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オレの嫁は、異世界育ち。  作者: 十草木 田
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大神官の来訪

「お兄様が、お会いする必要は無いと思いますわ!」

「立場ある方の正式な面会要請ですから、無下にはできませんよ。姫様。」


 俺の隣で不満を露にしている仏頂面のアンナをヘルミーナが窘める。

 アンナの不満を聞いてから数日、食事やお茶を共にしたり、お忍びで王都の街に繰り出したりとアンナの望むままに過ごした結果、アンナはご機嫌な様子だったのだが、イルメラに案内され応接室に入ってきた人物が俺に面会を求めてきたことで一転、ご機嫌斜めだ。


「またご尊顔を拝謁できて嬉しく思います。聖人イズミ様。」


 アンナを不機嫌にした張本人、俺を聖人と呼ぶ大神官ホルストは、頬を上気させ目を潤ませている。父子ほど年の離れた男に、焦がれるような顔を向けられるとさすがに気持ち悪いのだけど…我慢我慢。


「聖人はやめてください。私はそのような物ではありません。」

「ご謙遜を…。聖女アンジェラ様のお孫様で、王政を浄化されたイズミ様を聖人と呼ばずして何と呼ぶべきだというのですか。」

「聖女の孫だから、聖人というのはあまりにも飛躍が過ぎませんか?」

「そんなことはありません。聖女アンジェラ様は神殿でお育ちになったからこそ聖女と呼ばれる存在になられたのです。聖女の血を引くイズミ様が神殿に入られれば、聖人として相応しい存在となられることは必然です。」


 ホルストはどうしても俺を聖人に祀り上げ、神殿に取り込みたいようだ。

 面会する前にアンナから聞いた話では、俺の祖母である聖女アンジェラは、元々貴族の生まれであったが、幼くして両親を亡くして神殿に引き取られ、成人するまで神殿の巫女見習いとして育てられたらしい。その後、王国を救った英雄となり、復興にも貢献した聖女アンジェラという存在は、神殿の象徴的存在となり民の支持を集め王政への影響力を持っていた。

 十年前の政変で台頭したオーベルト家の策略により、王政から距離を離されてしまったが、オーベルト家の失脚を期に復権をめざして、聖女の孫であり王家の縁者で王配候補となる俺を神殿の勢力として取り込もうと必死になっているそうだ。


「イズミ様が神殿に入られることを、多くの貴族や民が望んでるのですよ。イズミ様は聖女アンジェラ様に匹敵する…いえ、それを超える存在になられることを大神官である私が保証

させて頂きます。」

「…ホルスト。先日も申し上げましたが、イズミ様はわたくしの婚約者になります。神殿に入ることはありません。」


 仏頂面で黙っていたアンナは、冷たい視線をホルストに向けながら突き放したが、ホルストは意を介さない様子で小さく鼻で笑った。


「姫様とはいえ、神の導きを否定できるものではありませんよ。」

「…神の導き?何をいっているのですか?」

「ふふっ…政変以降乱れたままのこの国で、苦汁を味わう民達の願いに答えた神によって、イズミ様は遣わされたのですよ。」


 王族であるアンナに対して不敬ともとれる態度で、ホルストはアンナを見下している。


「…世迷言を。」

「そうでしょうか?少なくとも民達が苦汁をなめ、神殿に縋っているのは事実では無いでしょうか?病や飢えに苦しむ者たちの多くが神殿を頼っていることは姫様もご存知でしょう。」

「そ、それは…」

「民に手を差し伸べ慈悲を与えているのは、王家ではなく、神殿なのですよ、姫様。」


 ホルストは反論できなくなったアンナに対して優位に立てたとほくそ笑む。

 政変以降、王国は乱れ今も民が苦しんでいるのは事実で、病人の治療や孤児の保護を行ってきたのは神殿なのだ。地盤を固めるために必死だった王家にとって、目を瞑っていた部分であることは間違いない。


「姫様の婚約者となり、王配となったイズミ様が神殿で民達の為に力を尽くすことで、王家が信奉を取り戻すことも可能なのではないでしょうか?」


 アンナは膝の上に置いた手を握りしめ、悔しそうに俯く。アンナが押し黙ってしまったので代わりというわけではないが、俺は疑問に思っていたことを聞く。


「ホルスト殿。一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「何なりとお尋ねください。」

「仮に私が神殿に入ったとして、何かできることがあるのでしょうか?」


 俺の質問を前向きな検討と捉えたようで、ホルストはうっとりとした笑顔を浮かべて両手を広げ宙を見つめて語りだす。


「ああ、神殿に興味を持って頂けたのですね。イズミ様は民達の声に耳を傾け、神に祈りを捧げるだけで十分なのですよ。何も難しいことはありません。聖人となり神殿に在る事に意味があるのですよ。信奉され崇められることが、神に与えられてたお役目なのですよ。」


 これは…俺に生き神様にでもなれといっているのだろうか?崇め祀られるのはまっぴらごめんだ。やはり丁重にお断りしたい。


「やはり私には荷が重いですね。聖人などという立場を私は望みません。」

「イズミ様以外には考えられません。神殿に…いえ、王国にとって聖人イズミ様が必要なのですよ。民達には心の支えとなる存在が必要なのです。」


 ホルストは「民達」を強調して、俺の必要性を訴えてくる。それはアンナと王家に対して民の声を代弁している神殿を蔑ろにするなという脅迫でもある。

 優越感に浸っているホルスト、俯き屈辱に耐えるアンナ、答える言葉が見つからない俺、三人の間に沈黙が流れる。

 見兼ねたヘルミーナが助け舟を出してくれた。


「ホルスト様。申し訳ありませんがイズミ様は、この後のご予定の準備がありますのでろそろそろお引き取り頂いてもよろしいでしょうか?」

「ふんっ…まあ、今日のところはよいでしょう。ご予定があるのでしたら仕方ありません。ですが、民の願いを叶えるために前向きにご検討ください。イズミ様、姫様。」


 ホルストは立ち上がると、アンナを見下すように笑って部屋を出ていった。部屋の外でホルストを見送ったヘルミーナが「気分転換がひつようですね。」とお茶を淹れてくれた。


「姫様、イズミ様。ホルストの言う事を気にしてはいけませんよ。民の願いと耳あたりの良い事を言っていますが、神殿はオーベルト家になり替わろうとしているだけですわ。」


 お茶を並べながらヘルミーナが、惑わされるなと言ってくれたがアンナは落ち込んでいる。お茶を一口飲んだ後、愚痴をこぼす。


「わかっていますわ。わかっていますが、王家に力がないばかりに民が苦しんでいるのは事実なのです。わたくしは歯がゆいのです。そのせいで王家が軽んじられ、お兄様にご迷惑をお掛けしていることが…。」

「迷惑なんて思ってないよ。ただ、神殿に入る気はないし、民達の為って言われても困るけど、アンナの力にはなれたらいいなとは…思ってるかな。」


 俺のアンナへの甘やかし期間は継続中なのだ。

 落ち込んでいたアンナが、にへらと笑って俺の肩に持たれかかると、ヘルミーナが「イズミ様は姫様に甘いですね。」と小さく呟いた。

大神官さまが現れた。

アンナちゃんは不機嫌になっている。

伊澄は、アンナを甘やかした。


という、お話でした。

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