結婚式の誓い
王家の正装である金の刺繍が施された黒い軍服に白いマントを羽織った俺と、同じく王家の正装である金の刺繍の入った黒いドレスを着たアンナは、ピンと張り詰めた空気がある神殿に姿勢を正して着席している。
神殿の祭壇には、アインファングの世界で広く信仰されている創造神トールデンの像が主神として、一番高い場所に祀られている。創造神トールデンは、その名の通りアインファングの世界を創り出したとされる神様だ。
そして創造神の像の足元には、主神より生まれたとされる五人の女神、火の女神ブリーギッド、水の女神セドゥーナ、風の女神カールデア、闇の女神ヘカテイア、光の女神アグライア、それに聖女アンジェラの像を加えた六体の女神像が祀られている。
五人の女神は、世界を育む五つの属性を守護する存在として創造神と同じくアインファングで広く信仰されているが、聖女アンジェラについては空間魔法を創った者としてビルゲンシュタットで神格化され信仰されはじめた新しい女神だ。
どうやら俺のばあちゃんは、英雄どころか女神様扱いされているようです。
祭壇を背に神官が立ち、その前に今日の主役であるランベルトとヘルミーナが並んで跪いていた。俺とアンナは王族用に用意された来賓席から、その様子を眺めている。今日はランベルトとヘルミーナの結婚式だ。
本来であれば、上級貴族のヘルミーナと中級貴族のランベルトの結婚式なので大勢の貴族たちを神殿に集め、広く結婚したことを周知させるのだが、処罰を控えたオーベルト家から嫁ぐヘルミーナの結婚式という事で規模を押さえて、エーブナー家の親類貴族のみの集いとなっている。処罰前ということもありオーベルト家の親類は一人も招かれておらず、神殿内の席は半分程度しか埋まっていない。
盛大にお祝いできないのは二人に申し訳ないが、ヘルミーナへ処罰が及ばないように、早急にエーブナー家の一員にする必要もあったので結婚式を急いだ形だ。
その数少ない参加者の中に、俺は二人の主として、アンナは王族の代表として二人の結婚式の立会人として列席している。
ヘルミーナの主となった俺は、式が始まる前、満足な結婚式が行えなくてすまないと謝ったが、ヘルミーナは首を横に振った。
「罪を犯したオーベルト家の者である私が、結婚を祝って頂けるのです。感謝こそすれ、イズミ様に謝られるのは恐れ多いですわ。」
金の刺繍が入った薄い緑のドレスを着たヘルミーナは、そう言って嬉しそうに笑い、それを見てアンナも少し涙ぐみながら嬉しそうに笑う。
ヘルミーナの隣には、いつもより豪華な装飾が施された深い緑の軍服に、ヘルミーナのドレスの色と合わせた薄い緑のマントを羽織ったランベルトが、いつもと同じようにニコニコと笑いながら二人の様子を見ている。
「ヘルミーナ。とっても綺麗ですわよ。」
「ありがとうございます、姫様。…姫様のご結婚を見届けてからと思っておりましたのに、先にわたくしが結婚する事になってしまいました。」
「そうですね。敬愛する姫様より先に結婚をするなど申し訳ございません。」
ヘルミーナとランベルトが申し訳なさそうにアンナに頭を下げると、慌ててアンナが頭を下げるのをやめさせる。
「何をいっているのですか。二人とも良い年なのですから、わたくしに構わず結婚して貰わなければ困りますわ。遅いくらいですわよ!」
ヘルミーナは23歳、ランベルトは28歳、十代後半で結婚するのが当たり前のビルゲンシュタットの常識に当てはめると、二人とも適齢期はとっくに過ぎて、遅すぎる部類に入る。
俺は式が始まる前のやり取りを思い出しながら、祭壇に跪く二人を見守る。
厳かな雰囲気の中、祭壇を背にした神官が錫杖をシャラシャラと鳴らしながら祝詞を唱える。
「創生神トールデンより賜った大地に芽吹いた種が、懇々と燃ゆる火の女神ブリーギッドの糧を得て、渇きを癒す水の女神セドゥーナの実りの季節を迎え、舞い上がる風の女神カールデアの手により実った果実は摘み取られた。果実は夜の守り手たる闇の女神へカティアに抱かれ、新たな種をもたらす光の女神アグライアに託された。時の女神アンジェラの導きにより新たな種に祝福があらんことを…。」
正直言い回しの意味は良くわからないが、神々の祝福が新たな夫婦となるランベルトとヘルミーナにもたらされるという内容らしい。神官の祝詞が終わると誓いの言葉が交わされる。ビルゲンシュタットでは、婚約した際に男女が腕輪を交換する風習がある。結婚式では互いにその腕輪に口づけを行い誓いを立てるのだ。
一度二人が立ち上がり、ランベルトがいつものニコニコ顔でヘルミーナの左手を取り跪く。
ヘルミーナの左手首には、緑の魔石があしらわれた金の腕輪がキラリと光っている。ちなみに腕輪に付けられる宝石は送り手が得意とする属性の魔石だ。ランベルトの得意属性は「風」なので、緑色の魔石をあしらった腕輪をヘルミーナに送っている。得意属性の魔石を付けるのは、相手と共に生き、守るという意味があるそうだ。
「我が身朽ちるその日まで、貴女と共に歩み、貴女と共に身と心を主に捧げる事を、時の導き手たる聖女アンジェラ様に誓います…。」
ランベルトがヘルミーナの左手の腕輪にそっと口づけをすると、腕輪の緑の魔石が淡く輝く。ヘルミーナが少し恥ずかしそうに頬を染める。
二人の様子を微笑ましく思いながら、なんだか互いに誓いを立てるというよりは、俺への忠誠を女神アンジェラに誓うような言い回しに聞こえて、ビルゲンシュタットではこれが普通なのだろうと思っていたが、ざわざわと騒めきが参列者から起こり、俺に視線が向けられている事に気付く。
不安になってアンナに聞こうとしたが、アンナは苦笑いを浮かべて俺を見た後、「と、とんでもない誓いですね…。」と言ってカクリと下を向いた。俺はものすごく嫌な予感がした。
続いてランベルトが立ち上がると、ヘルミーナがランベルトの左手を取り跪く。ランベルトの左腕には、青い魔石の付いた金の腕輪がはめられている。
「貴方の望むままに、貴方と共に、わたくしの身と心を主に捧げることを、時の導き手たる聖女アンジェラ様に誓います。」
ランベルトがの左手の腕輪にヘルミーナが静かに口付けする。ランベルトは口角を上げ少しだけ笑みを強くする。ヘルミーナが立ち上がり、二人はそろって参列者に向かって腕輪が見えるように掲げる。
神官がコホンと咳払いした後、厳かに宣言する。
「ビ、ビルゲンシュタットに新たな夫婦が誕生しました。神々と共に大いなる祝福を!」
呆気にとられた様子の参列者からまばらに拍手が起こり始め、徐々に盛大なものになる。
俺は来賓席から精一杯の拍手を送る。隣にいるアンナは目を潤ませて、嬉しそうに拍手を送っていた。
「私も…早く…………………したいな。」
「ん?アンナ何か言った?」
アンナが何か言ったが、拍手にかき消されて聞き取れず、聞き返す。
「な、なんでもないです。」
アンナは、頬を膨らませて口を尖らせた。何故急に怒る?
何故だかアンナは少し不機嫌になり俺は困惑したが、無事にランベルトとヘルミーナの結婚式は終了した。
ランベルトとヘルミーナが無事に?結婚しました。
婚約式は貴族へのお披露目が目的で行われ、
結婚式は神々への誓いを立てる場になります。




