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貧乏貴族令嬢は推しの恋を応援する  作者: MIRICO
推しの恋を応援します!
1/27

推し

「はー。いつも通り素敵。言うなれば芸術。絵画」


 リュシアン・ヴォロディーヌ聖騎士団団長の背を追うようにして眺めているのは、私、レティシア・オーブリー。


 聖騎士団とは騎士団でも特別な力を持つ者たちの集まりで、その団長であるリュシアン様は王族からも一目置かれた、由緒正しきお家の御子息である。


 リュシアン様はいつもこの時間に部下たちと鍛錬されていた。

 昼下がりに窓から見える汗を流す姿。服の上からも分かる筋肉。引き締まったお尻形素敵最高。手足長い。首から上は言うことない。


 薄い水色のような長い銀髪を後ろに束ねており、精霊の血が入っているので耳がちょっぴり尖っているのが可愛らしい。細い眉と切れ長の目。色は薄い紫で、中性的な顔だが少しだけ口が悪い。


「そんなところも、す、て、き」


 ほう…、とため息を吐きながら廊下を歩くが、視線はリュシアン様に釘付けである。一番良く見られる場所はここだけだ。瞼の裏に焼き付けておかなければならない。


 好きになったきっかけは、身分を鼻に掛けない誠実さ。

 子供の頃パーティで子供たちが集まった時に、犬に追いかけられすっ転び泥だらけになったのだが、ハンカチが汚れるのも気にせず拭いてくれた。


 普段は団員たちに厳しく指導しているが、とても優しい方である。


 私は貧乏が祟ったパサパサの赤に近い栗色の髪で、丸顔のくせに貧相な体。唯一自慢できるのはぱっちりとした深い碧の瞳ぐらいだろうか。

 元々大した家ではなかったが、ここ最近でそれが顕著になり、私も一生懸命働かなければならない立場になった。


 リュシアン様の相手になどなろうとも思わない。なろうと思ってもなれないが。だから見るだけでいい。推しの隣に自分がいるなどおこがましい。背景ですら許されないだろう。


 純粋に好き。拝んでおく。


「そこの変態。サボっていないで、ちゃんと仕事をしろ!」

 階下から聞き慣れた声が届いて、私は声の主を確かめる。


「廊下を歩いているところですー」

「嘘をつけ! 足を止めて眺めていただろうが!! 嫌な視線を感じたぞ!! よだれを拭け!!」

「おっと、いけないわ」


 さすがに精霊の血が入っていると、目が人よりずっと良い。階上にいた私のよだれに気付くとは。

 よだれを拭う私にリュシアン様は、いいからさっさと廊下を進め! と言って鍛錬に戻っていく。


「お水を飲みにいらしたのね。だから気付かれてしまったんだわ」


 しかし、声を掛けていただけた。よだれを垂らしているのは見られてしまったが、まあ良い。


 そう。私は既にリュシアン様に認定されているのである。しつこく見つめる変態ストーカーとして!

 ただ眺めているだけなのに変態ストーカーもひどいが、名も覚えられているので気にしない。


 推しを毎日眺められて幸せ。今日もとっても良い日である。あとは家に帰ってうちの天使に会うのが私の日課だ。





「ただいま、エミール。起きてた?」

「お姉さま。お帰りなさいませ」


 青白い顔でベッドに眠っていたのはうちの天使、弟のエミールだ。私と違い整った顔で、髪の色は母親と同じ太陽のような金色。似ているのは瞳だけである。


 生まれた時から体が弱く、二十歳まで生きられないと診断された。

 双子だったもう一人の弟は生まれてすぐに死に、二人を産んだ母も産後の肥立ちが悪くそのまま亡くなってしまった。

 辛うじて生き残ったエミールは、人生のほとんどをベッドの上で過ごしている。


 父親はエミールの病気のために医師に診せるだけでなく、怪しげな魔術師やまじない師にまで依頼し、詐欺だろうが何だろうが病に効くと言うものを集めるだけ集め、あっという間にお金を費やした。

 何と言っても、元々騙されやすい人だったのが尾を引いた。事業の運用も下手で、貧乏になるべくしてなったと言えるだろう。


 そのせいで、今では怪しげな物入れ部屋ができあがっている。


「レティシア様、お帰りなさいませ。少し、よろしいですか?」

 エミールの面倒を見ているメイドのケリーがこそこそと私を呼んだ。ケリーが私をこう呼ぶ時は決まって問題がある時である。


「また、お父様が新しいのを増やしたの?」

「また高価な品を購入されたみたいです。見た限り怪しさ満載です。レティシア様が注意されたにも関わらず、あんなものを…」


 父親にはもうこれ以上怪しげなものは増やすなと注意はしているのだが、中々それを止めようとしない。前に比べて減ってはいたが、エミールの体調の悪さを見るたびに、どうしても何かを買わなければならない欲求に駆られるようだ。


「これね、新しい怪しい物は」


 蛇が絡まったような髪をした真っ黒な女性の人形が、部屋の中である意味異彩を放っている。こんなものが病気に効くとよく思えるものだ。

 最初の頃は病に効果のある物を購入してきたのだが、最近はさっぱりで、病に効かない程度なら良いが、時折呪いが掛けられている品を手に入れることがあった。


「うーん。これは家に置いときたくないわね。仕事の後、お店で引き取ってもらってくるわ。それまで触らないようにして」


 あのお店は明日やっているはずだ。仕事が終わったらお店に行こう。私は大きくため息を吐いてその部屋を後にした。





「これなんですけれど」

 布に包まれたお人形をカウンターに出すと、店主は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「また、面白いものを手にしましたね。うーん、少し調べるんでちょっと待っててください」

 曰く付きなものを集めるのが趣味の店主が営むこの店には、父親が購入したものが高く売れるのでちょくちょく訪れていた。今では店主と親しい仲である。


 店主は魔法陣に品を乗せて、どんな効果があるのか調べた。


「見た感じ、呪われていると思うんですけど」

「そうですね。呪われてますねえ。長く持っていると精神に影響が出るかな」

「また引き取っていただけますか? 何かあればお支払いします」

「気にしないでください。置いておくくらい問題ないですから」


 呪いの品は売ることもできるが、売らずに譲って、この店に置いておいてもらっている。

 私には考えていることがあって、店主もそれに協力してくれていた。


「見ただけで呪いが掛かっていると分かる人も珍しいですよね。レティシア様は魔術師の素質があると思うけれど。呪いを感知できる珍しい力ですよ。アカデミーに入っていたらレティシア様は魔術師になれたかもしれません」

「魔術師ですか? 勉強は家でもできますけれど、アカデミーはお金が掛かりますからね。残念だけれど、現実的ではないわ」

「もったいない。最近魔術師も少ないらしいですよ。平凡なレベルの者しか出てこないらしいです。頭打ちですねえ」


 どこからそんな情報を得てくるやら。店主は年齢の分かりにくい顔をしているが三十歳にも満たないだろう。黒髪黒目。けれど仕草などから平民には見えないので、私と同じ貧乏貴族の次男や三男なのかもしれない。


「レティシア様は、面白いことやるじゃないですか」


 そう言われて含み笑いをしておく。アカデミーに行かなくても家にある本で学ぶことは可能なので、見様見真似で店主の言う面白いことは私にもできた。


「それではこれ、お願いしますね。無理言って申し訳ありませんが」

「構いませんよ。レティシア様は大事なお客様ですから。またいらしてくださいね」


 呪いの品を店に置いておくことをお願いし、店主に礼を言って私は店を出た。あの店は夕方からしか開いていないので、もう空は暗闇に包まれている。





「ただいま帰りました。お父様は?」

「今、お客様がいらっしゃって」

「こんな時間に?」


 家に戻ると外に馬車が停まっていた。紋章のある馬車ではないが、お客様の想像はつく。

 丁度帰ろうとするお客様の姿をチラリと見ると、案の定お客様の顔は知った顔だった。


「では、良いお返事をお待ちしております」

 父親に送られて出ていく男は、貴族の称号をお金で買った豪商だ。あの豪商にお金を借り、エミールのためと言って怪しい品を購入しているのだが。


(お金を返せと言ってきたのかしらね…)


「お父様、顔色が悪いようですけれど」

「ああ、レティシア。大したことじゃないんだ」


 お客様を見送っていた父親の顔色はひどく青ざめていた。何もないとは思えない。


「お父様、購入された物の中に怪しいものがありました。こちらで処分しましたが、次に何か買うときは必ず私に相談してください。前もお伝えしましたけれど」

「すまない。気を付けるよ」


 謝りつつも、人の顔を見てそそくさと退散する。あれは碌なことをしていない逃げ方である。


(やっぱり催促かしらねえ…。次はお父様の家財道具でも売っ払ってこようかしら)


 そろそろ穏やかではいられない雰囲気を感じて、ため息を吐きそうになる。今まで何度も注意をしてきたが、父親は私の言うことを聞こうとしなかった。


 エミールがあの父親のせいで、生きている自分が悪いと思うことがやるせない。


「店主にお願いしてきて良かったかもしれないわね…」

 私はボソリと呟いて、かぶりを振った。


 家のストレスは城には持っていかない。明日もリュシアン様のお姿を探しましょう。と心に決めて、楽しい明日を待つことにした。





「あ、リュシアン様。ラッキーだわ。こんなところでお見掛けするなんて」


 珍しく別の場所でリュシアン様の後ろ姿を目に捉える。間違えるはずのない淡い水色の銀髪だ。

 しかしお一人ではなく、一緒に歩いている女性がいる。有名な貴族のご令嬢だ。


 お名前はアナスタージア様。お父様が王の側近で、私とは天と地の差もある本物のお金持ちのお嬢様だ。

 リュシアン様と親しげに話し、お互い笑顔を見せている。とても良い雰囲気に、周囲は好奇の視線を向けていた。


(リュシアン様と親しそう。アナスタージア様はお城に何の用かしら。私みたいにメイドとして働いてるわけじゃないだろうし)


「視線を感じたと思ったら、またレティシア嬢か。どこから追い掛けてきたんだ」

 後ろから眺めていたら、リュシアン様が私に気付き、くるりと体をこちらに向けてくれた。


「偶然です。いつも偶然眺めています」

「信用ならん!」


 いつもどこに出没するのかしっかり確認しているので、反論はできない。口を閉じて笑顔を向けていると、アナスタージア様がそろりとスカートを摘んで頭を下げた。


「それではリュシアン様、わたくしはこれで」

 美しい動作に周囲から、ほうっと吐息が聞こえる。


 柔らかな長い金髪。宝石のような青の瞳。少し気が強そうだがリュシアン様の隣にいても引けを取らない美しさを持っている。


「親しいのですか?」

「……そうだと言ったら?」

「——————お似合いです!!」


 お似合いなんてどころではない。むしろ他に似合う人などいないだろう。自分が隣にいたら違和感しかないが、アナスタージア様ならばしっくりくる。


「かん、ぺき、です!!」

「そ、そうくるのか…?」


 リュシアン様はなぜか呆気にとられていたが、軽く咳払いをして私に仕事に戻るように言った。そうして、遠く離れたアナスタージア様の後ろ姿を目で追うのだ。

 その姿をさらに私が目で追っていたが、リュシアン様に気付かれて、手で追い払われる。


(見るくらい、許していただければいいのに)


 私ではリュシアン様に釣り合わない。本当に全く、これっぽっちも釣り合わない。けれどアナスタージア様ならば納得のお相手だった。


「大丈夫。分かっているわ……」

 口にすることで心を飲み込む。


 そろそろご婚約ではとの噂もあったのだし、今さらショックなど受けたりしない。むしろまだ婚約されていないのが不思議なくらいだ。

 お相手がアナスタージア様だという話も、既に耳にしていたのだから。





 それからアナスタージア様を見掛けることが増えていた。リュシアン様に並ぶ美人を私が見逃すはずはなく、佇んだ姿を拝見してつい眺めてしまう。

 誰かを待たれているのかと思ったが、見知らぬ男が近付き小さな箱を渡して戻っていった。


「アナスタージア様、突然声を掛けたことをお詫びします。今、少しよろしいでしょうか?」

「あら、レティシア様? 勿論よ。何かあって?」


 私は遠慮もせずに声を掛けたのだが、アナスタージア様は私を知っているのか、名を呼んで微笑んでくれた。女子もどきどきの微笑に心臓が高鳴るが、今はそれを話している場合ではない。


「先ほどの男性が手渡された物、何かの贈り物でしょうか? アナスタージア様は、あの男性がどなたかご存知ですか?」

「お父様の部下だった人よ。これをリュシアン様に渡して欲しいと言われたの。これからリュシアン様にお会いする予定だから…。あ、リュシアン様。こちらをお忘れになったとか」


 丁度良く推しのリュシアン様が通られる。素敵な偶然に歓喜したいが、それより先に手が動いてしまった。

 ばしり! アナスタージア様の持つ箱をはたくと、落ちた小箱から黒い煙がぶわっと吹き出した。


「何の真似だ!?」


 普段リュシアン様の脇に控えている黒髪眼鏡の男性が、私を一瞬で取り押さえる。肩がぎりりと鳴った気がしたが、小箱の中身に触れられてはいけない。


「それに触らないでください! 呪いが掛けられています!!」

「待て、ベルトラン! レティシア嬢、確かか!?」

「間違いありません。魔術師を呼んでください!」


 黒い煙は消えたためもう呪いの影響はないかもしれないが、まだ触れない方がいい。

 今の男はリュシアン様を狙ったのか、アナスタージア様を狙ったのか。




「呪いでした。中に入っていたのは高価なネックレスでしたが、宝石に呪いが掛かっていたようです。知らず手にしただけで、命に関わる可能性があったと」


 眼鏡の男、ベルトランが報告すると、アナスタージア様が青ざめた顔をした。何も知らず受け取ってしまったことに怯えているのだろう。


 震えるアナスタージア様にリュシアン様が寄り添う…ことはせず、眉間に皺を寄せた。

 私に気にせずアナスタージア様を慰めて差し上げていただいて構わないのだが、リュシアン様は紫の瞳をこちらに向けた。アメジストのような美しい瞳にこちらが寄り添いたくなる。


「知らせてくれたことに礼を言う。だが、なぜ呪いだと分かったのだ?」


 至極当然な問いに苦笑いしかできない。私は家庭の事情を掻い摘んで話し、呪いに敏感になっていることを告白する。


 先程の黒い煙は彼らには見えなかったのだろう。箱が開けられなくてもあの黒い煙が箱から溢れようとしていた。箱自体が黒いモヤのようなものに包まれていたので気付いたのだ。


「弟の病気を治すためと集められたあらゆる品がありますので、特定の効果がありますと気付くようになりました」

「特異能力ですね…」


 感心したと言うより、可哀想な子でも見る目つきで言ってくれるベルトランは、眼鏡の縁を上げるとアナスタージア様に憐憫の視線を向ける。


(あら、その視線は何かしら。アナスタージア様は気付いていないようだけれど?)


 視線には含みがあるように思えるのだが。ここで同志を見付けてしまったかもしない。私の肩が痛いことは不問に付そう。などと偉そうなことを考える。


「ところで、アナスタージア様に小箱を渡した男は?」

 質問が悪かっただろうか。部屋に妙な空気が流れたので、彼らには心当たりがあるようだ。


「この話はここだけにしていただきたい。君は仕事があるだろう。もう戻るといい」

「承知しました。ここで失礼いたします」


 首を突っ込んで邪魔をしたくはない。素直に頷くとリュシアン様は少しばかり意外そうな顔をしてきた。私が推しの足を引っ張る真似などするわけないのだが。


「あ、でも、呪い関係に詳しい方がいますから、紹介しましょうか?」

「それも家の都合で知ったのか?」

「ええ、まあ。不必要なものはさっさと売っ払っておくに越したことはないので」


 リュシアン様は呆れ顔を見せてきたが、念の為と店の名と場所を教えておいた。役に立てれば嬉しい限りである。



「待って、レティシア様。あの、お礼をさせてちょうだい。あなたのおかげで助かりました」

 部屋を出るとアナスタージア様が追い掛けてきてくれた。先程の顔色の悪さは消えていたので安堵する。


「お気になさらないでください。何もなくて良かったです」

「では、今度お茶をいかが? お話がしたいわ」


 アナスタージア様のお誘いに首を左右に振るなどあるだろうか。私が二つ返事で了承すると、アナスタージア様はふわりと優しい笑顔を向けてくれた。





(さすが推しの推し。素敵だわ!)


 推しの推しとお茶の約束をしてしまった。推しの推しとお茶なんて、嬉しくて舞い上がりそうになる。


(これを機会にお友達になれたりするかしら。リュシアン様のどこが良いのか語り合えたらいいのに)


「お姉さま。お嫁に行ってしまうのですか?」

 ご機嫌で家に帰った私に、エミールが泣きそうな顔をして問うてきた。


「…何の話かしら?」

「メイドが話していたんです。お姉さまが、お嫁に行かれるのではないかと。僕のせいで…」


 扉の前でケリーが顔をふるふる横に振っている。ケリーは知らないようだが、誰かがエミールの聞こえる場所でそんな噂をしたようだ。


「私はお嫁になんて行きませんよ。エミール。お姉様はお城で推しに会って幸せに浸りたいのに、どうしてお嫁になんて行きましょうか。推しが推しの推しと一緒で、お姉様は胸がいっぱいなのよ。それが眺められない生活なんて考えられないでしょう!?」


 力説すると、ケリーがめいいっぱい首を左右に振っていた。ぽかんとしているエミールには難しい話だっただろうか。もっとこの熱を詳しく話したいが長くなるので割愛する。


「とにかく、エミール。私はお嫁になんて行きませんし、エミールを置いてどこかに行ったりもしません」

「それならばいいのです…」


 良いという顔色ではないのだが。エミールはしょんぼりとしてベッドにもぐった。

 まったくどこのお馬鹿さんたちがそんな噂をしたのか。その噂の発生源を潰さなければならない。



「お父様、借金の返済に婚姻のお約束でも?」

「し、していない!! 誰から聞いた!!??」


 書斎にいた父親は、恐れおののくように立ち上がった。


(その驚きよう。間違いなく噂の元はここね)


「そんな話はあるんですね?」

「いや、お金は必ず返すと伝えてある!」


 返せないからそんな話になっているのではないか。呆れて物が言えない。娘に言えずまたどこからかお金を借りて補填しようと思っているのではないだろうか。

 じろりと睨むと引き攣るような顔をしてくる。あれは算段止まりだろうか。


「お父様、その件は私がなんとかしますので、今後一切くだらないものを購入しないと誓ってください。それから、再び借金をするようでしたら、お父様には引退していただきますからね」


 ほとんど脅しの笑顔を向けると、父親はこくこくと頷く。あの頷きがどこまで続くかだが、いい加減にしないとそろそろ本気で父親を捨てたくなってくる。


(病気なのよね。お父様のあのくせは)


 依存しなければならないほど、妻や子供を失った心の傷は深かった。心が弱く、それを補える人がいない。


「お母様が生きていらしたら、少しは違ったのだろうけれど…」


 それを言ってもである。私は大きなため息を吐いて時計を確認すると、馬車の用意をさせた。

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