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貧乏貴族令嬢は推しの恋を応援する  作者: MIRICO
今度は推しをお守りします!
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討伐①

 アナスタージア様は時々辛口である。


 女の子のようだったリュシアン様は、今では美しい筋肉の持ち主で、私はその後ろ姿を見ているだけでドキドキのメロメロなのだが、リュシアン様本人はご自分の顔へのコンプレックスがまだあるらしい。


(気にする必要はないって言いたいけれど、本人が気にすることを払拭するって難しいものね……)


「よだれをたらすな」

「はっ。つい。横顔見てただけです!」

「嘘をつけ!」

「大胸筋を見ておりました!!」

「……、それは言わなくていい」


 リュシアン様は頬を赤く染めて、顔をこする。顔も性格も好きですが、私はリュシアン様のお体も好きです。とか言いたい。まだ言っていない。

 鍛えられた大胸筋。胸板厚くてたくましく、引き締まったウエスト、メリハリのある体。


「素敵です!!」

「何の話だ!?」


 最後の感想だけ口から漏れてしまった。私はすぐに口を閉じて両手で覆う。リュシアン様はじとりとこちらを睨むが、何か言うのは諦めて、集まっていた皆に視線を向けた。


「本日は転移ゲートを使用し討伐を行う。今回行く場所には呪いを掛ける魔獣がいる。皆、心してかかるように」


 そう。今日は私もご一緒する、討伐の日なのだ。

 声を掛けられた時は驚いたが、呪いを掛ける魔獣がいるので、もし団員に呪いが掛けられれば解除を行う、治療班として同行することになった。


 私以外に魔術師の方が三人同行するが、私も使える者として人数に入っていた。呪いを解くのは私の得意とするところ。邪魔にならないように役に立ちたい。


 あれから購入した武器の練習も、簡単に行えるように攻撃魔法の練習もしている。医療魔法である治癒や毒の緩和はあまり得意ではないが、防御魔法はそれなりに扱えた。

 もちろん呪いを跳ね返すことは大得意である。


 今回、お城から少し離れたところにある村と村を繋ぐ森の中で、呪いを掛ける魔獣がよく現れるようになったそうだ。普段から近くに現れてはいたが、大集団で現れるのは珍しく、聖騎士団に依頼が来た。


(暗黒期のせいじゃないかって、アナスタージア様は言っていたけれど)


 アナスタージア様は剣を腰にして、男たちのいる聖騎士団に混じっていた。他にも女性はいるが、アナスタージア様は初めての遠出だ。やる気に満ちた緊張感のある瞳が美しい。

 私も頑張らねばならない。

 バングルが腕にしっかりはまっているか確認して、私は聖騎士団の後に付き転移ゲートへと移動した。


 転移ゲートのある部屋はがらんとした広間で、一段上がった台座に魔法陣が描かれていた。その四方に魔術師がいて、オレンジ色の光を魔法陣から光らせ、転移させていく。

 転移の魔法はとても難しいものだが、転移ゲートは既に魔法陣が描かれた場所に飛ばすので、魔力を通すだけで移動が可能だ。ただ、魔力は多く必要なので、四人の魔術師が必要である。


(一定の魔力があれば一人でも大丈夫なのかしら。でも、この人数を運ぶならば四人は必要ってことよね)


 転移ゲートを通り移動するのは初めてで、私は緊張しつつそこに足を乗せる。魔法陣は家にある本に載っていたので、魔法陣の形は真新しくは感じない。

 素人考えでできそうだなあと思ってはいたのだが、間違ってどこかに飛ばされてはと試したことはない。これからヴィヴィアンお師匠様に教えてもらえるだろうか。


 そんなことを考えていると、地面がなくなるような感覚と、頭のてっぺんが引っ張られるような感覚を覚えた。そして、耳への圧迫感を感じた瞬間、そこは別の空間だった。


「み、耳が……」

「私も耳にきたわ。耳が遠くなった気がしたの」

「しました。しました!」

「そこ、早く台座から退け! 次のやつらが来られない!」


 既に到着していたリュシアン様に叱られて、私は急いで台座から飛び降りる。ギーの馬鹿にした顔を無視し、人がいると後から来た者たちに踏み潰されるのか、それとも転移されたものに混じるのか、嫌なことを想像する。


 広間のような一つの空間の部屋だが、あまり広くはなく、到着した人たちから扉の外に出て行った。先ほどの部屋と形は同じで何もない部屋で、扉を潜ると風除室があり、そこから外に出られた。


「転移ゲートだけの建物なんですね」

「そうみたいね。森の中にこんな建物があるなんて、知らなかったわ」


 アナスタージア様の言う通り、建物がぽつんと建っているだけで、周囲は森だ。うっそうとした森である。帰りはどうするのかと思うが、王宮の転移ゲートにいる魔術師に連絡すれば、再び戻れるようになっているらしい。

 その連絡も転移ゲート内で行えるのだから、魔術師の力は絶大だった。


「隊列を組み、転移ゲートを中心に移動する。何かあれば発煙筒を使用しろ」


 リュシアン様の号令に、私たちは動き始めた。聖騎士団は必ず三人で動くことになっており、魔術師はその三人に追加される形で一緒に行動する。魔術師を連れていない組もいるので、彼らは魔術師に近い方向を進んだ。

 アナスタージア様などの新人も、魔術師と同じように追加されて四人で行動した。

 私はリュシアン様と一緒の隊だ。リュシアン様の勇姿に見惚れてぼうっとしないようにしなければならない。


「ぼうっとするなよ。ぼうっと」

 邪魔な男が一人、私の側で剣を抜いて構えながら歩く。


「そっちこそ、リュシアン様に見惚れて呪われないように」

「お前と一緒にするな」

「二人ともうるさいぞ。ちゃんと付いてこい!」

「はい、申し訳ありません!!」


 ギーにあっかんべーをして、私はそそくさとリュシアン様の後に付く。

 ギーも新人なのに、私と同じ組へ分けられた。リュシアン様だけで千人力なので負担にならないようだ。

 緊張した面持ちで周囲を見回すギーはどうにも落ち着きがない。初めての討伐でかなり気を張っているようだ。


 森は深く、光が入らないほど木々の高さがあった。明るい時間に行動しているのに、ランプがないと周囲が見えない。

 城から離れた場所ではあるが、城へ行く際の通り道となる森である。村と村を繋ぐ唯一の道でもあり、ここに呪いを掛ける魔獣が群をなして動くのは問題だった。


 がさり、と草木を分ける音がする前に、リュシアン様が銀色の剣を抜く。


「レティシア嬢、下がって無理をせず付いてこい」

「分かりました!」


 そう答えた途端、リュシアン様が目にも留まらぬ速さで駆けると、木々に隠れていた何かを斬り付けた。

 ぐぎゅあああ。と聞いたことのない悲鳴が轟く。傾いだのは真っ黒な体にヘラのような大きな角のある獣で、背中を斬られ傾きながらも、深鼠色の瞳をぎろりと動かした。


「リュシアン様!」

 私は咄嗟に呪い返しの魔法を飛ばす。リュシアン様の目の前で青白い光を発すると、ばちりと何かが弾けた。リュシアン様はその光を避けると、もう一度剣を振り抜き、獣の首を真っ二つにした。

 私の胴より一回りも太い獣の首が、鮮血を溢れさせてずるりと滑ると、そのまま地面に倒れ込んだ。


「防御が速いな。獣との戦闘は初めてだと聞いたが」

「呪い返しは得意です。魔獣の勉強もちゃんとしてきました!」

「さすがだな。頼りにしている」


 リュシアン様から頼りにされてしまった!

 私はるんるんうきうきである。この日のために庭で練習した甲斐があった。


「この巨体を二振り……」

 ギーが私の横で、信じられないと死体を見つめる。


 この獣は鹿のように大きな体格を持つ魔獣で、ウヌハスという名の今回の獲物だ。

 首を斬り落とすには相当な力がいる。それを軽々とやってのけるのだから、リュシアン様の強さはだてではない。


「ギー。ウヌハスの視線には気を付けろよ。遠くても呪いを飛ばしてくるからな」

「分かりました!」


 ウヌハスは睨み付けることによって、覚めない眠りにつかせる呪いを掛ける。ウヌハスの呪いは睨んだだけで飛んでくるのだが、睨み付ける際に一瞬瞼を閉じて瞳孔を開くかのように深鼠色の瞳を白色に変えた。

 そのタイミングで防御魔法を発すれば、相殺することができる。


 リュシアン様たち聖騎士団はその視線から外れるように一度避けて攻撃を行っているが、防御して消せるのならその方が安全だろう。

 私は注意深くリュシアン様に付いていき、邪魔にならないように防御を掛けた。


 それにしても、リュシアン様だけでなく聖騎士団の皆さんはさすがの動きだ。リュシアン様はさるものだが、他の方々も動きが早く、ウヌハスの突進をサッと避けては角に当たらないように首を斬り付ける。

 リュシアン様ほど深く斬ることはできないが、魔法に長けているので、空いている方の手で魔法を素早く飛ばし、後方へ吹っ飛ばした。


(皆さんすごいわ。聖騎士団が特別だと言われる理由が分かるわね。なんて素早いの)


 右手で斬り付け、左手で魔法を掛ける。その流れの速さがなんともスムーズだ。魔法でとどめを刺すことができなくとも、三人一組で動いているので、別の人が首に剣を突き刺した。

 首を狙うのは完全に殺すためだ。視線で呪いを掛けてくるので、生半可なまま放置すると生きている可能性がある。そこで呪いを掛けられてはたまらない。


 ギーは戦力になっていないか、ウヌハスが勢いよく突っ込んでくるのを避けて、魔法で衝撃を与えるくらいだ。致命傷には至らないため反撃を受けて地面に転がる。それをリュシアン様が一振りで首を斬り離した。


(リュシアン様の強さが、レベル違いなのだけれど?)


 鍛錬する姿は見ていても実戦を見るのは初めてだ。精霊の血が入っているため強さが桁違いだと耳にしたことはあるが、噂以上の強さである。


(この強さの前で、よくもひいきなど口にできるわ。リュシアン様の強さを目の当たりにしたことがないんじゃないかしら)


「魔術師! こっち手伝ってくれ!」

「はい、今参ります!」


 そうこうしていると、別の組から声が届いた。魔術師を付けていない組で、新人が呪いを掛けられてしまったようだ。

 地面に力無く倒れる男へ走り寄り、私はその男をごろりと転がし仰向けにした。

 眠っているというか、白目をむいて気を失っている。しかし、がたがたと揺れて、泡を吹き始めた。


 ウヌハスの呪いは夢を見せ、眠りから覚めなくさせると言われている。目覚められるほどの精神力があれば良いが、ない場合そのまま眠り続けるのだ。


(どんな夢を見せられているのか、分からないけれど)


 私は男の額に手を乗せて、呪い返しの呪文を唱える。入り込んだ呪いはすぐに飛ぶように白い塊となってウヌハスに飛んでいった。

 白い塊がウヌハスの頭の中に入ると一瞬動きを止めた。その隙に、攻めていた騎士の魔法でこれ幸いと的にされて吹っ飛ばされる。


「今、何をしたんだ!?」

 その攻撃をした聖騎士が私に問う。動きが止まったことが気になったのだろう。


「呪い返しをしただけです」

「呪いを消したんじゃなくて、返したのか。呪いに強いのは本当なのか。誤解していた」


 誤解していたとは、何を誤解していたのか問うても良いだろうか。聖騎士の男は申し訳なさそうに言いながら、次の獲物を探しにいく。


「う、いて……っ」

 呪いが消えたため、泡を吹いていた男が起き上がる。ぼうっとした顔をしていたが、癒しの魔法を軽く掛けてやると、思い出したように立ち上がった。


「け、獣は!?」

「まだいますよ。呪いに気を付けてください」

「ありがとう。えっと、団長の……、ストーカーの」

「レティシアです!」

「ああ、そうそう。レティシア嬢。ありがとう!」


 皆さん一体私をどういう目で見ているのか。活躍すると一驚してくれるというか、本当にできたのか、みたいな顔をしてくれる。


「いや、まじで、できるとは思ってないんだよ。先輩方は!」

「失礼な。私が特別聖騎士団に入団させていただいているのを、なんだと思われているの」


 ギーに反論して睨み付けると、軽口を叩く割に息せき切っているのが分かった。荒い呼吸を何度も繰り返しながら、顎に流れる汗を無造作に腕で拭う。


「お疲れ様ですね」

「うるさいっ。リュシアン様に下がれって言われたんだ。もう数も減ってるから……」


 どう見ても疲労が濃いので、少し休めということだろう。剣を地面に刺して体重をかけている。ウヌハスの数が思ったより多いので、ギーの体力が続かないのだ。


「しかし、本当に多いですね。数。ウヌハスはこんなに群れで動かないのに」

「暗黒期だからなんだろ。暗黒期は魔獣が群れることは多くなるって言うし」


 それにしても数が多いように思う。ウヌハスは強いものに群れる性質があるのだが、文献では暗黒期でも数頭群れるくらいと書いてあった。あちこちに何頭も姿を現すほど集まったりはしないはずだ。

 アナスタージア様や他の新人も下がれと命じられたのか、私たちの方にやってくる。怪我をした者がいる組も下がってきていた。


「アナスタージア様、ご無事ですか!」

「私は大丈夫よ。向こうに大きな魔獣が現れたみたい。邪魔になるから、新人たちはここで待機。怪我人の治療をして周囲を警戒しろとのことよ。あなたは大丈夫?」

「私は元気いっぱいです。この治療を終えたら、リュシアン様のところへ行きます」


 別の聖騎士が呪われて運ばれてきたため、呪いを祓う。返しても相手がいなければ戻ってきてしまうので、消さなければならない。私は倒れた聖騎士の額に手をかざし、ささっと呪いを消した。


「リュシアン様は、あちらね」

「気を付けるのよ。皆その魔獣の方へ行ったから」

「分かりました~!」


 聖騎士たちの戦う音と声が聞こえるため、方向は間違えない。魔法が飛び交う光も見えた。


「あれ、なにか……」

 私は急に、もやもやとする嫌な感覚を肌に感じた。肌が粟立つような、背筋に寒気がするような、嫌な感覚だ。


「怪我をした者は下がれ! 距離をあけろ! そいつに近寄りすぎるな!!」

 リュシアン様の怒鳴り声だ。そちらの方から、草木を掻き分け聖騎士たちが逃げ込んでくる。


「大丈夫ですか!?」

「魔術師がやられた。治療できるやつはいるか!?」

「向こうに皆さん集まってます!」

「あんたも下がった方がいい。化け物みたいなやつがいる!」


 聖騎士はマントを羽織った魔術師を背負っていた。自身も腕をやられたか血だらけだ。

 私はさっと癒しの呪文を掛けて聖騎士の傷を治したが、私は回復系の魔法はあまりうまくないので、軽く治せただけだろう。血が止まる程度か。


 それでも聖騎士は私に礼を言い、先ほどよりもしっかり魔術師を背負って、アナスタージア様たちがいる方向へ走っていった。

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