祖父の魔導工房
「書類はこちらの棚にまとめてください。本はあちらの棚にお願いします。魔導具類については一端部屋の奥にまとめましょう。ああっ!リーブコットはそこを動かないようにと、わくし言いましたよねっ!」
「ひぃっ!ご、ごめんなさい…。」
棚から書類を取ろうとしたリーブコットが、ヘルミーナに怒られて体を硬直させる。
エグモントに屋敷の中を一通り案内してもらった後、魔導工房に戻ってきた俺は、工房の一角に用意されたテーブルの席に、アンナとサナエ様と一緒に座り、部屋が片付くのを待っていた。
魔導工房のあまりの散らかりっぷりに激高したヘルミーナは、他の側仕え達の協力を得て大急ぎで部屋の片づけを行っている。リーブコットも最初は片付けに参加していたが、手際が悪いどころか、片付けた側から書類や本をまき散らしていたので、早々に戦力外通告を受けて俺たちが座っているテーブルの近くに立たされている。
「ああ、あの魔導具はすぐに使うからこっちに…その本も良く使うから手元に置いておきたいのに…。」
「普段から片付けておくようにあれほど言っておいたのに、できていないあなたが悪いのですよ。」
「ううっ…。」
エグモントに窘められてリーブコットがしょんぼりと肩を落とす。
「イズミ様。楽しみにして頂いてのに、お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません。…私の監督不足です。」
「ちょっと驚きましたけど、気にしてませんよ。ヘルミーナが頑張ってくれてますし。」
「イズミ様がヘルミーナを連れてきて下さって助かりました。リーブコットも優秀な魔導具研究者なのですが、研究に没頭するとこのありさまでして…。」
「あははははっ…すいません。」
頭を掻きながら申し訳なさそうに笑うリーブコットを見て、エグモントが溜め息を付く。
「イズミ様が、お気に召さないようであれば、いっそ罷免してやってください。」
「ひえええええええっ!そ、それだけは赦してください!リョウゼン様とアンジェラ様の研究資料が見れなくなるなんてあんまりですぅっ!」
エグモントが解雇を仄めかすと、顔を青くしてリーブコットが俺の前に土下座し、足に縋りついてきた。
「な、やめてください!リーブコット…。」
「何をしているのです!リーブコット、やめなさい!」
「や、やめろなんて、そんな殺生なぁ~。イズミ様~赦してくださいぃ。」
「やめて」を勘違いしたリーブコットが必死に俺に縋りつくのをエグモントが止めようとしているが、なかなか放してくれない。その様子を見てアンナとサナエ様がクスクスと笑っているが、二人とも笑っていないで何とか言ってほしい…。
そんな状態を止めてくれたのは、ヘルミーナだった。
「イズミ様。できればリーブコットには引き続き、魔導具の研究をして頂いた方が良いと思います。研究内容をざっと見させて頂きましたが、王城の研究者に引けを取らない内容ですので、エーレンベルク家に損はないかと思います。」
「わわわ、私の研究内容を理解して頂けるんですかっ!」
「わたくしも魔導具研究者の端くれです。部屋を散らかすのは頂けませんが、研究内容については認めて差し上げますわ。」
「おおおおおおっ!ヘルミーナも魔導具研究をされているのですね!ああ、そうだ是非あの研究資料を…ええっと、どこだったかな。」
俺の足元で土下座していたリーブコットは、今までの事を忘れたように資料を探しはじめて、ヘルミーナに首根っこを掴まれた。
「ぐぇっ!」
「片付けが終わるまでは、大人しくしてくださいませっ!」
エグモントが、リーブコットの様子にまた溜め息を付いた。
「ヘルミーナの言う通り優秀な魔導具研究者なのは保証いたします。ですが私としては、リョウゼン様とアンジェラ様の魔導工房をこれ以上散らかされるのは忍びないので……如何様にでもご判断ください。」
首根っこ掴まれたリーブコットが、小動物のような目で俺を拝んでいる。俺は苦笑いを浮かべながらサナエ様を見る。
「どうしましょうか?サナエ様。」
「ふふふっ。この屋敷の事は伊澄に任せますから、あなたが決めなさい。」
この屋敷を任せるという想定外の一言に俺は驚き目を丸くする。
「ま、任せるってこの屋敷をですか?私には手に負えませんよ!」
「何を言っているのですか、わたくしは自分の城に加えて、近衛騎士団を預からなければいけないのですよ。この屋敷ぐらい伊澄にみてもらわなければ困りますよ。」
「で、ですが…。」
「伊澄はアンナマリアの婚約者になるのですから、この屋敷で少しは人の上に立つという事を学びなさい。細かいことはエグモントに任せられるのですから。」
「何なりとお申し付けください。」
「わ、わかりました。」
サナエ様とエグモントの逃がさないという圧に負けて、しぶしぶと屋敷の主としての立場を俺は受け入れた。アンナは「頑張ってくださいませ、お兄様!」と喜んでいる。
俺はしばらく目を瞑ってリーブコットの扱いについて悩んだ後、方針を決めた。
「リーブコットについては、引き続きエーレンベルク家の魔導具研究員として頑張ってもらいます。」
「あ、ありがとうございますぅ!イズミ様ぁ!」
喜び目を輝かせるリーブコットに釘をさす。
「但し、魔導工房を散らかされるのは私も望みませんので、助手としてヘルミーナに付いてもらいます。ヘルミーナ、部屋の管理をお願いしますね。」
「うぐっ…わ、わかりました。」
「イ、イズミ様。わたくしは側仕えですよ。魔導具研究ができるのは…その、嬉しいのですが…。」
リーブコットが肩を落とした脇で、ヘルミーナが嬉しいような困ったような顔をして視線を彷徨わせている。
「もちろん側仕えとしても必要に応じて仕事してもらいますが、イルメラや元々この屋敷にいる側仕えもいるので、常に私の世話をする必要はないですよ。それよりも、大事な魔導工房を管理してもらうのに、魔導具の知識が豊富なヘルミーナは適材適所だと思うのですが…嫌ですか?」
「嫌ではないですが、本当によろしいのですか?」
「よろしいも何も、屋敷の主が望んでいるのですよ。そうですよねサナエ様?」
なかなか「うん」と言ってくれないヘルミーナを後押ししてもらうために、俺はサナエ様に助けを求める。
「わたくしは伊澄に任せると言ったのですから、伊澄の決定がすべてですよ。ヘルミーナが気に病む必要などないでしょう。」
「サナエ様までそうおっしゃるなら……魔導工房の管理助手、謹んで務めさせて頂きます。」
ようやくヘルミーナが了解してくれたので、俺はもう一つ考えていたことを話す。
「ああ、それから王城の魔導工房にあるヘルミーナの荷物は、ここに運び込んでくれて構わないので。」
「イズミ様!…ご存知だったのですか?」
「ふふっ!良かったですわね、ヘルミーナ。これからも魔導具の研究が出来ますわね。」
ヘルミーナが口元を押さえて涙ぐむ。
アンナの側仕えを解任され、オーベルト家の一員であったヘルミーナは、アンナの配慮で使用を許されていた王城の魔導工房から退去させられる予定になっていた。色々と恩があるヘルミーナが、好きな魔導具研究が続けられる方法はないか、と考えていたところだったので、この魔導工房をヘルミーナが使えるようにするのは、渡りに船だったのだ。
「イズミ様!ありがとうございます!こうしてはいられません!わたくし、片付け頑張ります!」
嬉々として片づけを再会したヘルミーナとは反対に、今まで自分の自由に魔導工房を使ってきたリーブコットは、頭を抱えていた。
リーブコットにはヘルミーナというお目付け役が付きました。




