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オレの嫁は、異世界育ち。  作者: 十草木 田
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嫌いな人

 ああ、俺はまた夢を見ている。学生服を着ている俺の夢だ。ぬいぐるみや絵本がたくさんあるあの部屋だ。

 だが、今日はいつもの夢と少し違った。目の前に、死んだはずのじいちゃんがいる。夢の中でも会えたのが嬉しい。まだ、元気だった頃の少し若いじいちゃんだ。俺は立ち上がって近づこうと思ったが、体が動かない。気持ちだけが焦るだけで、体はまったくいうことを聞かない。

 じいちゃんはそんな俺を、困ったような悲しい顔で見ている。


「ひくっ…お兄ちゃんが…ひくっひくっ…お兄ちゃんが…。」


 子供の泣いている声が聞こえる。よく見ると、じいちゃんのズボンを握りしめ、こちらを見ている幼いアンナちゃんが居た。


「お兄ちゃんが…ひくっ…いなくなっちゃった…ひくっひくっ…アンナと…お約束したのに…ひくっ…いなくなっちゃた…。」


 じいちゃんが腰を落とし、アンナちゃんを抱きしめ、背中をポンポンと叩きながら頭をなでる。


「大丈夫だ。じいちゃんにまかせとけ。お兄ちゃんは、必ずアンナの所に帰ってくる。」

「ひくっ…ほんとう?帰ってくる?」

「ああ、本当だ。じいちゃんが約束する。帰ってきたらじいちゃんが、アンナちゃんも呼んでやる。」

「ひくっひくっ…お兄ちゃん…かえってきたら…ひくっ…お約束…まもってくれるかな?」

「絶対に、アンナとの約束を守ってくれるさ。」

「じゃあ、ひくっ…アンナ…いい子で、お兄ちゃん…まってる。」

「よし、じゃー、いい子でまってるアンナに、これをあげよう。」


 じいちゃんが腰にぶら下げている鍵束から、赤く光る鍵を外しアンナに渡す。

 アンナが首を傾げる。


「ひくっ…なーに?…これ。」

「お兄ちゃんに、また会うために必要なものだよ。大事に持っておくんだよ。」

「ひくっ…うん…わかった。」


 じいちゃんに頭をなでられながら、慰められたアンナちゃんがこちらを見てニコリと笑う。アンナちゃんはじいちゃんの腕の中から離れ、奥にある部屋の入口へと向かった。扉を開け名残惜しそうに一度こちらを見て「お兄ちゃん、またね」と手を振り、部屋の外へと出ていく。

 じいちゃんはその姿を見送ると、寂しそうな笑顔でゆっくりと近づいてくる。

 俺は必死でじいちゃんに声を掛けようとするが、声が出ない。心の中で叫ぶ。


『なぁ!じいちゃん、約束ってなんなんだよ!俺、思い出せないんだよ!』


 じいちゃんは、俺の心の叫びには答えてくれない。俺の目の前まで来たじいちゃんは、いつもしてくれていたように、俺の頭をなでる。しばらくすると、俺の足元にぽたぽたとしずくが落ちてくる。じいちゃんは泣いていた。


「伊澄、すまない。わしのせいだ。わしが、愚かなせいで、お前の両親を死なせてしまった。」


 え!?父さんと母さんが、死んだのが、じいちゃんのせい?それ、どういうこと?なあ、じいちゃん!どういう意味なんだよ!教えてくれよ!

 俺が、どれだけ訴えてもじいちゃんは、答えてくれない。


「そればかりか、お前の心まで死なせてしまった…。」


 ちょっと、じいちゃん!俺の心が死んでるってどういう事だよ!答えてよ!


「お前のことは、わしが必ず連れ帰って守って見せる。だから、いつかアンナとの約束を守ってやってくれ。」


 だから、アンナとの約束ってなんだよ!わっかんねーよ!

 俺は夢の中でじいちゃんに声が届かないのを理解しつつ、無我夢中で叫ぶ。


 じいちゃんは腰にぶら下げた鍵の束から、青白く光る鍵を取り出すと、ゆっくりと俺の胸のあたりに差し込んでくる。痛みなどは無く、差し込まれる鍵はただただ温かく、先ほどまで荒れていた俺の心を落ち着かせていく。

 あー胸の中が暖かいなー。暖かいというか、むしろ熱いような…。

 急速に目覚めて行く意識の中で、胸元で握っている手の中に、火傷しそうな熱さを感じ、慌てて手を開く。

 バッっと飛び起きて、握っていた手を振る。そして、手の中に持っていた物を確認する。

 布団の上で、鍵束の中の一本の鍵が、夢の中で見た鍵のように青白く光っているように見えた。

 目をこすりもう一度確認すると、鍵束はいつもと変わらぬものだった。恐る恐る触ってみるが、鍵束に熱は無く、金属の冷たさしか感じない。俺は首をかしげる。寝ぼけていただけだろうか。


 あー、そういえば、結局今日の夢でも「約束」の内容は分からなかったな。

 それにじいちゃんのせいで俺の両親が死んだって…まさかな。

 所詮は、夢の中の出来事と思って忘れることにいた炊いて


 昨日の夜のことや、夢のことなどをもやもやと考えながら着替えをする。

 結構寝た気がするがすっきりしないので、頭をふるふると振るが全然すっきりしない。部屋の扉を開け、階段を降りていつものようにキッチンへ向かう。キッチンは昨日の夜のまま、散々な状態だ。

 まともに料理などできないので、ロールパンとインスタントのスープと果物を用意する。

 しばらくすると、昨日と同じようにアンナがヘルミーナさんとマティルデさんを引き連れ、キッチンへと入ってくる。


「おはようございます。お兄様」


 ペコリとお辞儀して、張り付けた笑顔でニコリと笑う。ああ、まただ、やめてくれよアンナ。俺はそんな顔を見たくない。

 三人が席に着き、朝食を食べ始める。


「お兄様。今日の朝食も美味しいですわね。」


 そんなわけがない。トーストもしていないパンとインスタントのスープなんて味気ないだろ。それに本当に美味しいときは、赤い瞳を輝かせてもっと嬉しそうに笑うはずだ。

 正面に座るアンナの顔を見る。目元は赤く腫れぼったく、うっすら目の下にクマもできている。昨日のことを引きずって、一晩中泣いていたに違いない。胸の奥がチクリと痛む。


「お食事の後は、今日もお仕事ですか?また、見学させて頂いてもよろしいでしょうか?」


 よろしくなんかない。そんな泣きつかれて無理して笑っている顔で、横にいられたら仕事に集中などできない。そんな事も解らないのか?

 アンナの作り笑いを浮かべた顔を見ていると、無性に腹が立って不快感が募る。もう理由は解っている。感情を殺して取り繕った笑顔を浮かべるアンナの姿は、俺が一番嫌いな、俺と同じ姿だからだ!

 アンナには子供の頃のように心の底から泣いて、怒って、笑って、喜んで、感情豊かな表情を見せてほしい。俺と同じになんか、なって欲しくない。

 俺はバンと机を叩く。

 アンナはビクッと体をこわばらせ、ぎゅっと目を瞑る。ヘルミーナさんとマティルデさんが、驚いて目を白黒させている。

 

「気持ち悪いからもうやめろ…」

「お兄様?…やめろとは、なんでしょうか?」


 俺は再び無理して作り笑いを浮かべ、緊張で頬をひくつかせるアンナの顔を指さす。


「その張り付けたような、作り笑いだよ。」

「…作ってません!」

「顔色も良くないし、体調も悪そうだ。」

「…悪くありません!」

「はぁー…本当は、泣いてるくせによく言う。」

「な、泣いてません!」


 無理して笑顔を作っていたアンナちゃんの目から、ポロポロと涙が溢れだす。


「…ほらみろ、やっぱり泣いてるじゃねーか。」

「こ、これは、ち、違います。泣いてません!」


 自分が涙を流している事に気付いたアンナが、取り繕うように両手で顔を隠す。顔を隠した手が、小刻みに震えている。


「そーやって、泣くのを我慢して、取り繕って笑って、本当に気持ち悪い!」


 こんな事を言っていいわけが無いと分かっている。だけど、自分を見ているようで気持ち悪くて止められない。


「今のお前は、見ていて腹が立つ。俺の嫌いな奴にそっくりだ!」

「い、イズミ様。それでは、お嬢様があまりにも…」

「ヘルミーナさんは、黙っててください!」


 止めに入ろうとしたヘルミーナの言葉を遮り、ギロリと睨んで黙らせる。


「ぐ…お兄ちゃん…なんで…ぐずっ…そんなひどいこと言うの、いつもの優しいお兄ちゃんに…ぐすっ…戻ってよ…。」


 アンナが顔を隠した両手を握りしめる。眉間にしわをよせ、赤い瞳からボロボロと涙を溢れさせ、歯を食いしばった顔が露になる。

 それを見た俺は胸が苦しくなり、シャツの胸元を握り、反対の手で自分の髪の毛をぐしゃりと握る。


「俺は優しくなんかない。それに、ひどいのはどっちだよ。たった一人の家族だった、じいちゃんが死んで、気持ちの整理ももついてないところにいきなり現れて、幼馴染だ、約束だ、結婚だ、ギャーギャー喚いたあげく、俺とじいちゃんの思い出が詰まった家の中を、めちゃくちゃにして、お前らいったい何様のつもりだよ!」

 

 もう、俺の頭の中もぐちゃぐちゃだ。アンナを傷つける言葉と分かっていても、抑えられず口に出る。


「…おじいさまが、亡くなって…そんな、アンナは…おじいさまに呼ばれて…ここに…」


 アンナは驚いた様子で、口を抑える。


「そうだよ!じいちゃんは死んだんだよ!その思い出も、お前がぶち壊してんだよ!これ以上、俺を苦しめないでくれよ!」


 アンナがふらりと体を揺らして立ち上がり、ドレスのスカートをぐっと握りしめる。


「アンナが…お兄ちゃんを…苦しめてたんだね…」

「そうだよ!」


 ぐっと、眉間にしわを寄せ顔をゆがめたアンナが、キッチンから駆けだそうとする。思わずその腕をつかみ引き留める。


「おい!どこ行くんだよ!」

「だって!…アンナがここに居ると、お兄ちゃんを苦しめてしまいます!…だから、帰ります!」

「どこに帰るっていうんだよ!」

「離してください!」


 俺の手を振りほどこうと、アンナが腕を振り回す。絶対に離してはダメだと思い、さらに強く握りしめる。


「アンナだって、お兄ちゃんの辛い顔は、もう見たくないんです!離してください!アンナは帰ります!」

「さんざん好き放題やっといて、勝手に帰るとか人の気もしらないで!」

「お兄ちゃんこそ、アンナとの約束忘れてるくせに!ひどいことばっかり言わないで!」


 アンナが両目をぐっと閉じ、俺が掴んでいる腕とは逆の手で、胸元をぐっと握りしめる。

 突然アンナの体がまばゆく光りだし、体を取り囲むように魔法陣のようなものが浮かび上がる。


「ダメです!お嬢様!」

「なっ、なんだ!」


 光の強さに思わず目を閉じ、アンナの腕から手を離してしまう。


「くっ、お嬢様!」


 光が治まり目を開けると、目の前に居たはずのアンナの姿が消えていた。

 ヘルミーナさんが、さっきまでアンナの姿があった場所を見つめ顔をしかめる。

 俺の隣にいたマティルデさんも、立ち上がって辺りを確認している。


「まだ、近くに居るかもしれません!手分けして探しましょう!」

「そうですね。マティルデは、二階をお願い致します。私は、一階を。イズミ様は、工場の方をお願い致します。」

「わ、わかりました!」


 さっきのは、一体何だったんだ。アンナが光って消えた。あまりの出来事に、さっきまで煮えたぎっていた怒りの気持ちが吹き飛び、早く見つけないとという焦る気持ちが膨らんでいく。俺は腰の鍵束をギュッと握る。


 玄関から庭に出て辺りを見回すが、アンナは居ない。

 工場に向かって走り、シャッターを開けて中に入る。工場の手前から奥に向かって、機械の影などを確認していく。工場の奥まで到達するが、アンナは見当たらない。

 目の前に工場の裏手に出るためのドアがあり、ガチャガチャとドアノブを回すが開かない。


「くそ、やっぱり開かないか!」


 ここは、祖父が鍵を無くしたらしく、ずーっと開かずの扉になっていた。

 仕方なく一旦シャッター側から外に出て、工場の裏手に回り込むが、やはりアンナの姿は見当たらない。

 ヘルミーナさんとマティルデさんの方の状況を確認するため、一度家へと戻る。


 家のキッチンに戻ると、ヘルミーナさんとマティルデさんの姿があった。

 目が合った瞬間に、二人が首を左右に振る。

 

「イズミ様の方は?」

「いえ、見つかりませんでした。」


 俺も首を左右に振る。


「すいません…俺がアンナを追い詰めてしまったばっかりに…。」

「いえ。イズミ様のせいではありません。わたくし達が状況を理解し、もっとお二人に配慮するべきだったのです。従者として情けない限りです。」

「イズミ様、ヘルミーナ、今は誰の責任かを論じている場合ではありません。一刻も早く、お嬢様を見つけましょう。」

「そうですね。ヘルミーナさん、マティルデさんは、アンナが言っていた帰る場所というのに思い当たる場所は無いですか?」


 ヘルミーナさんが、口に手を当ててしばらく考えた後、口を開いた。


「可能性は、二つですわ。お嬢様が消える瞬間、転移の魔法陣が発現していました。一つは、我々が住む別世界アインファングにある、ビルゲンシュタット王国に帰られたか。もう一つは、お嬢様の固有魔法で作られた秘密の部屋に籠られたかの、どちらかです。」

「ちょっ…ちょっとまってください!」


 俺はヘルミーナさんの発言に困惑し、頭を抱える。こんな状況下で冗談を言っているとは思えないが、別世界の国に魔法って、そんなファンタジーな世界が現実にあるのか?


「あー、えーっと、念のため確認なのですが、つまりアンナと、ヘルミーナさんと、マティルデさんは、こことは違う別の世界からやって来ていて、皆さんは魔法を使えると言うことで合っていますか?」


ヘルミーナさんとマティルデさんが顔を見合わせた後、二人そろって俺の方を向く。


「「ご存じなかったのですか!!」」


 あー、国の違い、文化の違い、身分の違いと思っていたが、まさか根本的に住む世界が違ったとは、通りで常識や考え方がすり合わないわけだと、腑に落ちた。

アンナちゃんは、逃亡しました。

そして、伊澄くんもようやく、異世界と魔法の存在を把握したようです。


死んでるじいちゃんですが、今後も色々ご活躍の予定です。

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