アンナの部屋
俺はアンナが消えたことで知った事実を細かく確認するため、ヘルミーナさん、マティルデさんと認識のすり合わせをする事にした。
まずはお茶でも飲んで少し落ち着きましょうと、ヘルミーナさんが言うので、俺は放置してあった朝食の後片付けをした。その間にヘルミーナさんがお茶を入れてくれた。食卓に座りお茶を飲む。今は俺の向かいに、ヘルミーナさんとマティルデさんが、並んで座っている。
それぞれがお茶を飲んだ後、ヘルミーナさんが息を吐いて話し始める。
「イズミ様。まずは、改めて謝罪をさせてくだいませ。お互いに誤解や知らない事があったとはいえ、お嬢様もわたくし達も、イズミ様の気持ちや状況考えず、焦りすぎておりました。申し訳ございません。」
ヘルミーナさんとマティルデさんが、胸に手を当て頭を下げる。
「いえ、俺の方こそ、色々気付く機会はあったのに、すいません。それに、アンナの心を傷つけてしまいました。ごめんなさい。」
俺は深く二度頭を下げる。
ヘルミーナさんが口元を手で抑えて、ふふっと笑う。
「それは直接、お嬢様に言ってあげてくださいませ。」
こくこくと、マティルデさんが頷く。
俺は「そうですね」と言って頭をかいた。
「では、まずお聞きしたいのですが、こちらの世界には、どうやってきたのですか?」
「お嬢様は、向こうの世界からこちらに繋がる鍵が見つかったので、イズミ様を向かえに行くとおっしゃっていました。わたくし達は急ぎ支度を整え、お嬢様の空間魔法に荷物を詰め込み、お嬢様が開いた転移門を通ってこちらにきました。こちら側の転移門は、工場の奥にある扉に設置してありました。ただ、こちらから向こうの世界に渡るには、別の鍵が必要だとお嬢様は、おっしゃられていましたわ。」
なるほど、アンナの力と鍵で、こちらにこれるようになったが、向こうに行くには、別の鍵が必要で、アンナがこちらに強引に滞在したことを考えると、手に入れている可能性は低そうだ。後、三人の部屋にいきなり家具が設置されたのは、空間魔法とかいう力によるものだろう。とても便利そうだ。
「まさか工場の開かずの扉が、別の世界へと繋がっているとは。」
「はい。なので、転移門が設置されている場所にお住まいのイズミ様が、わたくし達の世界の事を、まったくご存じないとは思ってもみませんでした。」
「なるほど…」
確かに異世界につながる魔法の門があるのに、そこに住んでいる人間が何も知らないとは思わないだろう。
「話を戻しますが、向こうの世界に帰るための鍵を、アンナが手に入れている可能性は低そうなので、一つ目の可能性は消えそうですね。」
「はい、それで問題ないと思いますわ。ですが、2つ目の可能性についてはさらに厄介です。」
「と、言うと?」
ヘルミーナはコクリと頷いて話を続ける。
「空間魔法を使うには、膨大な魔力と、知識と制御能力が必要で、お嬢様は数少ない使用者の一人です。その中でも、突出した能力を持っており、空間魔法で自身のみしか入れない、秘密の部屋を持っていらっしゃいます。おそらく、その中に引き籠っているのだと思います。」
ちょっと待った、厄介どころか詰んでない?自分しか入れない秘密の部屋ってどうやって見つけるんだ?
「あの、その秘密の部屋についてですが、中と連絡を取ったり部屋をこんこんノックしたりできませんか?」
ヘルミーナが顔をしかめて、首を横に振る。
「わかりません。今までも、秘密の部屋に籠られることはありましたが、出てくるのをただ待つしかありませんでした。ですが、今回の様子ですと、いったいいつ出てきて頂けるのか…。」
首を傾げて方に手を添えたヘルミーナが、ため息をつく。
「あー、それについては、すいません。俺のせいですね…」
「あっ!こちらこそ、すいません!イズミ様を攻めているわけでは、ございませんので…」
しかし、これは完全に手詰まりだ。如何ともしがたいぞ。
んーっと、考えた後、俺は「よし!」と言って立ち上がる。
「イズミ様。どうされたのですか?」
「こういう時は、神頼みならぬ、じいちゃん頼みです!」
ヘルミーナさんとマティルデさんが、きょとんとした顔で、こちらを見上げている。
「じいちゃん…頼み…ですか?」
俺はキッチンから居前と移動して、仏壇の前に座る。俺に付いてきていた、ヘルミーナさんとマティルデさんが俺の後ろに座る。
「この祭壇にある絵の方が、イズミ様のおじいさまですか?」
「そうです。俺の両親が亡くなった後、俺を育ててくれた尊敬するじいちゃんです。」
「ご立派な方だったのでしょうね。どことなく我が国の英雄の肖像画に似ていらっしゃいます。」
俺は少し照れながら、マッチでロウソクに火を灯す。ロウソクの火に線香をかざし、火が付いたのを確認して供える。
えーっと、数珠はどこだったかなと探すが、仏壇のまわりに見当たらない。
仕方ないので、代わりに腰にぶら下げていた鍵束を手にかけ、目を閉じてじいちゃんに祈る。祈っていると、今朝見た夢のことを思い出した。
じいちゃん、ごめんよ。俺、アンナとの約束まだ思い出せてないんだよ。それどころか、アンナにすごく酷いこと言って傷つけちゃったよ。遠い別世界から、わざわざ俺に会いに来てくれたっていうのに。
俺、一人っ子だったから子供の頃、アンナと遊ぶようになった時、妹ができたみたいでめちゃくちゃ嬉しかったんだ。「お兄ちゃん、お兄ちゃん。」って、俺を慕ってくれて。あーそうだ、今思い出したけど、いつも俺のお嫁さんになるって言ってくれてたな。可愛い顔で必死にお願いしてくるんだもん、俺、毎回すっげー照れてたよ。
ふと婚姻届を突きつける、数日前のアンナを思い出して笑いそうになり、アンナは小さい時から全然変わってないなと思い直す。変わってしまっていたのは、俺の方だな。
あの頃は、俺もアンナが大好きで、結婚したいぐらいに思っていた。
あっ、約束って、なんだそういうことか。あー、アンナに早く謝りたいなー。
「そうだな、早く会いに行ってあげなさい」と、どこからともなくじいちゃんの声が聞こえた気がした。
「い、イズミ様!か、鍵が!」
「ふぇ?」
ヘルミーナさんが慌てた声をあげたので、目を開けると手に掛けていた鍵束の中の1本の鍵が、青白く輝いていた。「なんだこれ!」と、思った瞬間、鍵の光が広がって、俺の視界を奪った。
次に目を開けたとき、真っ暗な空間の中に浮かぶ扉の前に立っていた。
扉には、「アンナの部屋」とかかれたプレートが掛けられている。
「あ、これ、子供の頃のアンナちゃんの部屋の扉だ。」
アンナの部屋と言うサブタイトルなのに、アンナちゃんは登場しませんでした。