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貧乏貴族令嬢は推しの恋を応援する  作者: MIRICO
今度は推しをお守りします!
14/27

顔色

「くっさ、こっち、なんでこんなに臭いんだ?」


 ランプ片手に、ギーが草むらを中腰で照らしながら、鼻を摘んだ。


「下水が近いからですかね。それより、こちらって、何も手入れされていないんですね」

「下水が近いからだろ」


 同じ言葉を返されて、私は口をつぐむ。貯水槽の辺りは綺麗に草が刈ってあったが、下水方面へ歩むと生臭さを感じた。


 魔術師が集まる建物は実験などを行うため城の中でも端の方に建てられている。その周囲も外で実験を行うことがあるので、だだっ広い土地が広がっていた。

 そちらに近い場所だが、それにしても手入れがなっていない。


「魔術師が変な薬を下水に垂れ流しにするからじゃないか」

「そんなことしてるんですか?」

「魔獣の解剖も行うだろ? 下水が真っ赤になってたって、警備騎士が騒いでたの聞いたことある」

「それは、完全に流してますね……」


 ノコギリで頭部を切断すれば血液ぐらい大量に流れるだろう。その下水、どこに繋がっているのかと一抹の不安を覚える。


「町には繋がってないぞ」

「繋がっていたら、大問題ですよ」


 建物の裏手だからか荒れ放題だ。野良犬の一匹二匹、住んでいてもおかしくない。


「犬って、魔獣の死体食べたりするんでしょうか……」

「……肉片くらい、下水に流してそうだよな……」


 あまり想像したくない。

 魔術師の建物は横長で高さはない建物だが、そのあちこちから色々なものを垂れ流していたら、何かおかしなものが集まってくるのはあり得る気がする。


 魔術師の建物は高い壁面で区切られており、そこの裏手は草がぼうぼう生えている。草と低木に隠れた地面に下水が続いていた。蓋はされているが、匂いはそこから漂ってきている。


 下水は途中からトンネルに入る。そのため匂いがこもっていた。そこから下水の蓋がなくなり、水がちょろちょろと流れているのが見えた。暗いので透明な水かどうかはよく分からない。脇を歩くことができるので、暗いトンネルの中を下水に沿って進んだ。歩いていると足元が滑って転びそうになる。何がこびりついているのかは、あまり見たくない。


「うお、なんだ、これ。壁がドロドロして。犬じゃないのもいそうな雰囲気だな」

「静かにしてください。今、何か……」


 私は耳を澄ました。一瞬、唸るような鳴き声が聞こえた気がしたのだ。

 ギーは口を閉じ、足を止めた。


「下がれ、なんかいる」


 ギーが剣を取り出した。ランプを地面に置くと、左手で魔法を放つ。

 ぱっと奥の方で閃光があると、その光の中から突然小動物がこちら向かってきた。


「魔獣!?」

「いや、犬だ。下がってろ!」


 ギーの腕を噛み付かんと大口を開けた犬が飛び出してきた。ギーがそれに難なく斬り付けるが、犬はギャンと鳴きながらもステップを踏むようにもう一度勢いよく牙を剥き出して突っ込んでくる。


「なんだ、こいつっ」


 ギーは魔法を発動した。呪文を唱えることなく放たれた炎は犬を直撃し、下水の水にぼちゃりと落ちる。ぴくぴくと体を痙攣させたが、そのまま静かに息絶えた。

 ギーの魔法の閃光に驚いて向かってきたのか、ランプをかざして見る限り、小さな犬に見えた。やはり私が見た犬とは違う。


「野良犬か。意外に小さい犬だな」

「触らないでください!」


 その野良犬から、煙をまとったような黒い糸がうねうねと伸びてくる。

 暗黒の気だ。


「待て、まだいる!」

 ギーが暗闇に閃光を投げた。瞬間、何匹もの動物の瞳が光ったのが見えた。


「やばいっ。逃げろ!!」


 ギーは立ち上がると私の腕を引っ張り走り始めた。後方に炎の魔法を飛ばし、追い掛けてくる動物に火を放つ。

 足音や鳴き声が一定の物ではない。ネズミや猫、犬。他にも何かいるかもしれない。

 滑る足元でなんとかトンネルから出ると、ギーが大きな炎を飛ばした。爆発するほどの力でも、小さな動物たちが飛び出してくる。


「ちっ! どんだけいるんだよっ!」

 ギーは向かってくる動物たちを次々にぶった斬る。


 バングルから飛び出したばちばちと弾ける音と共に、ネズミが滑り込みながら体を強張らせた。私はそのまま風の魔法でネズミを壁に叩きつける。ギーは剣を使い、爪を大きく出しながら飛び込んでくる猫を斬り付けた。

 一体何匹いたのか、全て倒した時には、動物たちの死体が草むらのあちこちに転がっていた。






「レティシア嬢! 怪我はなかったのか!?」

「私は大丈夫です。ギーが少し……」


 ギーはいつの間にか足首を噛まれていたらしく、その手当てを受けていた。


「俺も大丈夫です。治療してもらいました」

 ネズミに噛まれたため病気にでもなったら大変だ。聖騎士団の治療班に癒しを施してもらい、ギーはもうなんともないとビシッと直立する。


「一体、何があったんだ……」


 私たちは先ほど起きたことをリュシアン様にお伝えした。

 動物の種類は犬、猫、ネズミだけでなく、カラスやフクロウなどの鳥までいた。それらがなぜトンネルにある下水に集まっていたかは分からないが、私たちを敵と見なしたように一斉に襲いかかってきたのだ。


「私が見た犬以外にもたくさん動物がいました。ギーが魔法で燃やしたので、トンネルの中にも死体があります。ご報告が遅れたせいで、こんな騒ぎになってしまいました」


 私は深く頭を下げる。気付いた時に伝えていれば、ギーも巻き込まれて怪我をすることはなかっただろう。

 リュシアン様は黙って私の話を聞いて、大きくため息をついた。


(がっかりされているわよね。聖騎士団に入って浮かれていると思われても仕方ないわ)


「ギー。お前は今日早番だっただろう。治療が終わったのなら帰るといい」

「えっ!? 大丈夫です!」

「いいから帰れ。明日のスケジュールが狂うだろう。後のことはこちらで行う」


 きっぱりと言われてギーも肩を落とす。挨拶をすると、とぼとぼと帰路についた。それを見送って、リュシアン様は私をまじろぎひとつせず見つめた。


「レティシア嬢、君は聖騎士団に入団しても騎士ではない」


 断言された言葉に、私は唇を噛む。怒られて当然なのだから、泣かないように歯を食い縛った。


(大丈夫よ。泣いたりしないわ。泣いてはリュシアン様に迷惑が掛かるでしょう)


「君には特別な能力はあるが、まだ入団したばかりの魔術師見習いで、魔術師ではない。自分で全てを解決できると思わないことだ」

「申し訳、ありません」


 私はぎゅっと奥歯を噛み締めた。口を開いたら、嗚咽を漏らしてしまいそうになる。口を閉じて、自分の爪で手のひらを刺すほど拳を握った。


「怒っているのではない。なまじ君はなんでもできてしまうから、人を頼ろうとしないのかもしれないが、聖騎士団は一人で全てを解決する必要はないんだ」

 リュシアン様は憂えげに私の顔をまっすぐ見つめてくださった。


「————頼むから、無理をしないでほしい。誰かに助けを求めて、気になることがあれば誰でもいいから知らせてくれ」

「————リュシアン様」

「れ、レティシア嬢!?」


 お優しい言葉に、私は目が潤むのを感じた。リュシアン様が慌てて私の名を呼ぶ。泣かすつもりはなかったと言いながら。


「今後、このようなことがないように、何か気付きましたらすぐにお知らせいたします」

「……ああ、そうしてくれ。その、あの中にいる動物に、暗黒の気を感じたということだが、それでギーとここに来たのか?」

「いえ、妙な感じのする犬を見ただけで、暗黒の気を持っているとは思いませんでした。ギーは帰宅途中でしたが、私を見掛けて声を掛けてくれました。警備騎士の方にはギーが伝えてくれましたが、すぐには動きそうになかったので、こちらでも調べようとしたところ、ギーが手伝ってくれたのです」

「それで、あのような場所に二人で……」

「私を止めても、いうことを聞かないとギーは分かっていたのだと思います。そのため、一緒に犬を探してくれました」

「ずいぶんと、打ち解けたんだな……」

「それはもう、気持ちは同じですから!」

「そ、そうか……」


 私はつい力説しそうになったが、リュシアン様はなぜか表情に暗い影を見せた。体調が悪いのだろうか。そういえばここ最近顔色が青白いように思う。


「そこの人、暗黒の気があるみたいだから、触らないように気を付けて!」


 ブリジット様の注意に、私はそちらに意識を向けた。検査をするため死体を研究室に全て運ぶのだ。動物の死体の前でヴィヴィアンお師匠様も難しい顔をして、動物におかしなところがないか確認している。


「レティシア嬢は、聖騎士団の執務室に戻っているといい。ここは他の者たちが調べる」

「分かりました……」


 私も調査に加わりたいが、これ以上足を引っ張りたくない。そう思って返事をして執務室に戻ろうとしたが、ふとリュシアン様の顔を見上げた。


「ど、どうかしたか?」

「リュシアン様、顔色、悪くありませんか?」


 暗黒期で辺りが暗いせいなのかもしれないが、やはりいつもよりずっと青白い気がする。ランプでほのかに顔色が見えるだけだが、ランプの橙の温かな色が照らされていながら、土気色に近い青白さだ。


「体調が、悪いのでは?」

「そんなことはないが」

「リュシアン、ちょっと来てちょうだい」

「ああ、今行く。レティシア嬢、また後で」


 ヴィヴィアンお師匠様に呼ばれてリュシアン様が踵を返そうとした時、くらりと頭が揺れた。


「リュシアン様!?」

「あ、だいじょうぶだ。少し、めまいが……」


 突然座り込んだリュシアン様が頭を抑えたのを見て、私はその肩に触れようとした。

 しかし、全身が凍るようなぞっとする気配を感じて、その手を止めた瞬間、リュシアン様の体は糸を失ったあやつり人形のように、ぐにゃりと傾ぐと地面に倒れ込んだ。


「リュシアン様!!」

「リュシアン!?」


 私たちの呼び掛けに答えることなく、リュシアン様は倒れたまま、身動き一つしなかった。

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