オーベルト家への処罰
ホルストを予定があると追い返したが、実際にサナエ様と屋敷で会う約束をしていた。
サナエ様は、近衛騎士団の立て直しやオーベルト家への処罰対応と忙しく、引っ越しをした日以来の来訪だった。
「久しぶりね、伊澄。変わりはないかしら。」
「はい、この屋敷での生活にも慣れてきました。それよりもサナエ様の方が忙しくて大変なのではありませんか?」
「ふふっ、そうね年には勝てませんから、少し疲れているかもしれませんね。遊び呆けているどこかのお姫様の分まで働かねばなりませんからね。」
「さ、サナエ様~。」
アンナが、眉を寄せて情けない声を上げると、サナエ様は口に手を当てて悪戯っぽく笑う。
「ふふっ、冗談ですよ。今まで頑張ってきたご褒美ですからね。婚約式までは、わたくしがアンナマリアの分まで頑張りますよ。」
アンナが毎日俺に会いに来れていたのは、サナエ様がアンナの分まで公務を肩代わりしてくれていたからみたいだ。サナエ様としては、これまで王家の為と、我慢を強いた曾孫へのささやかなご褒美らしい。
「サナエ様。それで今日来られたのは?」
「伊澄の様子を見に来た…と言いたいところなのですが、幾つか大事な報告があって参りました。」
「大事な報告ですか?」
「そうです。…まずは、オーベルト家への処罰が粗方終わりました。以前、王族の話し合いで決まった通り、公爵から子爵への降爵、当主ヴァルターと婚約式に乱入した者たちの処刑は予定通り実施され、派閥に属していた者たちも要職から罷免しました。」
サナエ様から発せられた、処刑という言葉に思わずゴクリと唾をのむ。こちらの世界では当たり前とはいえ、処罰として人の命を奪うというのは衝撃的で、ましてや自分の行動が関係しているのは重たい事実だ。
ヘルミーナも神妙な顔をしている。関係が良くなかったとはいえ、ヴァルターは実の父親だ、当然と言えば当然の反応だろう。アンナが心配そうに声をかける。
「…ヘルミーナ。」
ヘルミーナが首を横に振る。
「…ご心配なく。あのような暴挙に至ったのです。処刑されて当然ですから…。」
サナエ様は、ヘルミーナの反応に苦笑いを浮かべながら、話を続ける。
「…ただ、予定外の事もありました。オーベルト家の当主にはわたくしの意をくむ傍系の者を据え、幽閉した元夫人と息子のルドルフを監視をさせようとしていたのですが、神殿で幽閉する形となりました。」
「神殿ですか?」
俺が疑問に感じ呟いた言葉に、護衛として控えていたランベルトが答えるように口を開いた。
「妙ですね。オーベルトと神殿は対立関係にあったはずです。元侯爵夫人と息子のルドルフを保護しても利があるとは思えません。今まで受けた屈辱を晴らすための見せしめにでもするつもりでしょうか?」
ランベルトの言葉にサナエ様が首を横に振る。
「わかりません。表向きの理由としては、夫亡くして心を病んだ夫人とルドルフが負った婚約者選定戦での傷の治療と言っていましたが、ランベルトの言う通り、神殿が善意だけで動いているとは思えませんね。」
「もしかすると、大神官ホルストがイズミ様を神殿に抱きこもうとしている事と関係があるかもしれませんね。」
ランベルトがそう言って、ニコニコ笑顔を浮かべながら口角を上げると、サナエ様が目を丸くして驚いた。
「神殿が…ホルストが動いているのですか?」
「はい。つい先程、イズミ様に面会に来られて、アンジェラ様のお孫様は神殿にあるべきとおっしゃっておられましたよ。」
ランベルトが同意を求めるように視線を投げてきたので、俺はコクリと頷く。その様子を見たサナエ様は、眉間に皺をよせ、頬に手を当てて考え込む。
「…確かに、何か裏があると思った方がよさそうですね。わたくしの方でも探ってみますが、ランベルト、何か掴んだらわたくしにも報告を入れなさい。」
「承知いたしました。」
神殿、大神官ホルストが何か企んでいるのかはわからないが、サナエ様とランベルトに任せておけば、きっと何とかなるだろう。俺が悩んでも仕方ないことだと思う。
他人事のように考えていた俺を見透かした様に、サナエ様が苦言を呈す。
「伊澄。ランベルトとヘルミーナが付いていれば大丈夫だと思いますが、くれぐれも神殿には気を付けて、軽率な言動はしないようにしなさい。」
「わ、わかりました。」
思わず姿勢を正した俺の隣で、アンナがクスっと小さく笑う。そのアンナにサナエ様が視線を向けた。
「それからアンナマリア。あなたにも話があります。」
「お兄様にではなく、わたくしにですか?」
首を傾げるアンナに、サナエ様が「そうです。」と頷く。
久しぶりにサナエ様がやってきました。