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貧乏貴族令嬢は推しの恋を応援する  作者: MIRICO
今度は推しをお守りします!
16/27

混乱

「昨日は大変だったわね」

「色々、ご迷惑をお掛けしました」

「私は早番だったから、その騒ぎは今朝知ったのよ」


 アナスタージア様は昨日の大騒ぎをベルトランから聞いたらしく、リュシアン様が倒れたことにひどく驚かれていた。


「リュシアン様が倒れるなんて、余程よね。あの方が体調悪くするなんて、子供の頃以来ないんじゃないかしら?」

「なんで、気付かなかったんだ……」


 後ろから届いたギーの言葉にぎくりとした。どうして気付かなかったのか。もっと精進しなければならないと常に思っていたのに、結局、何もできなかったことを悔やむしかない。


「なんで気付かなかったんだ、俺! リュシアン様の顔色、悪そうだなって、思ってたのに!!」

 そう言って、ごいんと額を机に叩きつけた。


(私のことを言っているのかと思ったわ)


 ギーも今朝その話を聞いて、絶望したような顔をしていた。同じ推しを持つ同士、気持ちは良く分かる。


「私も、顔色が悪いなって、ずっと思っていたんです。なんで気付かなかったんでしょう!!」


 私も机に額をぶつけてやりたい。やりそうになると、アナスタージア様がさっと私の額を抑えた。私がやりたいことの想像を付けるのが早い。

 机に頭ぶつけても何もならないわよ。と忠告も忘れない。


「結局、リュシアン様に何があったんだ? 暗黒の気ってそんな簡単に体に吸収されるのか? 呪われたりしたんじゃないのか? まだ捕まえていない、魔獣を操った野郎が、リュシアン様を呪ったりしたんじゃ??」


 早口でまくし立ててくるが、うるさい、とベルトランに一蹴される。立ち上がっていたギーは鼻の上に皺を寄せて大人しく席に座った。副団長の前ではさすがに静かになる。


「リュシアン様は問題ありません。暗黒の気については対応策が決まっています。王宮内に現れた動物に関しては、警備騎士の手を借りることになりました。聖騎士団はこの件では特別なことがない限り出ることはありません」

「それは、解決する目処が立っているってことでしょうか?」


 納得がいかない。そんな顔をして、ギーはベルトランに問う。

 私も納得はいかないが、死んだ動物に関してはブリジット様たち魔獣研究員に渡され、魔術師たちに調査が依頼されている。こちらは結果待ちだ。何者かが関わっているならば、知らせがくるだろう。


 他に暗黒の気を持つ動物が集まっていれば見付けるしかない。王宮の警備は警備騎士が担っている。野良犬などの動物に注視するよう伝えてあるため、こちらも何かあれば知らせが来ることになっていた。


「今のところ、聖騎士団が出る必要はありません」

「でも、警備騎士の一人が倒れたんですよね。暗黒の気に触れて体調不良じゃないかって聞いてます」

「その騎士が暗黒の気に触れて倒れたわけではないことは分かっています。前々から体調が悪かっただけのようですよ。むやみやたら見付けた動物に触れないよう徹底させています。ギーはその書類を整理してください。終わったらリストに載っている者の調査に加わっていいですから」

「分かりました!!」


 あしらいのうまいベルトランは、リュシアン様を妬む者のリストを渡し、ギーに餌を与えて書類を整理させる。三つに分けられて積まれた書類を全部見終えるまで何日掛かるか言わないあたり、さすがだ。


「レティシアさんはそろそろ時間ですから、その書類はギーに渡してください」

 横で私に目もくれず書類をさばいているギーにそっと、私の受け持っていた書類を追加しておく。気付いていないので、きっと頑張ってくれるだろう。また戻ってくるので、そのままの可能性はあるが。


「では、行ってきます」

「いってらっしゃい」


 私は挨拶をして執務室を出ていく。朝の鍛錬後の書類整理は眠くならないのだろうかと心配しつつ、いつもとは違う時間に魔術師の建物へ向かった。


 今日から、私に新しい役目が命じられた。


「ヴィヴィアンお師匠様はまたお忙しそうだし、他の魔術師様たちもきっと大変なんでしょうけれど……」

 ほう、と憂えるように言いながら、私の口端はにまにまと上がってばかりだった。


「はっ。ダメよ、レティシア。これは大事なお仕事で、とってもとっても大切なことなんだから!」

 心を引き締めて私はぱちぱちと頬を叩く。

 しっかりしなければ。これは任務である。重大な責務を果たすために、私は集中しなければならないのだ。






「ああ、来たな」

「リュシアン様! お待たせしました!!」

「いや、俺も今来たばかりだ」


 私の推し、リュシアン様は魔術師の建物でソファーのある部屋につくねんと立ち尽くしていた。

 この部屋はただの客間だが、長く使って良いということでお借りした部屋である。誰も入ってこないようにと、リュシアン様が扉に鍵を掛けた。


 二人きりだと考えるだけで、もうドキドキが止まらない。しかし、そんな浮き立っている場合ではなかった。私は気持ちを切り替えて顔を上げる。


「あの、体調はいかがですか?」

「問題ない。今日からよろしくたのむ」

「はい。お任せください!!」


(はあ、緊張するわ。どうしましょう。こんなに緊張したことあったかしら)


「レティシア嬢、こちらに座ってやるんで構わないか? 時間が掛かると聞いた」

「は、はい。私のレベルでは結構時間が掛かってしまうようで」

「問題ない。ヴィヴィからは少し休む時間が必要だと言われているから」


 リュシアン様は私をソファーに座るよう促し、自身も同じソファーに座った。隣同士で座るという、光栄すぎてもう舞い上がりそうな事態に、私は興奮して落ち着かない。


 普段側にいるといっても同じ部屋にいるだけで、ここまで接近することはない。一緒に歩いていてその腕に絡みたいと思いながらも、そうはできないので、少し離れてその腕を見ているだけだが、今回は違う。


 ここ最近、こんなことが増えて、いいのか悪いのか。いや、今回はいい!


「で、では、手をお借りして……」

「ああ。そう緊張しないでいい。いつも弟にやっているのだろう?」


 そう。エミールに毎夜行っている、暗黒の気を消す練習。それを、今日から毎日、リュシアン様に施すことになったのだ!


(ヴィヴィアンお師匠様! 私になんて嬉しい機会をくださったの!! 他の魔術師様たちも、お忙しくてありがとう!!)


 心の声は口に出さないようにし、私はそっとリュシアン様の手を取る。

 もうドキドキが止まらない。止まらなすぎる。筋張った長い指と手の甲。それを見つめながら私は両手でその手を挟み、そっと力を入れる。


 温かな体温に触れて、私の心臓は止まりそうだ。


 昨日からずっと、病的なまでに私の体はどくどく脈打ち、それが耳にまで届いてうるさいくらいだ。


(昨日から、おかしいわ、私。こんなに緊張なんてしたことないのよ)


 手を繋いでいるのではない。リュシアン様の暗黒の気を取り除くのだ。余計なことを考えずに集中しなければならない。


 私はかつてないほどの集中力を発揮した。そうでなければ、もうドキドキがうるさくて、耳の中でどくどくいって、私の集中を乱してくるのだ。


 リュシアン様は暗黒期のせいなのか、何者かのせいなのか、暗黒の気が体内に蓄積されていた。そして、昨日ヴィヴィアンお師匠様がそれを消してくれたのに、再び暗黒の気が集まっているらしく、それを毎日確認する必要が出てきたのだ。


 早朝、王様もリュシアン様が倒れたことを心配し、予定外の謁見を行った。ヴィヴィアンお師匠様も同席しており、その際に、暗黒の気が蓄積されないか毎日調べることが決定した。

 これは王様からの命令でもあり、必ず行わなければならない事案になったのである。


 昨日、ヴィヴィアンお師匠様が確認されてまだ一日経っていないのだから、暗黒の気があるようならば、毎日汚染されるように体内に摂取されていることになる。その原因を掴まなければならないが、まず私に課されたのはそれを消すことだった。


 エミールを見るのと同じく、私は暗黒の気を探った。どくどくしていた私の脈の音はいつしか消えて、遠い先から届く水音を捉えた。

 暗黒の気がぽつり、と小さな水たまりに落ちる。


 どうして、昨日行ったのにまた集まっているのか。とても少なく、雫が一滴二敵と落ちているだけだが、紛れもなく暗黒の気だった。


(リュシアン様の体から出て行って!!)


 私の声に、暗黒の気が砂のように飛んで消えていく。


「レティシア嬢、成功したのか?」

「はい……、ご気分はいかがですか?」

「急に頭がスッキリした気がする。やはりまた、暗黒の気が入り込んでいたんだな」

「そのようです……」


 ヴィヴィアンお師匠様が失敗するはずがない。そうだとしたら、昨日取り除いて今日までの間に、再び暗黒の気を取り込んでしまったのだ。


「すごい集中力だったな。特別な能力を行使できるだけある」


 言われて気付く、やはり結構な時間が経っていた。自分の中ではほんの少しの時間なのに、現実に戻ると十倍くらい進んでいる。


「お時間が掛かって、申し訳ありません」

「いや、こうして君に消してもらえて、助かるよ……」


 リュシアン様は私の手に触れたまま、ふわりと笑う。視線を逸らさずに朗らかに微笑むのを見るのは初めてのような気がする。いつもは照れているのか視線を逸らして、別の話に変えて逃げてしまうのに。

 照れてもおらず、頬を赤く染めることなく、居心地悪そうにこの場を去ろうともしない。


「あ、申し訳ありません。もう、終わりましたので」


 手を握っているままだったのを忘れて、私は急いで手を離す。なんだか私の方が赤面してしまう。いつもなら喜んでリュシアン様の手に触れているのに、なぜだか触れているのが恥ずかしくなってしまった。


「ありがとう。君がいてくれて助かる」

 どこか優しさを感じる温かな言葉が、私の頬を染めた。なんだかくすぐったいような、妙な感じがした。


「な。なにか、あったのでしょうか??」

「なにか? なにかとは、何だ?」

「いえ、えーと。何でしょう」

「何だ、それは」


 リュシアン様はぷっと吹き出す。その笑い方も、いつもとは違うような気がして、私はぽーっと見つめた。


「動物の件だが、警備騎士に依頼してある」

「はい、動物がどう入ったかは調べられたと聞いています。なぜ集まったかは分かっていないとか」

「警備騎士でも問題ないだろうという結論に至った。ウヌハスを操っていた暗黒の気とは別物だ。だから、今回の事件は別で、大きな事件にはならないと考えている」

「犯人が二人いて、協力し合っているということはないのでしょうか?」

「いや、今回は別物だ。暗黒期という時期も重なっているから、他の要因だと思われる」


 リュシアン様はいやにはっきりと断言された。何か判断されることがあったのか、事件性は薄いのだと口にする。だから警備騎士で十分だということだ。

 昨日のうちに何か分かったのだろうか。ベルトランもそのような雰囲気を出していたので、リュシアン様が狙われたわけでも、故意に動物たちが集まったわけではないのだ。


 私が納得いかない顔をしていたか、リュシアン様は、私を見て少しだけ目を眇めた。


「下水道の奥の柵が壊れていたそうだ。それを直せば野犬などは現れないだろう。鳥に関しては何とも言えないため、警備騎士に確認させている。……不満か?」

「いえ。決定されたことですから、私は従うだけです」

「不満なら不満と言っていい。そのままにして変に動かれても困るから」


 言いながら、リュシアン様は私の髪にそっと触れた。まとめていた髪の、ちょっぴりはみ出た髪を耳に掛けてくれる。


(色仕掛け!? 色仕掛けですか!!??)


 何が起きたか分からない。リュシアン様らしからぬ、偽物のような動き。リュシアン様が、私の髪に触れて耳に掛ける!?


「ウヌハスを操った者は引き続き調査を行う。そのつもりでいてくれ」


 私の頭は混乱して、爆発しそうなまま、リュシアン様の言葉を耳にしていた。

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