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貧乏貴族令嬢は推しの恋を応援する  作者: MIRICO
今度は推しをお守りします!
24/27

屋敷

 茶髪の警備騎士、ジスラン・リシェ。

 この男の家では白い花を購入することが多く、その理由は詳しく分からなかった。妹が家に閉じこもりぎみだとは仲間の警備騎士に伝えていたようだが、病であるとは口にしていなかった。


「茶髪が白い花買いに行ってんだから、妹の心配はしてるだろうに。何で言わないかな」

「うちは男の子なんで、アカデミーに行けないからどうやっても病弱なのは分かってしまうんですけど、女性の場合、パーティとか行かない限り気付かれないじゃないですか。それにまだ表に出る年齢ではなさそうでしたし」

「気付かれない方がいいのか?」

「お嫁とかいくのに、女の子で体弱いっていうのは、貧乏貴族にとってちょっぴり問題なんですよ。子供産めるのか。とか問題がありまして……」

「ああ……」


 ギーはそれに思い至らなかったと帽子を深く被り直す。案外センチメンタルなのか、居心地悪そうに口を閉じた。


「あのくらいの年の子がベッドにずっといるのを見るのは忍びないです」


 私はそう言いながら空を見上げる。星のない空に黒のカーテンがなびいていた。ゆらゆら揺れる暗黒の気は祭りの賑わいでも消えることはない。


(家に帰ったら、エミールの暗黒の気も消して、側にいてあげよう)


 黒のカーテンは不吉だ。ドレスをひるがえす優艶な美しい様にも見えるが、病を患う者が側にいる者は気休めでもいいと白の花を飾る。


「さて、次はどうでしょうかね……」


 辿り着いた高台。壁に囲まれたお屋敷の門扉前で、私たちは足を止めた。

 手入れをしていないのか、壁の向こうから大きな木が道へと枝を垂らし、伸びた蔦が壁を覆っている。門扉は片方斜めになっており、閉まっているが蹴れば壊れそうだった。


 庭はあまり広くなく、壁を越えればすぐにお屋敷だ。正面玄関が門扉から見えるが玄関に白の花は飾られていない。

 ギーが門扉の呼び鈴を振って鳴らした。ヂリンヂリンと錆びた音が響いて少し待つと、くたびれた服を着た男が出てきた。


「何か用か?」

 一度こちらを軽く見遣って、男は面倒そうにぼそりと問う。


「お花はいかがですか。暗黒期用の白いお花です」

 私たちは荷車に被せていた布を取り白い花を見せる。玄関からでも見えるだろう。男は扉を開いたまま門扉までやってきた。


「何で今頃。今日はどこも売り切れてばかりだったんだが」

「倉庫に余ってるのが見付かりまして、あちこち訪ねて回ってるんです」

「全部買えるのか?」

「もちろんです」

「じゃあ、全部買うから。悪いけど運んでくれないか。裏門を開けるからそっちから入ってくれ」

「承知しました」


 私たちはぐるりと壁に沿って裏門へ荷車を進めた。裏口が開かれて、そこから入るように促される。

 男は五十代前半くらい。櫛も通していないようなぼさぼさの髪をし、少々前屈みに歩いている。足が悪いのかぎこちない歩き方をした。

 後ろから男を観察していると、長袖のシャツの左腕部分に破けた跡が見えた。縫い合わせてはいたが不器用な者が縫ったかのような雑な縫い方だ。


「ここに置いてくれないか。適当でいい」

 入ったのは倉庫で、いつもここに花を集めているのか、花びらが落ちていた。床は板張りでところどころ水が沁みたような跡がある。


 花の量があるので何度か往復しなければならないだろう。私たちは荷車に戻り、再び花を持って倉庫に運ぶ。

 そこに白い花を飾っているわけではないだろう。廊下の先、この屋敷の住人が使用する部屋に飾っているのか、それは分からなかった。


「その怪我、大丈夫ですか? 血が滲んでますけど」


 男は手に包帯を巻いていた。顔を見ると頬にも傷があり、かさぶたができている。枝だらけの森の中を走って枝でも擦ったみたいに、細かい傷もあった。


「ああ、花が少ないと怒られるんだ。せっかく買ってきた花で殴られるんだよ。手の甲はベルトで叩かれたんだ」

「ベルト? そんな虐待をするのか、ここの主人は」


 ギーが眉をひそめる。言い方がどうにも身分がある者に感じるのだが、男は気付かなかったか、手の甲を擦りながら深いため息をついた。


「前はそんなことする人じゃなかったんだよ。調子がいいって言うか、人の話を聞かないで勝手に解釈するような人で、その分天然で気楽な感じの人だったんだけど、このところ、沈み込んだり、いきなり大声を上げたり、おかしいんだよ。それから、白い花を買って来いって、売ってあるだけ買わせて、その量が少ないと俺に暴力振るうようになったんだ」


 男は足をさする。その足も怪我をさせられたのだろう。ズボンにも破れた跡があった。自分で縫い合わせたようだ。


「精神的な病にでもなったのか?」

「分かんねえけど、そうじゃないかなって思ってる。俺はこの家の前の主人が生きてた頃から仕えてるんだが、あんな風におかしいのは初めてなんだよ。ここ最近ずっとさ。今日もぶつぶつ言って、仕事に出て行った。あれで仕事できてるのか分かんないけどな」


 男はゆっくりと廊下へ戻ろうとする。まだまだ花はあるのでもう何往復かは必要だが、もう少し話を詳しく聞きたい。


「その手、ちゃんと治療した方が良いですよ。よろしければ手当てしましょうか。膿んでしまうと、手を切り落とすことになるかも。なにせ今は暗黒期ですから、悪い気が入っちゃうかもしれません!」

「おそろしいこと言わないでくれよ!」

「いや、分かんねえぞ。暗黒期は怪我が悪くなるらしいからな。白い花を屋敷中撒いた方がいいんじゃないか? そのための白い花だしな」


 ギーが適当なことを言った。しかし男はそれだけで怖くなったか、体を震わせると、召使いの部屋にも運んでくれと頼んできた。


「召使いの部屋が、二階なのか?」


 ギーが首を傾げる。屋敷の規模からして召使いの部屋が二階にあるのを不思議に思ったのだろう。小さなお屋敷であれば、召使いの部屋は地階や一階にあるのが普通だ。

 二階にあると言われれば、私でも疑問に思う。ちなみにうちは一階である。


「部屋が空いてるから上使えって言われたんだよ。よく仕えてくれてるからってさ。急に言われてびっくりしたけど、客間を使えって言われたら喜んで使うだろ?」

「じゃあ、今までお前が使った部屋はもう空なのか?」

「入らなくていいって、鍵が閉まってる。掃除もいらないってよ」

「それはそれは。お掃除しなくていいなら楽ですよね。ちなみにずっと掃除してないんでしょうか?」

「部屋を移ったのは一ヶ月くらい前だから、それくらいだな」

「そうですか~。ちなみに、さっきそこ通りました?」

「あ? ああ、その部屋だよ」


 男が指差した部屋は廊下から少し歩いた階段隣にあった。扉に錠がされていて、開けられないようになっている。随分と頑丈な鍵を付けたものだ。

 私たちは男の部屋に行き花を置いて手の手当てをもう一度申し出た。包帯も黄ばんでいるので、変えた方がいいだろう。私はハンカチを取り出して、男の手に巻いてやる。


「こんな綺麗なハンカチ、いいのか?」

「これくらい気にしないでください。それにしても、ご主人さんはひどいですね。こんなに腫れちゃって、少し動かしただけでも痛いのでは?」


 ベルトで叩かれたという手の甲はみみず腫れになっていた。やはり膿んでいて、私はこそっと癒しを掛けておく。


「暗黒期は悪夢を見たりしますからね。悪い気が手から入らないようにしないと。ご主人様もそのせいで白いお花が欲しくなっちゃうんですかねえ」

「そうなんだろうな。夢なのか現実なのか、分からねえって言ってたわ」


 私とギーは横目で視線を合わせた。


「眠ってるのか眠ってないのか、分からなくなるとか言うからな。悪夢を見続けて寝不足にもなるらしいぞ。暗黒期はそんなことがあるらしい」

「そこまでひどいことになるのか?」


 ギーの適当話に男は不安げな顔を向ける。思い当たることがあると、だからなのか……。と呟いた。


「死んだはずの女が、生きているって言ったり、やっぱり死んでたとか言って、部屋を壊すんだよ……。朝方、大きな物音がして何が起きたのかと思って部屋に行くと、椅子とか投げてるんだ。生きていると思ったら、やっぱり女はいないって。だから、許せねえ。許せねえ。あいつのせいだって、ぶつぶつさあ」

「よっぽど恐ろしい悪夢を見てるんだな。殺した夢とか見たんじゃないのか?」

「分からない。朝方は話にならないからな。とにかく、白い花が欲しいって言い出したのはそのせいだと思う。暗黒期に入ってずっと買わされているから。花くらいで元に戻るんなら、いくつでも買ってくるよ……」


 男は手に巻かれたハンカチを見ながら、大きく肩を落とした。






「リストにはなかったが、あの男が犯人かもしれないな。……って、おい、何する気だよ!」


 屋敷から出て屋敷を囲う壁沿いを歩いている時、私は一部柵になっているところに足を掛けた。柵の先は槍のように尖っていたが、垂れていた枝を引っ張り、バランスを取りながらなんとか敷地内に飛び移る。


「猿すぎだろ……。何か気になることあったのか?」


 ギーは文句を言いながら柵に手を掛けると、敷地内に入り込んだ。身軽にさっと動けるあたり、私と違う運動能力が微妙に腹立たしい。


「召使いの部屋が気になってしょうがないんですよ」

「普通は客間を召使いに使わせないだろうな。けど、その部屋で何をしてると思うんだ?」

「暗黒の気を感じましたから……」


 手を触れることなく感じるほどだったのだ。何かがそこにある可能性がある。それを言うと、ギーは顔を歪めた。


「部屋の中で儀式でもしてるって? 民家で鹿を殺すのじゃ飽き足らず?」

「鹿なんて部屋に入れて放置したら、さすがにあの男も気付くでしょう。だから、鹿などの動物は使っていないと思いますけど」


 私たちは召使いの部屋がある辺りの窓を覗いた。中は真っ暗で良く見えない。だが、暗黒の気がじりじりと感じられる。

 ギーは魔法で部屋の中に光を灯した。小さな光だが部屋の中が露わになる。


「————リュシアン様に、お知らせしなければ!」


 私はすぐに元の場所へ走る。ギーも慌てて荷車のある方へ走った。


「リストになかったのに、リュシアン様を妬んだ理由はなんだ!?」

「女がらみです」

「そんなんで、あんなに小動物殺してんのかよ」


 部屋の中には雄鹿を儀式に使ったように、何匹もの小動物を生贄にして儀式が行われていた。大きな動物では召使いに気付かれてしまうため、小動物を集めて雄鹿の代わりにしたのだ。


 一度暗黒の力を手に入れて魔獣のウヌハスを操りリュシアン様を狙ったが、それは失敗に終わった。雄鹿を空き家に運んだ者も捕えられたので、次は自分の屋敷で儀式を行った。


「悪夢で睡眠障害ということは、私の呪い返しが成功したことになります」

「お前の呪いって、一番幸せだった時と、一番不幸だった時を交互に見るっつう」

「私の呪いじゃありませんよ、呪い返しです」

「同じだろ。一旦上げて落とす、えげつない呪い。じゃあ、女が生きている幸せな時から、死んだ後の不幸な時を何度も見て、女が生きてるのか死んでるのか分からなくなってるっつうことか」

「夢と現実が曖昧になるようにしたので、そうなったんでしょう。想定外の夢です」


 良い夢と悪い夢を見せるだけで他意はなかった。

 夢の中で一喜一憂し続ける。そして呪いはどんどん深まり、目が覚めて夢から解き離れても幸福な時と不幸な時を思い出す。現実が幸福ならばそこまでのダメージはないだろうが、不幸であればその不幸な時を何度も思い出すのだ。


「生きてるのか死んでるのか分からなくなったら、怨霊でも近くにいると勘違いするのか?」

 そうかもしれない。男は死んだ女性が側にいると錯覚するだろうか。


「暗黒の力を得て、暗黒の気を体に残していることでしょう。その影響もあるかもしれません。怨霊を寄らせることがあるらしいですし」

「本物かもしれないってか?」

「白い花を大量に購入し続けているのは、その女性を祓いたいからじゃないでしょうか」


 その女性を、男が殺したとしたら。


「急いで城に戻るぞ!」


 私たちは荷車を捨てて、城への最短距離を走り続けた。

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