仕事
別れ話をしてきて媚薬を寄越す。おかしな話だとは思うが、ならばバルバラ令嬢はその男から一体何をもらったのだろうか。
「リュ、リュシアン様、素敵すぎますーーーーっ!!」
「拝まなくていい! 感謝祭の間は、ギーと行動を共にすること。ギー、警備騎士がレティシア嬢を狙う可能性はないと思うが、念の為気を付けてくれ」
「分かりました」
「ああ、鼻血出ます」
「いや、出すなよ。ほら、行くぞ」
本日は感謝祭。聖騎士団のみなさまはパーティに参加し、フランシス王子様に顔を覚えられてしまった私とギーは不参加である。
みなさま本日の式典のため、豪華な刺繍がされたマントを羽織っており、スカーフには美しい宝石を付けていた。
リュシアン様に至っては、一房の髪を軽く後ろで結び、シンプルながらも同じ青色の宝石が嵌められた髪留めを着け、残った髪は垂らしているのである。
「はああ、どうしましょう。どうしましょう」
「お前がどうしましょうだよ。落ち着けよ」
「素敵すぎやしませんか!? 上から下まで完璧で、色気、色気ですよ!!」
リュシアン様は照れるように頬を擦り、私に気を付けるようにと念を押すと、後ろを向いて行ってしまう。その後ろ姿を追いつつも、青色の聖騎士団の制服をまとうアナスタージア様にも釘付けになった。
「ちゃんと大人しくしているのよ。覗きにこないように」
「ああ、行きたいです。覗き……」
「ダメよ。お役目があるんでしょう?」
「ああ、ううう。うううううう」
「ほら、行くっつってんだろ」
私が言葉にならない声を出していると、ギーに首根っ子を引っ張られて引き離されてしまった。皆が聖騎士団の後ろ姿を視線で追っていく。私も追いたいが、いい加減首が痛いので仕方なくちゃんと歩くことにした。
「さて、何とも不似合いな格好ですね」
「う、るさいな。しっかり変装できてるだろ!? お前こそ……、違和感ないな」
「余計なお世話ですよ。貧乏貴族を舐めないでいただきたい」
「何で偉そうなんだ」
私たちはお互いの衣装を見合って、一通りの感想を言い合う。ギーと私はこれから行う任務のため、町民の衣装に身を包んでいた。
お互いくすんだ土色や緑色のズボンを履き、薄い茶色のチュニックを被りベルトで固定していた。見た目は貴族に見えないはずである。なのに、ギーの浮きっぷりがすごい。何がすごいのか。顔と服装が全く合っていないのだ。貴族には一般人の服が似合わないらしい。私は違和感がないと言われたのに。
「ちょっと、帽子を被ってください。違和感ありすぎてバレます。あと、顔を泥でも付けて汚してください」
「お前も被った方がいいぞ。さすがに見た感じおかしいわ。男ものの服なんて着るから」
「何かあった時に動けるようにしてないと困りますから」
スカートでは動きにくい。それに荷車を運んで進まなければならないので、ズボンの方が楽だった。
私たちは荷車を運びながら城を出る。
町も感謝祭ということで賑わっていた。暗黒期に起きた流行病が収束したのを感謝し、祭りを行うようになったと言われている。多くの人が亡くなったことにより、あちこちで白い花が飾られていた。
その白い花を脇にして、人々はお酒を飲んだり踊ったりと祭りを楽しんでいる。
至る所から肉を焼いたとても美味しそうないい匂いと、お酒の匂いが届いてきた。
「お腹の減る匂いですね……」
「パーティでいいもの食えないなら、露店で肉とか食いたいな」
「食いたいですね」
よだれが垂れそうになる。それを我慢しながら、私たちは目的地に向かう。
「リュシアン様、お前の心配すげーしてたぞ。この計画をお前が決めてから、リュシアン様の機嫌が悪かったの知らないだろ」
「そうなんですか!? それは、私が失敗するんじゃないかと思って、心配でならないってことですか!?」
「いや、ちっげえよ……」
ギーは荷車を押しながら呆れ声を出す。
警備騎士に襲われたため、リュシアン様は警備騎士団団長を呼び出し、かつてないほどの怒りを見せたらしい。アナスタージア様から聞いたため、直接確認したわけではないのだが、その後リュシアン様はことあるごとに私を気にしてくれるようになった。
金髪警備騎士ドナ・ティエリーを倒したのはブリジット様なので、私では至らなさが目につくのだろう。今回お仕事をするにあたり、一抹の不安を覚えているのは確かだ。
その不安を払拭できるよう、この仕事を終わらせたいものである。私は意気込んで鼻息荒く歩いた。
陽気な音楽や人々の笑い声を聞きながら、人気のない裏道の方へ進んでいく。目的地まで距離があるので、ギーがせっせと荷車を引いて先へ進む。私も後ろから荷車を押した。
「お前、リュシアン様の治療を行ってるんだろ。暗黒の気を消すって」
ギーはフランシス王子様のことを知っているので、リュシアン様に溜まってしまう暗黒の気について話し始めた。クソ羨ましい。俺にも力があれば……。とぶつぶつ言いながら羨ましがる。
「リュシアン様の暗黒の気を消すために、私が選ばれたのです!!」
「くっそ、まじムカつくわ!!」
煽ってみたら、ギーは目くじらを立てた。本当に悔しがっているようだ。
「リュシアン様推しになった理由は何ですか?」
「推しって言うなよ……」
何を照れているのか、荷車を引きながらこちらをちらりと見て頬を赤くする。ギーがリュシアン様推しなのは周知されているだろうに。
「俺、小さい頃、体が小さくて、アカデミーでもからかわれてたりしたんだよ」
「今でもあまり大きくありませんが」
「う、るさ! うるさいわ! そういうやつらをボコって、いや、ボコろうとしたけど、体の小ささにやられてばかりで。その時に、精霊の血を持ってるリュシアン様の噂を耳にしたんだ」
ギーは小さい体ながら戦い方を模索していた。身長の低さと筋力のなさで体格の良い者に子供のようにあしらわれてしまう。それが嫌で、アカデミーでも最強だと噂されたリュシアン様を見に行った。強さの秘密を確認するためだ。
そして演習所にいるリュシアン様を見て、世界が変わってしまった。
「分かります。この世が晴れやかになる瞬間。世界が光り輝いて見えるのです!」
「お前のストーカー体質と一緒にするな!!」
失礼な。ギーは怒って反論してくるが、リュシアン様の強さに一瞬で魅せられ、憧れを持ったのだ。次元の違う、自分にはない強さ。細身の体ながら剛腕を持ち、魔法発動の速さと動きに圧倒されたのである。
「憧れの人だ。リュシアン様のように強くなりたいし、役にも立ちたい」
「分かります。リュシアン様の役に立たなければ。推しのためにできることを!」
私が声を大にして言うと、ギーは横目で白けたような顔をしてくる。
「何です。その顔」
「リュシアン様の周りに女多いのに、めげないな、お前」
「やかましいですよ。推しを推すのに何の関係があると言うのですか。推しは推し。推しに推しがいようと推しは推し!」
「リュシアン様とアナスタージア様が恋人同士って噂は多かったけどさ。お前、気にならないわけ?」
「私は別に、アナスタージア様だったらむしろお祝いしますが」
「お前、それでいいのかよ……。女分からねえ」
「推しが推していたら推しの思うようになればと応援します。そもそも、推しが私に似合うとお思いですか!?」
「自分で言うなよ」
「推しの推しがアナスタージア様のような方なら安心してお祝いします! が、アナスタージア様は……ごにょごにょ」
ギーはそれについて知っているか、分かっているかのような顔をして、前を向いた。
「あれだけのお嬢様なのに聖騎士団に入ったんだ。結婚する気ないんだろう? ……尊敬する。女性でそこまでできるなんて」
「アナスタージア様は好きな方がいらっしゃいますが」
「そういう話をしてんじゃないから!!」
ギーは途端真っ赤になってこちらを向いた。荷車が急に止まるので私は脛をしこたま打つ。痛さにしゃがみ込んだがギーは気にせず荷車を引き始めるので、私は転びそうになる。その間ギーは照れを隠すように話を続けた。
「アナスタージア様のファン、めちゃくちゃ多いんだぞ。お前、知ってんのか。リュシアン様と同じレベルなんだからな! アナスタージア様が聖騎士団入って、聖騎士たちだって浮き立ってんだろうが。同じ仕事場で一緒にいられるって、書類仕事する俺にやっかむやつらいるくらいだぞ!」
「はあ、まあ、やっかみますね。私もやっかみます」
私は痛めた足を擦りながら後ろを付いていく。ギーは照れを隠すためか、話を続けた。
「リュシアン様が恋人ならって、諦めるやつらもいたけど、でもあれ、噂だろ? 二人一緒にいるって言っても、外で話してるの見る程度で。最初は噂を信じてたけど、二人で話してる時が、そういう感じじゃないんだよな」
「へえ。ギーがそのようなことに気付くとは。私、気付きませんでしたが」
「お前、俺を何だと。むしろ二人きりで部屋にいる方が……」
ギーは再び荷車を引くのを止めてこちらを見遣る。今度は脛を打たずひらりとかわした。私は二度も同じ手には引っ掛からない。
「何ですか?」
「……いや、いいわ。なんかムカつくから」
何が言いたいか。ギーはそう言ったまま黙りこくる。そうして、私たちはそのまま話すことなく目的地に到着したのだ。
目的地は小さなお屋敷。町の者が住むには大きく、しかし下級貴族が住むには少し小さめのお屋敷だ。
「着いたぞ。ここだ。間違いない」
門などはなく、路地に面した入口。街灯もなく真っ暗だが、玄関に白い花が飾ってある。扉の両脇に花瓶に入った白い花。そして玄関に掛けられた白い花のドライフラワー。暗黒期の悪い気を家の中に入れないように飾られていた。
ギーは扉をノックする。しばらくすると扉の向こうから女性の声が聞こえた。
「どなた?」
「花屋の者です。白い花が手に入りましたので、いかがかと思いまして」
ギーの答えに、玄関がかちりと開く。
出てきたのはふくよかな四十代くらいの女性で、人の良さそうな顔をして荷車を見遣った。
「ありがたいわ。もう売り切れたと言われていたの。ああでも、どれくらい購入できるの?」
「予約分もあるので、三束ほどなら」
「では全部くださる? 良かった。今日はお祭りだから町は明るいけれど、買えた花の数が少なかったから、心配だったのよ」
私は女性に荷車に乗せていた白い花を三束用意する。三束と言っても抱えるほどの量だ。
「こんなに購入、ありがとうございます」
「この時期はね、白い花がないと心許なくて。娘が病気なの。体の弱い子だから、暗黒期は特に神経質になってしまうのよ」
「そうでしたか……」
「お代はこれで良いかしら? 助かったから奮発するわ」
「いえ、これで十分です。あ、あの。お花多いので、お運びします!」
「まあ、ごめんなさいね。娘のところまで運んでいただいて良いかしら?」
私はギーに目配せして花束を持ったままお屋敷に入り込む。お屋敷といっても使用人などはいないのだろう。この家の女主人らしき女性しか人の気配がしない。
二階に行くと、私は女性に促されて部屋に入った。
「ベッドの横の花瓶に入れてもらっていいかしら」
ベッドに横になっていたのは、エミールより少し年上ぐらいの女の子だ。青ざめた顔をしており、浅い息を繰り返している。
何の病気かは分からないが、あまり良いようには見えなかった。
「こちらに置かせていただきますね」
部屋の中は白い花で溢れている。まるで白い花の中で眠っているかのようで、私はぎゅっと心臓が掴まれるような気がした。
「あの、お嬢様の側にもお花を一輪置いてもよろしいでしょうか。良い香りがするので、気分も良くなるかもしれません」
「そうね。枕元に置いていただける? ああ、待ってちょうだい。一輪挿しを持ってくるわ。その方がいいわよね」
女性はそのまま階下に降りて行った。私はすぐに女の子の額に手を乗せる。
熱があるか少しだけ熱い。病気は分からないが私は癒しを掛ける。癒しと言っても気休めだ。私の癒しは怪我を軽く癒す程度で、持病となれば魔法の癒しで治すことはできなかった。そもそも魔法の癒しには限度があり、万病に効くわけではない。
軽い癒しを掛け、さらに暗黒の気を探した。なければそれでいいが、そうでなければ病気を軽くできるだろう。暗黒の気は体の弱っている者を弱らせる。白い花で全て祓えていれば良いが、そうでない可能性もあった。
(ほんの少しだけ、暗黒の気が溜まっているわ)
「こちらに挿していただける?」
戻ってきた女性は白い花を一輪挿しに入れると、ベッドの柵のようになったヘッドボードに立て掛けた。溢れてしまいそうなので私は髪紐をとり、一輪挿しを木枠にくくりつける。
「ありがとう。何だかこの子の顔色が良くなった気がするわ」
私は玄関を出る。女性は先ほどよりも晴れやかな顔をして私たちを見送った。
「白い花を買っていても量はそこまでではなかったです。大量ではありましたが、荷車を使うほどの量ではなかったですし、妹さんも、体調は悪そうでした」
「あの家は違うな。病気の妹か」
「そのようですね」
私たちは荷車を移動させて先ほどの家から離れる。あの家は本当に白い花を欲している家だ。病気の娘のために白い花をよく購入しているのだ。
「茶髪は関係ないな。なら、次の家だ」
私たちは再び歩き出す。次の家は、ここから少し離れた高台にある屋敷だった。




