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貧乏貴族令嬢は推しの恋を応援する  作者: MIRICO
今度は推しをお守りします!
3/27

推しの弱点

 鋭く振り抜く銀の剣。風を切り裂くほどの速さに、汗がキラキラと舞った。


 シャツが濡れて、肩甲骨が丸見え。無駄なお肉が一切ない、引き締まった美尻がキュッとして、足の長さが際立つ。

 あの足で踏み付けられてもいい。


「そこの変態、うるさい!!」

 私の推しナンバーワン、リュシアン様は階上で眺めていた私に怒鳴りつける。


「はっ! 声に出てましたか? 心の中で思っていただけなのに!」

「出ていないとでも思っているのか! 君の心の声はいつもダダ漏れだ!!」


 私は、バッと自分の口を塞いでみたが、もう遅い! とリュシアン様に怒られてしまった。


「君は、これから魔術師になるための授業じゃなかったのか!?」

「お師匠様がお忙しいらしくて、ちょっと遅れてますー」

「だからって、覗きはやめろ!」

「聖騎士団がどんな練習をしているのか、聖騎士団に入ったばかりの私が知るべき最重要項目です。どんな動きをするのか、しっかり学んでおかねばなりません。決して覗いていたわけではないのです!」

「戯れ言はいいから、授業の部屋で待っていろ。その廊下にいるな! すぐ暗くなるぞ!!」

「はあ~い。分かりました~」


 力説して見せたが、全く納得してもらえなかった。

 リュシアン様は顔を真っ赤にしたまま、ぷりぷり怒って鍛錬に戻っていく。リュシアン様は精霊の血が入っているので、目が良いだけでなく耳も良いようだ。


 リュシアン・ヴォロディーヌ聖騎士団団長。由緒正しきお家のご子息。


 精霊の血が入っているため、ちょっぴり耳が尖っており、整った顔は少々人間離れした美しさだ。

 淡い水色のような長い銀髪を一つ結びにしており、切れ長の瞳の色はアメジストのような薄い紫色。中性的な顔をして、黙っていればお人形のようだが口は悪い。


 その口の悪さがたまらなく好きだったりするのだが、時折その口で私を変態呼ばわりしてくる。


「変態ではないのよ。つい鑑賞してしまうだけで」


 私は呟きながら仕方なく廊下を進む。本当はもうちょっとリュシアン様を眺めていたかったのだが、そろそろ魔術の授業が始まる時間だ。


 私の名前はレティシア・オーブリー。


 王宮でメイドとして働いていた、しがない貧乏貴族だ。赤に近い栗毛。丸顔なのに貧乏が祟って栄養の足りない貧相な体をしている。

 唯一自慢できると言えば、ぱっちりとした深い碧の瞳くらいだが、美麗な推しの前ではただの目である。


 そんな私が、ひょんなことから魔術師になれると言われ、高名な魔術師に弟子入りすることになった。

 その上、呪いに気付くことができる特殊能力のおかげで、リュシアン様のいる聖騎士団に補助役として入団することになったのだ。


 推しのリュシアン様の側で働けるなんて、幸運すぎる。


「遅れたわ~。ごめんなさいね。レティシアちゃん」

「大丈夫です。堪能した後です」

「なんの話??」


 待っていた部屋に入ってきたのは、魔術を教えてくれる高名な魔術師、ヴィヴィアン・カンブリーヴお師匠様だ。

 うねった黒髪をゆるく束ね、赤いリボンで結んでいる。瞳の色は黒でまつ毛が長く、真っ赤な口紅が良く似合っていた。


 衣装も赤や黒を使用したもので、パンツは黒。羽織っている上着は赤を基調としている。上着の裾は黒く長くひらひらしているのでスカートにも見えた。

 身長のあるリュシアン様より高身長で、細身ながら筋肉質。その体躯で赤と黒の衣装はとても目立つ。


 高名おねえ……、ゴホン。もとい、高名な魔術師であるヴィヴィアンお師匠様は、色っぽく品をつくって片手にしていた箱を開いた。


 長い指先は爪まで綺麗に手入れがしてあり、メイドをしていた私よりよっぽど綺麗な指である。そっちに気を取られていると、その指でおでこを弾かれた。


「いてっ」

「どこを見ているの。見るのは箱の中でしょう」

「きちゃない宝石です」

「きちゃなくはないわよ。どれも美しく高価な宝石だわ」


 厳重に鍵までついた重厚な箱の中に入っていたのはいくつかの宝石で、確かに高価なのだろうと推測する。なんと言っても、宝石の大きさが私の親指の爪くらいあった。

 だが、どれもが浅黒い濁った煙をまとっており、微かに宝石の色は見えるが煙が邪魔ではっきりとはしない。くすぶっているような煙のせいで、宝石の姿も霞んでしまう。


「呪いが掛かっていることは分かるわね」

 私はうんうん頷く。黒い煙は呪いが掛けられている証拠だ。普通の人はこれが見えないらしい。


「呪いが分かっても、それがなんなのか分からなければ意味はないわ。その呪いがどんな物なのか、見極めなければならないのよ。さあ、よく見てちょうだい。どんな風に見える?」

「もやもやです」

「それの色や形は?」

「こっちの一番はじっこのが、薄黒い、ちょっと青い煙で、この真ん中のが薄い黄色が混じった煙です」


 私は見えた情報をヴィヴィアンお師匠様に伝える。お師匠様は頷きながら、もっと細かい説明を求めた。

 目に見える色や形、感覚で呪いの種類が分かる。呪いが見えるだけでなく、感覚も必要なので、その感覚を鋭くさせる必要があった。


 呪いが分かればそれを解除する術を学ぶ。レベルに合わせて教えてくれているので、今のところは苦労なく術が行えた。


「さ、最後はレティシアちゃんの好きな呪い返しね」


 呪い返しは得意である。家にあった本を読みあさり何度か実践した。それが功を奏して犯人を見付け、ヴィヴィアンお師匠様から教授いただけるようになったのだ。


 私は覚えている呪文を唱えて、その宝石に魔法を掛ける。その宝石は私の魔法でカタカタと音を立てて浮くと、びゅん、とヴィヴィアンお師匠様にぶつかり、ぶわっと煙を出してまとわりついた。


「犯人……」

「当然でしょ。呪い返しなんて簡単にやらせられないわよ。呪い返しは難しい術なのよ。失敗したらレティシアちゃんに呪いが掛かっちゃうんだから」


 がおー。と可愛らしく襲う真似をしてくるが、身長が高いので迫力がある。私はお師匠様の胸元くらいにしか届かない身長なので、覆い被さられたら腰が折れそうだ。


「でも、これに関しては特に優秀ねえ。実践していたとは聞いていたけれど、こんなに簡単に呪いを返すなんて素晴らしいわ」

「えへへー」


 鼻を高くしたいところだが、ヴィヴィアンお師匠様は煙を手のひらで吸い込み消しながら、でも、と付け足した。


「呪いの他にも似たようなタチの悪いものがあるわ。暗黒の気は知っているわね? 負のエネルギーを言うのだけれど。例えば、怨念ってあるでしょう。人の恨みが入り込んだ暗黒の気ほど恐ろしいものはないわ」

「暗黒の気、ですか」

「魔力のある人が恨みを込めたり想いを込めたりするとね、普通に呪いを掛ける以上の威力を付加できるのよ。掛けるつもりがなくても、掛かってしまうこともあるわ」


「本では読んだことありますけれど、本当にあるんでしょうか?」

「あるわよ。魔力が中途半端にある人は気を付けないといけないの。あなたも呪い返しをする時に、恨みで必要以上の返しをしないようにしなさいよ。暗黒の気を知らず与えて、負のエネルギーの多さに、逆にあなたに返ってくるかもしれないわ。特に今は、暗黒期だからね」


 ヴィヴィアンお師匠様は部屋に飾ってある白い花を見やる。

 部屋は飾り気のないテーブルや棚があるだけの会議用の部屋で、豪華さも何もないのだが、出窓のスペースに花が飾ってあった。


 暗黒期とは、数年に一度やってくる、星回りの悪い時期のことを言う。極夜とまではいかないが、夜の長い季節に丁度あたるため不吉とされていた。

 先ほどまでほんのり明るかった空は既に夕闇になっており、ヴィヴィアンお師匠様が魔法でランプに火を付ける。


「王宮はちゃんと白いお花飾りますよね」

「綺麗よね。白いお花で悪い気を祓うのよ」

「我が家では、長く行っていません」

「やりなさいよ!」


 ばしり、と背中を叩かれる。そこまで痛くないが、ヴィヴィアンお師匠様は眉を逆立てていた。


「重要でしょうか?」

「レティシアちゃん、あなたねえ。だから家に呪いの道具が増えたんじゃないの??」

「ええーっ!?」

「ちゃんと理由があって行われているものよ。白い花はね、夢魔や邪気を祓うと言われているの。暗黒期は悪いものを呼び寄せやすいのよ。精霊の力を弱め、怨霊も増えるんだから」

「お化けはちょっと、嫌ですね」


 幽霊は見たことはないが、呪いで亡霊のようなものがまとわりつく置物は見たことがある。夜中あれと目が合うのは怖い。


「暗黒期には黒のカーテンが空に浮かぶでしょう。あのカーテンが現れる頃、リュシアンの精霊の力を弱める時でもあるわ」

「リュシアン様にも影響が出るんですか!?」


 リュシアン様の話に、私は飛び上がりそうになる。

 それもそうか。リュシアン様は精霊の血を引いているのだから、同じように力を弱めてしまうのだ。


 暗黒期の特に夜が深まる時間帯、空の暗黒より黒いカーテンのようなものが空に浮かび、ゆらゆらと揺れて見えることがある。磁場の関係で暗黒の気が深まるとかなんとか。負のエネルギーである暗黒の気が多ければ、魔獣が成長しやすくなる。暗いところを好む魔獣が活発になった。


 子供の頃、あのカーテンを見ると不幸になると父に言われたが、私は能天気なのであのカーテンを見るのが好きだった。

 父からすれば、暗黒期の間に母とエミールの双子の兄を亡くしたので、不吉さを感じているのだろう。


 それでも、うちでは白の花は飾らない。そんなものに意味がなかったからだ。

 私にとっては呪いに比べれば美しい情景で、たまにしか見られない、珍しくも不思議な光景だが。


 今年も見られるとうきうきしていたのだが、リュシアン様にも影響が出るとは考えなかった。


「精霊の力を弱めるとは知っていたんですが……」

「勉強不足ね。暗黒期は暗黒の力が強くなるのだから、光の力を持つ精霊とは相性が悪いのよ。とはいっても、あの男の強さは別だから、弱くなったってたかが知れてるけど」

「私が守らねば!」

「妄想してないで、その本全部読みなさい。魔術師になるには暗黒の力も勉強しなければならないんだからね」


 ヴィヴィアンお師匠様はピシャリと言って、私に分厚い本の束を渡してくれた。

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