ヘルミーナの忠誠と祖父の本
王家の昼食会への参加は、全身傷だらけの俺にとって大きな負担だったようだ。話し合いが終わった直後に俺はまた倒れてしまい、再び熱にうなされ丸一日寝込んでしまった。今もまだ体は少し熱を持っていて倦怠感がある。
「熱い…。」
俺が虚ろな意識の中で、俺がそう呟くとイルメラが額や首筋の汗を冷たいタオルで拭ってくれる。ひんやりとして気持ちいい。
昨日の昼食会で俺が希望した通りランベルト、イルメラ、ヘルミーナの三人が俺の側近になり、すでに部屋の中にいる。ランベルトは部屋の入口に立って警備を行い、イルメラとヘルミーナが倒れた俺の看病をしてくれている。
「何か…飲み物を…。」
喉の渇きを訴えると、今度はヘルミーナが水差しで水を飲ませてくれる。熱っぽい体に冷たい水が入ってきて人心地が付く。
「ヘルミーナ。ありがとう。」
「他にご所望のものはありますか?軽い食事などもご用意できますよ。」
「…あまり食欲はないですね。」
「わかりました。ご所望の時は、いつでもお申し付けくださいませ。」
ぼーっと、天蓋の天井を見つめていると、視界の中に端でヘルミーナが目を伏せずっと俯いている。俺の様子を見て心配してくれてるのかなと思って声をかける。
「大丈夫ですよ、ヘルミーナ。まだ少し熱があるだけですから。」
俺が声をかけると、ヘルミーナがベッドの脇に跪いて胸に手を当てる。ちょっとびっくりしてヘルミーナに顔を向ける。
「わたくし、ヘルミーナは忠実なる側仕えとして、イズミ様にこの身命を賭して永久の忠誠をお誓い致します。」
「ど、どうしたんですか急に!」
「わたくしは姫様にこの10年間、忠誠を誓いお仕えさせて頂きましたが、イズミ様をサナエ様のもとに送り出した時に、姫様のもとを去る覚悟を決めておりました。ですがイズミ様は、わたくしが姫様をこれからも見守れる場をお与えくださいました。すでに姫様に一度誓った忠誠ではありますが、イズミ様に受け取って頂きたいと存じます。」
そんな大げさなと思ったが、顔を上げたヘルミーナさんの少し潤んだ瞳は真剣そのもので、半端な返答はできないと思った。
「ヘルミーナ。今までアンナを支えてくれたあなたを、私は信頼しています。これからも私とアンナを支えてください。」
「勿論でございます。わたくしの望むところでございます。」
ニコリとヘルミーナが笑ってくれたので、俺はほっとして息を吐く。そこではたと気付く。ヘルミーナはランベルトと婚約しているはずだ、男である俺に忠誠を誓って大丈夫だろうか?俺は扉の前に立つ、ランベルトを確認して、小声でヘルミーナに声をかける。
「…ヘルミーナ。私に忠誠を誓ってくれるのは嬉しいですが、男である私に忠誠を誓うとランベルトは気にするのではないですか?」
俺の疑問にヘルミーナは目を丸くした後、笑って答える。
「ふふふっ。確かにそのようなことを気になさる殿方もいらしゃいますが、ランベルトは大丈夫ですよ。本来であれば婚約を解消されても仕方ないオーベルト家のわたくしと、引き続き婚約関係を望まれる方ですから。」
「私がどうかしましたか?」
「ラ、ランベルト!」
いつの間にかヘルミーナの後ろにニコニコ顔のランベルトが立っていた。
「いや…あの、その。」
俺がしどろもどろになっていると、「大丈夫ですよ。」と言ってヘルミーナが立ち上りランベルトに説明する。
「ランベルトの婚約者であるわたくしが、イズミ様に忠誠を捧げたことを気にしてくださったのですよ。」
「なるほど、そういうことですか。ヘルミーナは私と同じく姫様に忠誠を誓った者です。さらに私の主となったイズミ様に忠誠を誓ってくれたのですから、嫌などころか大変望ましいですよ。イズミ様が必要であれば、私も今ここで忠誠を捧げましょうか?」
「ランベルト様が、忠誠を捧げるのであれば、わたくしも捧げさせてくださいませ。」
ランベルトが余計な事を言ったせいで、イルメラまでも忠誠の押し売りを初めてしまった。正直、重いのでやめて欲しい。
「私はランベルトもイルメラもすでに信頼しているので、改めて忠誠を誓って頂かなくても大丈夫です。」
俺が苦笑いを浮かべながらやんわり拒否すると、ランベルトはクスクスと笑った。その隣でイルメラがものすごく残念そうな顔をしているが、これ以上食い下がられても困ると思い俺は目をそらす。
その後も、ぼーっとして体を休めていると、ヘルミーナが本を持ってきてくれた。
「イズミ様。横になっているだけではお暇でしょうから読書など如何ですか?」
「いいですね。何の本ですか?」
「ご興味があるかと思いまして魔導具の本をお持ちしました。」
「是非、読んでみたいです。」
本が読みやすいようにと、ヘルミーナとイルメラが、ベッドにクッションを置いて体を起こせるように整えてくれた。本を受け取りペラペラとページをめくると、魔導具の絵とカタカナで書かれた説明文が並んでいた。どうやら魔導具の図鑑のようなものらしい。
ちなみにビルゲンシュタットの書物は、ほとんどのものがカタカナで書かれている。日本語が通じるのも不思議に思ったが、サナエ様の城で貴族の勉強をはじめて本を読んだ時には、文字がカタカナでさらに驚いた。
不思議に思ってサナエ様に聞いたところ、アインファングでは、日本語が昔から通じていたらしい。ただ、書物に関しては文字や書き方が統一されていない上に、識字率が低かった為、あまり普及していなかったようだ。それをいいことにサナエ様とじいちゃんが五十音のカタカナを文字体系として広め、カタカナで書物を書く文化を定着させたらしい。
今ではカタカナの識字率も上がり、ビルゲンシュタットではほとんどの書物がカタカナで書かれている。
「この本は、リョウゼン様がご自分で作られた魔導具について、まとめた本なのですよ。」
「へー、じい…祖父が書いた本なのですね。でも筆跡が違うような。」
「実はその本、私が翻訳して写本したものなのですよ。リョウゼン様の原書はすべて日本語で書かれていますから。」
俺は日本でカレーを作っていた時、ヘルミーナさんがレシピは日本語で大丈夫と答えていたことを思い出す。なるほど、日本語が読めたからかと納得しつつ、まだレシピを渡していなかったことを思い出す。
俺は本を閉じて、紙とペンを持ってきてもらうように頼むと、すぐにヘルミーナが持ってきてくれた。
ベッド用の書見台に紙を置き、カレーの作り方を思い出しながら日本語でレシピを書いていく。
「ヘルミーナ。遅くなってしまいましたがカレーのレシピです。」
「まあ!ありがとうございます。嬉しいです。お約束覚えて頂けていたのですね。今度作ってみたいです。」
ヘルミーナは満面の笑みでカレーのレシピを受け取ってくれた。
「その時は、ご馳走してください。カレーは皆で食べたほうが美味しいですから」
「ふふふっ。そうでしたね。」
俺は余った紙とペンを片付けてもらい再び読書を始める。じいちゃんが書いた本には沢山の魔導具が並んでいた。その中には、コンロやケトル、オーブンや冷蔵庫など日本では当たり前に家で使っているような調理器具や家電のような物もあり見ていて面白い。じいちゃんが、こちらでも生活を便利にしようと物づくりに励んでいたことを知り、俺も新しい魔導具を作ってみたいと思った。
ヘルミーナさんは、伊澄くんにとっても感謝しています。
その伊澄くんは、魔道具作りに興味を持ったようです。




