
ここまで来たら、もう言うしかなかった。
「アーロから婚約の話を聞いて、動揺した。動揺して、君とどう話せば良いかも分からなくなって、もし君の口から実際に婚約したなんて聞かされたら堪らなく辛いと思った。それで君を避けてたんだ。……でもさっき、君は婚約の話をしようとしただろう? そうしたら、自分でも気付かないうちに涙が出てしまったんだ。それだけ俺は、君を誰かにとられるのが嫌だったんだと思う」
「オリバー……」
何とも格好の悪い告白だった。
好きな子を取られそうになり、それが嫌で泣いただなんて男としてどうなんだ。残念すぎるだろう。
しかもさっき涙まで流してしまったから、今は顔もぐしゃぐしゃになっているだろうし。ようやく「好きだ」と言えたのに、これではオフィーリアも引いてしまうのではないか。
俺は無言で、オフィーリアからの返事を待った。
「ふふ」
…………? 今、笑った?
すごく小さな笑い声は、間違いなくオフィーリアのものだった。
「嬉しいわオリバー。ようやくあなたから『好き』と言ってもらえた」
「嬉しいのか?」
「勿論よ。いつになったら告白してくれるかなって待ってたんだから」
俺の言いたいことが分かっていると言ったオフィーリア。つまり彼女は、俺が本当は彼女が好きだということにも気付いてしまっていたらしい。
オフィーリアへの好意が周りの大半にバレていたことは知っていたけど、まさか本人にまでバレてるとは思ってもみなかった。だってオフィーリアには意地悪しか言ってないし。……そんなに分かりやすいのか、俺。
だが、いつからバレていたかはもはや関係ない。
俺がフラれるという結果は変わりないのだから。
「……まあでも、さっきも言ったけど、俺はアーロとの婚約の邪魔になるつもりはないから。今の話はここでもう綺麗さっぱり忘れてほしい。時間が経って君とアーロの婚約を祝えるようになったら、お祝いの言葉はそのときに言わせて」
今はまだ、心が苦しくておめでとうとは言えない。
でも、いつかはしっかり二人におめでとうと言いたい。
俺はそんな気持ちをオフィーリアに伝える。
するとオフィーリアは不思議そうに俺を見てきて、こう言った。
「……何か勘違いしているようだけど、私、アーロとは婚約しないわよ?」
「…………え? そうなのか?」
オフィーリアは本当に訳が分からないという表情をしているが、アーロと婚約しないなんて俺の方が訳が分からない。
「だってアーロだぞ? 何が不満なんだ?」
「はい?」
「身分は申し分ないだろうし、顔だって悪くないし、俺よりずっと優しいし。なんで断るんだ?」
「え、あなたさっき私のこと好きだって言ったわよね? それでどうしてアーロを推すわけ?」
「好きとは言ったが、君の婚約を邪魔するつもりはないとも言った」
「そこは全力で邪魔しなさいよ、ばか!」
突然オフィーリアが声を荒げてきたことに、俺はびっくりした。
しかも「ばか」って言われた。え、何が?
オフィーリア自身もすぐハッとなり、ふーっと深呼吸して落ち着いてから、話を続けてくれた。
「ごめんなさい。つい声を荒げてしまったわ。だってあなたが……。いえ、多分これは私も悪いわね」
「?」
「オリバー、私たちどうしてまだ誰とも婚約していないと思う?」
「俺たちが? そりゃ貰い手が……」
言おうとして、はたと気付いた。
いないわけがない。
俺はともかく、オフィーリアはこんなに可愛いし、伯爵家の一人娘だ。
子供の頃から、彼女への婚約申し込みはきっとあったはずだ。
でもいまだに誰とも婚約していないのは?
「貰い手ならあったわよ。私にも、あなたにも。でもそれぜーんぶ、断ってもらってたの」
「は?」
「うちの両親もラスティン家の方々も快く私のお願いを聞いてくれたわ」
「オフィーリア? 一体何言って、」
「だって嫌だったんだもの私。他の誰かと婚約することも、オリバーが他の女の子と婚約することも。私もあなたが好きだから」
……?
俺は今、夢でも見ているのだろうか?
オフィーリアが俺を好き?
初対面から「不細工」なんて言ってしまい、今も意地悪なことしか言えない残念な俺を?
「まあとにかくそういうことだから、私はあなたと婚約したいわ。アーロじゃなくあなたとよ。ね、良いでしょ?」
「……あ、ああ」
「あら? ダンスタイムが始まったようね」
良いのかなんて俺の方が聞きたいが、とりあえずこくこくと頷いて返事をしたところ、大ホールから漏れ出てきた弦楽器の耳心地良い合奏が、俺たちのいる中庭まで聞こえてきた。
そんな微かな音色を拾ったオフィーリアはスッと立ち上がり、彼女に手を引かれて俺も立ち上がる。
「踊りましょうオリバー。今日という日の思い出に」
「ああ、じゃあ大ホールに……」
「いいの? その顔で人前に行ける? 音楽は聞こえるから、ここで十分よ」
うっかり自分の顔がぐしゃぐしゃなことを忘れていた俺は大ホールに戻るかと提案しようとしてしまったが、そこはオフィーリアが気を遣って止めてくれた。
その優しさがまた心に響く。
俺たちはお互いに一礼して、中庭でダンスを踊った。
オフィーリアとは今までも何度か踊ったことはあったし、実はそのたびに緊張もしていたけれど、今日はこれまでの比にならないくらい緊張している。
楽器の音が遠くに聞こえるせいで、バクバクと波打つ心臓の音が聞こえてしまっているのではないかと思うと、余計にダンスどころではない。
「……心臓の音、すごいわね」
「……ほっといてくれ」
「……実は私も、ドキドキしてるのよ。今までも毎回、ドキドキしてたわ」
「……あっそ」
好きな子とダンスしながらどうやったら上手く話せるのか教えてほしい。
気の利いた返しなんてできず、適当に受け流してしまった。
「……あ、悪い。今のはその、」
「ふふ。良いわよ別に。あなたは今まで通りでいてちょうだい。いきなり優しくされても気持ち悪いもの」
「気持ち悪いって……」
言われ様はあれだが、今まで通りで良いというのは助かる。
多分すぐに変えるのは難しい。そもそもそんな簡単に性格を変えられるならここまで拗らせてないのだ。
拗らせつつも、オフィーリアに俺の気持ちが通じた。
俺は彼女と踊りながら、この幸せな時間を噛み締めたのだった────。
最後までお読みいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、
ぜひ下にある【☆☆☆☆☆】評価で応援をしていただけると嬉しいです。
感想もお待ちしております!
また、オフィーリア視点のお話も用意しました!
こんなタイトルです(´∀`*)
↓↓
「不細工」と言われたのでてっきり嫌われていると思っていたのに、実は私を好きなようです
シリーズでまとめましたので、よろしければぜひ。