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貧乏貴族令嬢は推しの恋を応援する  作者: MIRICO
今度は推しをお守りします!
18/27

メイド仲間

 お花屋さんのお話は、とても気になる話だった。


「お花を欲しがる理由は、暗黒の気を祓うため……」

「何ぶつぶつ言ってんだよ。書類、進んでんのか?」

「はっ! 進んでます。進んでます!!」


 聖騎士団たちが鍛錬を行なっている間、私は書類仕事をせっせと行っていたが、ギーがあまり進んでいなんじゃないかと疑惑の視線を向けてくる。

 一瞬ちょっぴり休憩していただけである。そんな目で見ないでほしい。


「さっき警備騎士から連絡があったってよ。鹿の盗難」

「儀式に使った鹿ですか? 見付かったんですか!?」

「他の窃盗で捕らえられて余罪を確かめたところ、金をもらって空き家に運んだことが分かったんですよ」


 ベルトランが紙の束を両手で抱えて、話に口を挟んできた。その書類をどこに置くのか、私とギーはベルトランの一挙一動を見つめる。副団長の机に置いたのを確認して、ギーが私に向き直した。


「見知らぬやつから頼まれたらしいけど、顔は覚えてるっていうんで、似顔絵を描かせて探してるってさ」

「じゃあ、まだ犯人が分かったわけではないんですね」

「似顔絵がありますので、時間の問題だとは思います。高額の金を渡してきたようですから、貴族であるのは間違いなさそうですね」


 言いながら、ベルトランは書類を数束に分けて立ち上がる。私とギーの机にそれを持ってきたので、お互いにがっくりと肩を落とした。

 聖騎士団は書類仕事が多すぎではなかろうか。


 聖騎士団の仕事は魔獣討伐などの筋力を使うことが多いように思っていたが、その調書の確認や経理仕事も多い。それだけでなく、権力争いのどろどろした化かし合いに関わっていることが多いことに驚く。


 王様と王妃様は仲が良く、王子様もやっと生まれて、お世継ぎができたことで円満な王族生活を送っているように見えるが、実はとても危うい状況なのだそうだ。

 後継者はたった一人。次の王となるべき王子様に何かあれば、後継者問題が浮上する。

 そのため、唯一のお世継ぎとして命を狙われることが多い。


 水面下では様々な戦いが起きていると知ったのは、聖騎士団に入ってからだ。

 聖騎士団が秘密裏に貴族たちの内情を調べているのである。


(リュシアン様が時折フランシス王子様のお相手をしているのも、妙な輩がいないのか警戒していたからだとは思っていなかったわ)


 リュシアン様は若くして聖騎士団団長となっているため妬まれやすいが、フランシス王子様と懇意にしていることで、さらに妬まれることになる。そこで自身が狙われることを想定されていた。

 体の良い囮である。


 邪魔なリュシアン様を排除しようとする者たちには、リュシアン様の王族に近い立場を妬む者と、フランシス王子様を警護するリュシアン様が邪魔に思う者と二つの立場があるのだ。

 王様や王妃様、王子様に何かある場合、リュシアン様は大きな盾となることができた。精霊の血を引く、他の人々とは違う強さを持つリュシアン様は、特別な盾である。


(今回のウヌハスの事件については個人的恨みとされているけれど、大きな家の誰かから狙われてもおかしくないのよね)


 リュシアン様が王族を守るために戦うことになれば、それはこの国に反乱が起きた時だという。だがリュシアン様は千人力の力の持ち主。正面から戦おうと思う者はいない。

 そのため、王宮では侍女を使ったり、近衛騎士を使ったりと暗殺のオンパレードだそうだ。王宮内でメイドが不審死したとか、侵入者が魔法を使って暗殺を試みたとか、思った以上に危険な戦いが繰り広げられているのである。


(私程度のメイドの立場では、そこまで正確な情報って入ってきていなかったのよね。もっと誰が誰と不倫しているとか、そういうゴシップばかりで)


「あら、この方……」

「なんだ? 何か気になることでもあったのか?」


 眠気に襲われる前に顔を上げてギーがすぐに反応する。話していれば眠気も飛ぶと、私の呟きを拾った。


「いえ、元メイド仲間で、たまにお話しする方だったんですけれども」


 彼女の立場では入れない場所に立ち入り、不審な行動をしていた。呪具を仕込んだとされ、捕らえられた後、牢の中で死亡。

 呪具の説明に覚えがある。前に私が呪いを解除したものだ。


(王宮に仕込まれたものだとは聞いていたけれど、彼女が犯人だったなんて……)


「大本の犯人が見付かってないやつか。そんなのばっかりだよな。トカゲの尻尾切り」

「そうですね……」


 王族を狙う者は尻尾を出したりしない。根源となる元を断ち切らねば、暗殺者は減らない。彼女はその手先として動き、誰に指示されたのか口を割ることなく、死んでしまった。

 聖騎士団が相手にするのはこんな者ばかりなのだ。






(そんなに親しい人ではなかったけれど……)


 私はなんとなしにがっかりしたような、気力が失われたような気がして、とぼとぼと廊下を歩いていた。


 私と似たような貧乏貴族ではあったが、長い金髪を丁寧にまとめ、小さな髪飾りやブレスレットをし、お化粧もしっかり施す、綺麗な人だった。

 自分の美しさを理解し、自分をどう綺麗に見せるのか分かっている女性で、良い人を王宮で見付けるのだと意気込んでいた。


 それが、暗殺の手伝いなどと。


 ギーが言うようにトカゲの尻尾切りなのだろう。彼女は口封じとして何者かに殺されてしまったに違いない。牢の中で不審死した彼女は、呪いに掛けられていた。

 死亡した人間の呪いは他の魔術師が確認したのだろう。私はまだ死体を確認したことはない。


 もう真っ暗な窓の外を見遣って、私は大きくため息をついた。身近でそんな真似をする人がいたとは。


「あれ、レティシア?」

「まあ、アレット」


 不意に声を掛けられて私は顔をそちらに向けた。黒のメイド服を着た、元同僚だ。

 たまにメイドたちに会うが、彼女たちは私に声を掛けたりはしなかった。メイドから聖騎士団に入団した者になど、そうそう声を掛けられないのだろう。


 私もまた、うまくやった人間として妬まれる立場である。

 しかし、気にしない者もいるようだ。


「久し振りじゃない。どうよ、聖騎士団は。憧れの推しと同じ部屋で働いてるんでしょう?」

 このこの~、と私の腕を肘で突いてくる。


 少々乱暴な言葉を使う彼女だが、あっさりとした態度で誰にでも気安く、私がリュシアン様を追っ掛けているのをケラケラ笑いながらも応援してくれていた人だった。


「お久し振りですね。お元気ですか? 推しのお話をすっごくしたいですけれど、私これから魔術師の建物に行くんです。そちらの方へ行くなら話しながら歩きませんか?」

「途中までなら道一緒よ。行きましょう」


 アレットは白い花束を持って歩いていた。廊下や踊り場にある花瓶の花を替えているのだ。彼女は歩きながら、私が今どんなことをしているのか聞いてくる。


「推し推しってずっと言ってたのに、まさか同じ場所で働くことになるとはねえ。中々どころか、絶対ないわよ、そんなラッキーな話」

「本当に。私も驚いています。こんな幸せなことがあって良いのでしょうか」

「良いのよ! 良いの! めちゃくちゃ追い掛けてたものね。仕事途中で」


 仕事途中のところが強調されているが、私は笑顔でその言葉をスルーする。仕事途中でもその後しっかり仕事は行っている。怒られたことはなかった。リュシアン様には怒られたが。


「あの、バルバラ令嬢のことは、ご存知ですか?」

「ああ、悪いことして捕まったんでしょう? 結局死んじゃったって聞いたわ。先月の、いつだったっけ。なんかさあ、そんな悪いことする子じゃないじゃない? だからきっと騙されたんだろうなあって。ほら、あの子ってさ、お金に目がなかったって言うか、そういう相手を探していたでしょう? お金持ちのいい男って」

「結婚相手を探しているとは聞いてました」


 牢屋で死んでしまった彼女、バルバラ令嬢はやはり利用されたのだろうと、アレットがため息混じりで口にする。アレットもそこまで親しくはなかったようだが、バルバラ令嬢の口癖はよく聞いていたようだ。


「私は、お金持ちの男と結婚するのよって」

「よく言っていましたね」

「だから、あなたの推しにも粉掛けてたでしょう?」

「えっ!? リュシアン様にもですか!?」

「え、知らなかった!? だってこの王宮で一番の優良物件どころか、最高物件じゃない? あの子がそれを逃すはずないじゃないの」

「そ、そうだったんですか……」


 まさかの推しを推していたとは。リュシアン様は誰にでもモテモテなので、そこまで気にしてはいなかったが、同じメイド仲間が粉を掛けていたとは知らなかった。


「粉って、どんな粉掛けてたんですか?」

「べたなやつやってたわよ。わざとぶつかりに行ったり、ハンカチ渡しに行ったり、手紙挟んだり、一番すごかったのがあれよ、パーティに侵入して誘ったりよ」

「ぱ、ぱあてぃい————!?」


 申し訳ないが、貧乏貴族はパーティに参加しない。参加したいとも思わないが、衣装代やらが面倒なので参加したことがない。所詮貧乏貴族に招待状も届かないので、参加するもなにもないのだが。

 それをバルバラ令嬢は気にせず参加してリュシアン様を誘ったとなると、本気度が違った。


「すごいですね。私もやりたいですが、その度胸はありません。参加しても覗きになるかと」

「ああ、やってそ」


 やってそ。ではなく、間違いなくやると思われる。それは口にせず、バルバラ令嬢の押しの強さに私は羨ましさも感じた。下心を隠しもしない堂々とした行動。それが淑女としてどうかという話はさておき、それくらい正直に生きたいものである。


「でも、リュシアン様ですか……」


 そんな真似をする女性はきっと多いのだろう。パーティに参加したリュシアン様を目にしたら、私は卒倒してしまうかもしれない。鼻血案件だ。

 それだけの女性たちに囲まれて、リュシアン様はアナスタージア様と一緒にいたのだろうか。恋人のようなフリをしても、多くの女性がリュシアン様に釘付けだったはずだ。


「うらやましい……」

「何言ってんのよ。その推しと一緒に働いてるんでしょ? あの子はさあ、家のこともあるけど、美人だから高望みしてたのよね。だから色んな男に粉掛けて、それで、利用されちゃったんだわ。悪いことって感覚もなかったかもね。何したか知らないけど、悪いことをさあ、手伝わされて、捕まっちゃったのよ。どこでそんなやつと知り合ったのかしらね。まあ、王宮に入れば変なのに声掛けられても分かんないから」

「そうですね……。色々な方が王宮内を行き来していらっしゃいますから。顔を存じてる方であれば、何も疑いませんし」


「きっといい男に言い寄られたんだと思うわよ。それか、金持ちの男。これやったら、結婚してやるとかさあ、言われたんじゃない? 結構パーティとかに参加してたし、あの子が男探してるのは分かる人は分かるだろうし。悪いやつなんてそうやって弱い立場の人を駒みたいに使うのよ。あなたも気を付けるのよ。推しが甘いこと言ってきたって、そうほいほい付いてっちゃダメだからね」

「そ、それは、付いていってしまいますね」

「あはは。まあ、リュシアン様なら付いていくわね」

「そうでしょう。そうでしょう」

「誘われることなんてないけどね」

「あう……」

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