王家の家族会議 前編
王族の昼食会は予定通りに開催され、俺も痛む体を押して参加する昼食会の会場へ向かう。部屋に入ると既に国王夫妻とアンナが席に着いていたが、前回の配席と違っていた。上座に国王バルディアス様が座り、上手側の席に王妃エリザベート様、アンナの順番で座っている。俺は下手側、アンナの向かいの席に案内される。
「本日はお招き頂きありがとうございます。」
「ん?…ああ、楽しんでいかれよ。」
俺は主催者である国王バルディアスに招待の礼を述べたが驚かれ怪訝な顔をされた。何か失敗したか?それとも、俺から挨拶をされたのが嫌だったのだろうか?
イルメラに椅子を引いてもらいながら、痛みを堪えなるべく顔に出さないように席に座る。俺の隣の席が開いているのでそこにサナエ様が座るのだろう。挨拶を嫌がられたこともあり、この席順は俺をアンナの婚約者と認めていないという国王バルディアスの意思表示だと感じてしまう。前回の食事会では、アンナの隣に婚約者候補だったルドルフが座っていたのだから。
しばらくするとサナエ様がやってきて、俺の隣の席に座り食事が運ばれてくる。前菜のサラダ、スープ、副菜の魚のソテーと、このあたりまでは婚約者選定戦の俺の戦いぶりを話題にしながら食事を進められた。
だが、主菜の肉の煮込みを食べ始めたところで、わき腹の痛みもあり食事が進まなくなる。食事の手を止めている俺に気付いて、アンナが心配顔で声をかけてきた。
「お兄様。あまりお食事が進んでないようですが、まだお体の調子が悪いのではないですか?」
なるべく心配を掛けないように俺はニコリと笑い返す。
「大丈夫だよ。まだ少し痛みはあるけど、あまり体を動かしてないから少し食が進まないだけだよ。」
「大丈夫なら良いですが、無理をなさらないでくださいね。」
俺は主菜のお肉を半分ほど残し、料理人に心の中で謝罪しつつ食事を終える。
食後のお茶が運ばれてきたところで、国王バルディアスに食事のお礼をする。
「国王様。本日は美味しいお食事をありがとうございました。同席させて頂き光栄に存じます。」
やっぱり、国王バルディアスが目を丸くし、また驚かれたと思っているとサナエ様がコホンと咳払いをした。
「伊澄。何か勘違いしているようですが、あなたは今日わたくしの息子、王家に連なるエーレンベルク家の養子として参加しているのですよ。臣下の礼は必要ありません。」
「え!…でも、私が王家の?…そ、そうなんですか?…申し訳ありません。」
俺ってそんな立場で参加していたんだ。完全に今までと同じお客さん扱いだと思っていた。
「謝る必要はありませんが…ランベルト、伊澄に説明しなかったのですか?」
「申し訳ありません。王族のみの食事会とお伝えしたのですが、ご理解頂けていなかったようです。」
俺の後ろの方に立っていたランベルトが頭を下げ、眉間に皺を寄せ小さく溜め息をつく。いや、ランベルトさん!たしかに「王族のみの食事会」って言ってたけど、それではわかんないですよ!
俺がむっとしているとサナエ様が深く溜め息をついた。
「伊澄。わたくしはすでに王族と貴族の前であなたを養子にすると宣言しています。あなたは正式にわたくしの息子なのですよ。その認識をしっかり持ちなさい。」
「も、申し訳ありません。サナエ様。」
「サナエ様ではなく、母上…は難しいかもしれませんが、お婆様ぐらい呼んでくれてもいいのですよ?」
サナエ様が悪戯っぽく笑うので俺は、「それは勘弁してください。」と体を縮こませる。
国王バルディアスは苦笑いを浮かべ、王妃エリザベートとアンナがクスクスと笑っていて、俺は居た堪れなくなる。
ひとしきり皆に笑われたところで、国王バルディアスが人払いをして、部屋の中は王族五人だけになる。そして、国王バルディアスが厳しい表情になり口を開く。
「王として、アンナマリアとイズミの婚約は認められぬ!」
国王様は、いきなり本題をぶち上げた。想定はしていたが、その言葉に胸がぎゅっと締め付けられる。アンナもキュッと身を縮めて俯いている。
「なぜですか?イズミは婚約者選定戦に勝利し、その資格を得ました。あとは王であるあなたがそれを宣言するだけではないですか?」
サナエ様が国王バルディアスに対して、当然といった顔で反論した。
「イズミには、国政を支える派閥もなければ側近もいないのですぞ。王位継承者であるアンナマリアの婚約者としては足りないものが多すぎる。このままではまた国が傾いてしまうのですぞ。」
「派閥ごときで、王とあろうものが何と弱気な…。娘の願いを叶えてやろうという気概は無いのですか?」
むっとした表情で国王バルディアスがサナエ様を睨むが、サナエ様はすまし顔で受け流す。
「気概では国政は回せん!王族として生まれたからには、政略結婚は当然の義務だ。オーベルト家に取って代わる派閥の者をアンナマリアの婚約者に据えるべきと私は考えておる。今回の騒動についてサナエ様は、一体どう始末を付けるおつもりなのですか?これだけの画策をしておいて、何も考えてなかったでは済まされませんぞ!」
語気を強める国王に対して、サナエ様がやれやれっと言った風に首を左右に振る。
「私が国の安定を考え、王となって積み上げてきたオーベルト家の派閥と、それをより強固なものにする計画を壊したのはサナエ様ですぞ!一体何を考えておられるのやら!?」
「オーベルト家など王家に巣食う害悪だったのですから、王政から排除できる口実ができて良かったではないですか。己の利しか考えられぬ高貴さと義務を履き違えた貴族など、潰してしまえば良いのです。」
「理想だけで国は成り立ちません。官僚や騎士団の多くはオーベルト家の派閥の者たちです。彼らを排除しては王政を維持できませんぞ。」
国王バルディアスの言う通り、オーベルト家に連なる者たちが官僚に多くいるのであれば、それを排除してしまうと国が立ち行かなくなるのも、わからなくはない。だが、サナエ様は引くつもりはないらしい。
「オーベルトに力を与え、元々国を支えていた官僚を排除させてしまったのは、王であるあなたの責任です。今までオーベルトの者達がどれだけ不正を働いてきたか、それに対して王がどれだけ目を瞑ってきたか、調べは付いているのです。知らぬとは言わせませんよ。」
「ぐっ…そ、それは、綺麗ごとだけで国は…」
「おだまりなさい!あなたが招いた失態なのですから、責任を持って処分なさいませ。足りなくなる官僚は、オーベルトに排除されていた者を戻せば何とかなります。」
顔を青くした国王バルディアスに代わり、頬に手を当てた王妃エリザベートがサナエ様に答える。
「確かに、王の責任を果たすべきかも知れませんね。…しかし、官僚はどうにかなるとして騎士団の方はどうされるのですか?特に近衛の騎士団長をはじめ、要職に着いていた者の何人かは、婚約者選定戦に乱入した張本人たちです。それに加えルドルフも再起不能でしょうから抜けた穴は相当大きいと存じますが?」
「それについてはわたくしが現場復帰して対応します。老いたわたくしに遅れを取るような者たちが、近衛騎士団の要職についているなど、質の低下は否めません。わたくしが鍛えなおします。」
「まあ、サナエ様がですか?」
王妃エリザベートが驚いた声をあげる。国王バルディアスとアンナも目を丸くしている。
「わたくしが近衛騎士団長となって数年は頑張りますが、将来的にイズミが力を付ければ近衛騎士団長の席に座らせるのもありだと思います。本人が望んでいるかは知りませんが。」
みんなの視線が俺に集まる。そんな事を言われるとは思ってなかったので戸惑いながら苦笑いを浮かべる。
「さすがに私では力不足ではないですか?」
「何を言っているのですか?ルドルフ相手にあれだけの力を示したのです。椋善の孫という事を置いておいても検討に値しますよ。」
「貴族たちも、あの魔法はなんだと騒いでおりましたからね。」
「お兄様はすごいのですよ!」
「うむ。確かに最後に見せた技は、いままでに見たこともない見事なものであった。」
サナエ様だけでなく国王や王妃様、アンナまでもが俺を褒めるが、それでも俺には近衛騎士団長は荷が重すぎる。俺は工場の職人なのだから。
「で、できればやりたくないですね。戦うのは苦手です。」
「そうですか…でも少しは考えてみてくださいね。イズミが辞した場合も想定して、念の為にわたくしの補佐としてグレゴールを副団長にします。」
「しかし、グレゴールでは家格足りませんぞ。」
国王バルディアスが、それは無理ですといった顔をするが、サナエ様がニヤリと笑う。
「陞爵させろと言っているのですよ。今回の乱入を阻止した功績もありますから問題ないでしょう。それにオーベルト家への処分で上級貴族が減るのですから穴埋めは必要でしょう?」
国王バルディアスが苦々しい顔をした後、口角を上げながら俺に語りかける。
「陞爵については、まあ良いだろう。それと穴埋めという意味ならば、あの魔法を近衛騎士団の者たちに伝授してもらえぬか、それだけでも戦力強化になると思うのだが…。」
「それについては、私では判断できませんので近衛騎士団長になられるサナエ様にお任せします。」
「そうですね。かなりの魔力制御が必要な魔法ですからね、伝授についてはわたくしが人を選びましょう。」
サナエ様が簡単には広めないといった風にニヤリと笑うと、国王バルディアスが音の出ない舌打ちをして苦々しい顔になる。
王族による会議が始まりました。
会議はもう少し続きます。




