推しの推し
推しが推しと一緒に歩いている。最近良く見掛けるあの二人の仲は、公然となってきていた。
噂によると、アナスタージア様がお城に訪れる理由は、リュシアン様との婚約が間近だからだとか。
最近のアナスタージア様の日課は、リュシアン様の鍛錬後、リュシアン様とアナスタージア様のお父様のところへご一緒することである。
ただその後、リュシアン様は仕事に戻るので、アナスタージア様はそのまま父親の執務室で何かをしているのだろう。
巷では、リュシアン様のために聖騎士団の勉強をしているのではないかということだ。アナスタージア様のお父様は聖騎士団や騎士団をまとめる方なので、納得と言えば納得の話である。
「とてもお似合いだわ……」
心にぽっかり穴が開くような気持ちにもなるが、お二人が幸せならば私も満足である。笑い合っている二人を眺めるのも日課になりつつあったが、本日はどこか雰囲気が違った。
「あら、何だか言い合ってる? どうかしたのかしら…」
リュシアン様がアナスタージア様の父親の執務室に送ることなく、アナスタージア様から離れていく。そんな後ろ姿を見送らず、アナスタージア様が踵を返そうとした。
眉を顰めた泣きそうな顔。放ってはおけない。
「アナスタージア様、大丈夫ですか??」
声を掛けるとアナスタージア様は堪えるように唇を噛み締めていた。はっとこちらに気付き、すぐに笑顔になる。
「大丈夫よ。大した話ではないの。ちょっと、わがままを言ってしまっただけで…。恥ずかしいところを見られてしまったわね」
「だ、大丈夫ですよ! リュシアン様はお優しい方ですから。アナスタージア様がわがまま言っても、ちょっぴり驚かれただけですよ! 分かっていただけると思います!!」
「…レティシア様は、リュシアン様がお好きなのではないの?」
「大好きです! だからこそ。大好きな人には大好きな人と一緒になって欲しいですもの! 推しの幸せは私の幸せ。尊いお二人ならお幸せに!」
エミールに説くように力説してしまったが、アナスタージア様は視線を床に下ろすだけだ。悲しげな表情に私の胸もぎゅっと掴まれたような気分になる。
「想う方が別の誰かを想うのならば、それを見ているのもつらくなってしまわない…?」
「それを言ってしまっては、誰も想えなくなるのではないでしょうか?」
「そうね。そうよね…」
どなたかそんな方が思い付くのか、私のことを言っているようではなさそうだ。
もしかして、あの眼鏡の想いを知ってしまって苦しんでいるのか。
そんなこと考えないでいいのに。お二人はお似合いですよ。と言い掛けたが、アナスタージア様はふるりと顔を振って話を変えた。
「この間の呪いの件、私に呪いの箱を渡した男は捕らえられたわ。真犯人は調査中なの」
「真犯人、ですか…。では、誰かに依頼するような者がいるということですね。他にも協力者はいないんでしょうか」
「そうね。他にも怪しい者はいるかもしれない。けれど、大丈夫なのよ。すぐに捕らえられるでしょう」
「何もないのならば良いのですが。アナスタージア様が狙われたとなれば、リュシアン様もご心配でしょう…」
「ほんとに純粋に優しいのね」
「呪いなんて届いたら、誰だって心配しますよ。殊に想う相手ならばなおさら!!」
「そうだと良いのだけれど…」
よもやアナスタージア様は、リュシアン様が心配していないと思っているのだろうか。
それで少々言い合いになってしまったり? 想う相手には心配されたいのが当然である。それをわがままと言うのならば、何も言えなくなってしまうだろう。
「アナスタージア様は素敵ですし。美人で素敵ですから、アナスタージア様はそのままで大丈夫ですからね!」
「二回言ったわよ?」
「語彙力がないんです。推しの横が似合うのはアナスタージア様だけかと!!」
「…それについては、今度ゆっくり話しましょう。それより、借金の話は平気なの!?」
「今度お茶ですね。楽しみにしております! 借金については、少々、まあ、問題が…」
心配を掛けるつもりはないので口籠もったが、アナスタージア様はそれを許してくれなかった。詳しく聞きたいと詰め寄られる。
「その豪商、私も知ってるわよ!? とても悪い噂の男じゃない! あなたのお父様は、他を犠牲にすることがあると分かっていても、それでも騙されてしまうの?」
「もう、心が病んでるんです。後継者が生まれたと思ったら一人が死に、お母様が亡くなって、残った一人が二十歳まで生きられないと知り、絶望したんです」
「でも、あなたがいるじゃない」
「私は女ですし。跡取りになるには後ろ盾もありませんから」
「そういうのが、一番嫌いだわ! うちも同じなのよ。私を道具としか思っていない。わたしは、女である前に一人の人なのに!!」
アナスタージア様も思うことがあるようだ。力強い言葉に怒りが滲み出ている。
「私でよければ、言いたいこと言ってください。聞くだけならできますし、何か手伝えるかもですし!!」
「それはあなたの方でしょう!! 借金についてはベルトラン様に伺ってみたらいかが? 何か良い手を思いついてくださるかもしれないわ。あの方は何かと顔のきく方だから、助けていただけるかもしれない」
「ベルトラン様ですか。リュシアン様ではなく?」
「リュシアン様は見目はあれだけど、筋肉脳だからダメよ。猪突猛進、突っ込んだら帰ってこないわ」
「おおん…」
推しの推しが推しに対して結構な発言をしてくれる。しかし、それだけ信頼があるのだろう。親しい雰囲気を感じて、羨ましくもなった。
「あ、あのでも、今私の方でも対策を練っておりまして……。ごにょごにょ」
私は現在準備していることをアナスタージア様にお伝えする。アナスタージア様は声を弾ませて、興味深げに聞いてくれた。
良いところのお嬢様のわりに、かなりはきはきされた方で思ったより行動派のようだ。
私の境遇に腹を立ててくださるあたり、ご自身の力で立ち上がろうとされる強い方なのだろう。
(でも、巻き込んでアナスタージア様に何かあったら困るものね)
「レティシア様、お待ちのお客様がいらっしゃいました」
アナスタージア様にお話しした対策がしっかり動いたらしい。待っていた客がやってきて、私は客間に向かうことにした。
部屋の中には一人しか通していないのだが、ぶつぶつと話す声が聞こえる。はてさて、計画はうまくいっただろうか。
「お待たせしました。ガスケ様」
「レティシア!? 父親は、オーブリーはどうした!!」
人の名を呼び捨てにして怒鳴り散らす男、豪商のガスケは、ソファーから立ち上がって丸い体を震わせながらひどい形相を見せた。
「父は今出掛けてますので、わたくしが代わりに」
「こんな時にどこに行っている!! ええい、お前でもいい。これを何とかしろ!!」
「これとは何でしょうか?」
「これは、これだ!!」
ガスケは自分の背中を指差す。私は顔を傾けて、何を言っているのかと問い返した。
「これだ! お前の、父親が買った! これが、私から離れないのはなぜだっ!!」
指差した背には、髪の長い真っ黒な女性が長い舌を出して絡まっていた。黒く長い蛇なような髪はガスケの丸い肩に巻き付き、滑った黒い液体を滲み出している。
「んー、んん〜〜〜? あらあ、そういえばその蛇のような人形は、うちにあったような気がしますが。どちらで購入されたのかしら?」
「とぼけるな! これはお前の父親が購入したものだ!!」
「あら、そうでしたわね。 でも、それが何か〜?」
「おかしな術を使ったのだろう!!」
ガスケが怒鳴ると、女性の舌がちろちろと頬を舐めた。ひっ、と悲鳴を上げるガスケは体を強張らせる。
「呪いの品ですからねえ。そんな物を欲しがる人には、何かが起きてしまうかもしれませんわよね〜。うちにあった時は何も起こりませんでしたから、そちらには呪いが発動するきっかけがあったのではないのかしら?」
「何を言っている!? 私は触りもしていないんだぞ!! お前の父親が買った物だ。それがなぜ私を呪うのだ!!」
その呪いの品を、父親はガスケからは購入していないのだが。なぜ購入したことを知っているのか。突っ込みも起きない。
「前に、父が購入した品をとあるお店に売ったところ、それを再び父が購入してきたんですよ。父に詰め寄りましたら、買ったお店は別の場所で、どなたかから紹介を受けた店だと言いました。知らずに父は同じ物を二度手に入れたんです。
あの人は病んでますから、同じ物が手に入っても分からないんですよね。それを理解している者が、安く購入した品を再び父に買わせたということです」
「そ、それがどうした。私に何の関係がある!!」
「父がエミールのために購入する品は、まともな物から呪いが掛かった物まで様々なんですが、色々なところから手に入れてくるんですよ。聞けばそれは全て紹介を受けた店だと言うんです。誰に紹介を受けたかって、調べたところ皆あなたのお知り合いだったようで。さて、どうしてかしら、と思いまして」
「な、なな」
言いたいことは分かるだろうか。ガスケはわなわなと震え出した。ついでに蛇が伸びてガスケの体を舐めるように這っていく。
「ひいいいっ」
悲鳴を上げてももう遅い。随分と呪いに浸かっているようだ。店主の言う通り、精神に異常をきたすわけである。あんなものが巻き付いていれば、まともな精神ではいられない。
しかし、ガスケを案内したケリーには、この蛇女は見えていなかったはずだ。彼女には怯えも何もなかった。
(呪いを掛けられた本人にしか見えないのかしらねえ)
「呪いの品を父に買わせる意味は何かしら。そう思っていたんですけれど、もしもエミールに呪いが掛かれば、病どころか一体どうなるか分かりません。そうすれば、父は更に余計な物を買うために借金を増やすでしょう」
父親の病気を医者に診せたが精神的なもので、薬を飲むだけではどうにもならなかった。気の済むまで好きにやらせようとはなったが、害がありすぎて放置できなくなってきていた。
「そんな時に、呪いの品を集めている者がいると、小耳に挟んだんですよ。ですから、一度父が買ってきた呪いの品は、とあるお店に置いてもらうことにしたんです。店主が優しい方で、知り合いの店にも置いていただいたり?」
そうして、何者かが再び手に入れるのをずっと待っていた。
「呪い返しってご存知かしら? 私の場合、掛けた本人にお返しするのではなく、それを悪用する全ての者に返るよう、ちょっと手を加えてみたんですけれど。勿論、私以外の人にですよ。私に返ってきてしまっては困りますものね。あと、前に手に入れた者が近付けばその者に返ったり?
それがどうやら、あなたに呪いが発動したようです。まさかその品を悪用されるおつもりで? それとも前に手に入れたことがございまして??」
何かとアレンジは可能なので、色々術を掛けておいたのだが、まあ上手くいったものだ。
「ふ、ふざけるな! そ、そんな術。お前は、魔術師だったのか!?」
「違いますけれど。ところで、呪いを解きたいです? まあ作り手が呪いを解けばいいんですけれど、作り手なんてさすがに分かりませんもんねえ。それでわざわざ我が家に? それではまるで自分が呪いの品を売ったと言わんばかりですわね。そこまで頭が回らないほど焦ってらして??」
「アカデミーにも行っていない分際で、こんな術ができるわけがない。魔術師を雇ったか! 金が返せないからと言って、こんな嫌がらせをするとは!!」
「父があまりにもほいほい購入するものだから、呪いの類を買わせさらにお金を得ようとした人に言われたくありませんわね。エミールに障りを与えるような物を紹介するなどと、腐り切っているのではありません? しかも、借金のカタに私に後妻になれと??」
エミールが聞いた結婚の話は、まさかのガスケの後妻である。金で買った貴族の称号だけでは物足りなかったようだ。没落貴族の後ろ盾でもないよりはマシか。
「今までの借金を帳消しにしてくださるなら、その呪いを解いてあげてもいいですけれど?」
「ふ、ふざけるな! 借金をしたのは、お前の父親だろうが!!」
「まあ、そうですけれど。けれど買わなくていい物を買わせたのはあなたですし? ああ、そうそう、その呪いの品以外にもお返しはしているんですよ。あなたが気付かないだけで、お屋敷には飛んでいったかもしれませんから、お屋敷中探した方がいいですよ」
ガスケは震え上がった。蛇女の人形は大きさがあるのですぐに気付いたのだろう。他の品はどこかに紛れているのかもしれない。知らず呪われていても、気付いた頃には重症などということもある。
「購入した物が行方不明になっていないかしら? まあ、私にはどうでもいいことですけれど。さ、借用書はどこかしら? 購入した品々のお金も返してほしいですけれど、そこまでわがままは申しません」
「しゃ、借用書は屋敷に戻らないと。それよりも、これを先に取ってくれ!!」
「あらまあ、ではこれからお屋敷に参りましょうか」
そんな簡単に呪いを解くわけないだろうに。さっさと話を終わりにしたいと部屋を出ようとすると、ガスケはわなわなと震えて、側にあった燭台を手に取ったのだ。
「ふざけた真似を、しやがって!!」
そんな物で、私を殴れると思っているのか?
身構える瞬間、何かがガスケを大きく吹っ飛ばした。
「リュシアン様……?」
「無茶をするものだな」
いつの間に現れたのか、リュシアン様が飛ばした光の塊はガスケに直撃し、吹っ飛んで床に転がったガスケは白目を剥いた。
「身柄を拘束しろ!!」
リュシアン様の号令にわらわらとベルトランや聖騎士団が部屋に入り込み、ガスケを拘束する。その後ろからこっそりアナスタージア様が部屋を覗いてきた。
「良かった。間に合ったのね」
「アナスタージア様!? なぜ、こちらに」
「だってあなた、借金取りに呪い返して訪問を待つなんて言うんだもの。相手が逆上して何かしてきたら困るでしょう」
「推しの推しが私の心配をしてくださるなんて!!」
「あら、私だけが心配していたのではないのよ」
アナスタージア様はちらりとリュシアン様に視線を向けた。
「レティシア嬢の教えてくれた店に行って協力を願ったら、別のことも分かってな」
リュシアン様はコホンと咳払いすると、少しばかり頬を染めて言った。
ガスケが購入していた品の一つが、アナスタージア様が渡された呪いの品と一致したそうだ。そのため、呪いの品を集めるガスケの所業も浮き彫りになったらしい。
ガスケは高利貸しをしながら、陥れたい者がいる貴族に呪いの品を売り付けていたのだ。
「あの呪いはリュシアン様を狙ったの。私を犯人に仕立てるつもりだったのよ。リュシアン様は聖騎士団団長であり、王の覚えもめでたく。敵も多い方だから」
リュシアン様は若くして聖騎士団団長になられた方だ。妬まれて当然。その上アナスタージア様のお父様はその聖騎士団を指示する立場。王の側近の中でも力のある方だ。
二人を狙えば一石二鳥。権力争いから脱落すれば喜ぶ者もいる。
「レティシア嬢のおかげで解決が早まった。礼を言いたい」
「そんな、推しに助けてもらえるとは思いませんでした。これは、家宝ものでは!?」
「何でそうなる! そもそも君は、昔から人に頼らず自ら行動を起こしすぎだ」
「昔から、ですか?」
「幼い頃、君は子供たちが集まっている時に、迷い込んだ大型犬に石を当てて囮になったことがあっただろう」
それはリュシアン様が泥だらけになった私をハンカチで優しく拭いてくれた時のことだ。
子供心に犬に怯えて大泣きしていた彼らから犬を離すべく、石を投げ付けて走って逃げるつもりが、すっ転んで泥まみれになったという、恥ずかしい武勇伝である。
「覚えていただけていたんですか?」
「忘れるわけがない。本人も泣きながら泥まみれになっていたのだから」
覚えていただけていたのは嬉しいが、恥ずかしさが増した。泥だらけの前に私の顔は鼻垂れ状態であったことを思い出す。
「とにかく、危険があると分かっていたのだから、少しは頼ることを覚え…」
「推しを頼って良かったと!?」
「———オーブリー殿、あなたが招いたことだぞ!!」
リュシアン様は鮮やかに私の言葉を無視された。
部屋から出るなと閉じ込めておいた父親がいつの間にか部屋に来ている。騒ぎにさすがに様子を見にきたようだ。
「あなたの借金については社交界でも会話に上るくらいだ。少しは反省して余計な借金を作る真似はやめておくんだな」
「も、申し訳…」
「娘に謝れ!」
リュシアン様が眉を逆立てて父親に説教してくれる。父親は正座をして謝っていたが、私に謝るように言ってくださった。何てお優しい。
「大丈夫ですよ。リュシアン様」
「しかし、ここまで馬鹿な騙され方は滅多にないだろう」
リュシアン様の正直な感想に、その通りすぎて二の句も告げない父親は体を小さくすぼめた。
「ご安心ください。そろそろ医師の勧めでどこかに閉じ込めようとしてたので」
私はにっこりと笑顔を作る。父親の所業はすでに私のリミットを超えようとしていた。
「次はないって言いましたよね? お父様。エミールに何かあったらそれこそどうするんですか? エミールに購入した品々を、お父様に使用しても良かったんですよ? 売れそうにない物はまだ部屋に残っていますから、よろしければお父様ご自身にお使いください」
「わか、分かった! もうしない。もうしないから!!」
悲鳴を上げてもまた同じことを行うだろう。医師からは完全に治すには時間が掛かると言われていたのだ。仕方がないとは言え、これ以上貧乏になるのは防ぎたい。
父親の平謝りに、リュシアン様が少々気の毒そうな顔を向けた。お優しい方である。
「あー、オーブリー殿。レティシア嬢は魔術師の素質があるようだが、その技を磨かせたらどうだろうか? 珍しい力があるようだ。メイドよりずっと良い給料が出るぞ」
「呪いを見られる力と、それを凌駕する仕返し技を、学ぶことなく行えるというのは中々ないと思われます」
リュシアン様の提案にベルトランが付け加える。
あれはうちにあった魔導書に書かれたものをそのまま行っただけだ。それほど大変ではなかったのだが。
「私にそんな能力がありますでしょうか? お父様が手に入れた魔導書を参考にしただけですが」
「珍しい力の魔術師となれば、聖騎士団の補助役として使われるわよ?」
「はいっ! 勉強します! 魔術師になります! 推しの側で働きます!!」
「何でそうなる!!」
アナスタージア様の助言に手を上げて宣言したが、リュシアン様に突っ込みを受けてしまった。
「だって、それはつまり、推しをずっと見られるということですよ! リュシアン様。私は名実共に推しのお側にいられるという権利を得られるということでは!?」
「違う! いや、違わないが、言い方を考えろ!!」
なぜかリュシアン様は顔を赤くして怒られた。そんな簡単な話ではないと言われてしょぼんとする。
「大丈夫よ、レティシア様。あなたならチャンスはあるから」
「チャンスですか?」
アナスタージア様のこっそり耳打ちに、私はきょとんとする。
「私が好きな方はベルトラン様。リュシアン様の恋人じゃないわ。私も聖騎士団に関わりたいからお父様にお願いしてお役目をいただいていたの。リュシアン様も面倒な縁談を断るために私を使っただけ。騙しててごめんね。だから、頑張って」
アナスタージア様の言葉に、私の心がぱあっと光に包まれた。
「病める時も健やかなる時も、私は推しを見守ることを誓います」
「何の話だ!!」
「頑張るとこ、そこなの!?」
それぞれの突っ込みを受けながら、私は誓う。
「一生ついてきます!!」
「やめろ!!」
こうして私は、推しの下で働くという権利を得るために、魔術師になるのである。
その後、私は高名な魔術師の下で魔術を学ぶことになった。
その上呪いを見られる力は特異すぎて、魔術師にならずとも学びながら聖騎士団のお手伝いをすることに決まったのである。
推しは見ていると時折頬を赤らめるのだが、今日のお部屋は少し暖かいだろうか。
「ほんのりピンクの頬。ちょっぴり尖ったお耳もほんのりピンク。はあ、可愛い。素敵。今日もごちそうさまです」
「声に出して言うなっ!!」
「はっ、声に出ていましたか!?」
「出てたわよ」
「出ていましたよ」
アナスタージア様とベルトランに頷かれて、自分の心の声が漏れていたことに気付く。
リュシアン様は赤面しているが、まあいいか、可愛いから。
「うるさい! 口を閉じろ!!」
リュシアン様は意外に照れ屋さんで、そんなところもきゅんとする。
毎日推しに会えて嬉しさが込み上げ、心の声もダダ漏れだが、私は元気だ。
あれから父親にはお金を使わせないようにして自由にさせているが、今のところ妙な物を買う様子はない。
エミールはリュシアン様のご紹介を受けて、王宮のお医者様に診てもらえることになった。目下、体力をつけるために少しずつお部屋で歩く練習をしている。
「ねえ、レティシア様。リュシアン様ってモテるけど、余程の用がない限り女性に声を掛けたりしないのよ。勘違いされてしまうでしょう?」
「なるほど、大変ですね。モテモテな男の、贅沢なお悩みですね。さすが推しです」
「ねえ、言っている意味分かってないでしょう?」
アナスタージア様は微笑みながら眉を吊り上げた。その側でリュシアン様が、「うるさい、黙れ!」と顔を真っ赤にして大声を上げる。
「ま、これから長く一緒にいられるんだから、頑張りましょうね。お互い」
「あ、はい、頑張りましょう!!」
アナスタージア様はもう両想いだと思うのだけれど。
ベルトランは聞いているわりに重い空気をまとっているので、二人のすれ違いを合わせるには一肌脱いだ方が良いだろうか。
リュシアン様は顔が真っ赤なまま、がたりと席を立ち上がる。
「呪いが掛かった物があったらしい、確認に行くぞ」
「はい、お供します!!」
今日も推しの隣で私は幸せいっぱい。隣でぶつかりそうな、その腕に巻き付いていいだろうか。巻き付きたい。
「だから、声に出して、言うなっ!!」
そうやって、真っ赤になりながら怒鳴る声さえ、愛しいのです。