ランベルトの思惑
婚約者選定戦から六日後、ようやくベッドから起きれるようになった。頭の包帯は取れ、左腕の傷も塞がり問題なく動かせるようになったが、左のあばら骨はヒビが入っているらしく今もまだ呼吸するだけで痛い。
ささっと治せるような回復魔法があるのでは?と思いハイデマリーに聞いてみたが、病気や怪我の治療を行えるような魔法は無いらしい。魔法で治療が出来ないので、こちらの世界でもそれなりに医術や創薬は発達している。ハイデマリーが医師のような資格を持っているので、常に俺の容体に目を光らせてくれている。
サナエ様の城で訓練していた時も、体調管理に気を配ってくれていたのは、側仕えの仕事というよりも医師の能力だったみたいだ。
ハイデマリーの診断によると、「頭部と左腕に裂傷、腹部から左わき腹にかけて酷い打ち身があり、左側の肋骨二本にヒビが入っています。それから、背中と右手、両足に軽度の火傷、切り傷は至るところにあります。全部まとめて全治一か月というところですわね。」という事だった。なかなか酷い状態だった。
朝食を取り終え、お茶を飲んでいると、今はサナエ様の護衛をしているランベルトが部屋にやってきた。王家の護衛を辞任しているランベルトは、婚約者選定戦の後もグレゴールと共にサナエ様の護衛を務めているのだ。
ランベルトがテーブルを挟み俺の向かいに座ると、イルメラが二人分のお茶を用意してくれた。
ちなみにイルメラはハイデマリーと一緒に、俺の側仕えとして世話をしてくれている。護衛については、グレゴールの側近が二人ついてくれていて、今も部屋の入口を警備している。
「随分とお顔の色も良くなりましたね。婚約者選定戦の直後はせっかく勝利されたのに、死んでしまわれるのではないかと心配しましたよ。」
「痛みはまだ残っていますが、もう大丈夫ですよ。」
いつものニコニコ顔で、一応俺の体を案じてくれるがどこまで本心かわからない。それでも、やり方はともかくいつも色々と助言や訓練の協力をしてくれていたので、感謝もしているし、一定の信頼はしている。
「それで、今日は何の用ですか?」
「イズミ様は、戦いの途中から記憶が曖昧になっていると聞いたのですが、婚約者選定戦の後の事をどこまで覚えていらっしゃいますか?」
「覚えているのは、ルドルフに胸倉をつかまれて壁に追い詰められたあたりまで…ですね。そこからはかなり曖昧です。」
「では、そこから先、何があったかは、まだご存知無いのですね?」
ランベルトが俺ではなくハイデマリーさんの顔を見て確認する。ハイデマリーが首を縦に振って答える。
「イズミ様は、昨日まで絶対安静で、ほとんど寝ておられましたから、まだ詳しいことはお伝えしていませんよ。」
ハイデマリーの言う通り、俺は昨日まで傷から来る痛みと熱で、ほとんどの時間を寝て過ごしていた。時々アンナやサナエ様が様子を見に来てくれていたが、朦朧としていてあまり話もしていない。俺がなぜ勝てたのか?ルドルフがどうなったのか?など、気になることは幾つもあったが誰にも聞けていなかった。
「なるほど、サナエ様から頼まれた言伝の事を考えると、私からある程度の状況をお伝えした方がよさそうですね。」
「サナエ様からの伝言ですか?」
「そうです。本日、王族のみで昼食会を行い、そこで今後についての話し合いがおこなわれます。イズミ様が動けるようであれば必ず参加するように……とのことです。」
「王族の昼食会に…必ず…ですか?」
ビルゲンシュタットに来て早々に行われた昼食会を思い出し、行くのが億劫になる。ルドルフが居たあの昼食会だ。それを見透かしたようにランベルトが、くくっ、と笑った。
「参加されるのは、国王ご夫妻とサナエ様、アンナマリア王女殿下だけです。イズミ様が懸念されるような者は参加しませんし、そんな酷い話にはなりませんよ。」
「わ、わかりました。謹んで参加させて頂くと伝えてください。」
「承知いたしました。」
国王夫妻が俺に対してどういう思いを抱いているのか少し不安はあるが、サナエ様が居てくれるなら心強いと思い昼食会への参加を承諾する。
「話を戻させて頂きますが、婚約者選定戦後の状況について私から説明させて頂きます。昼食会での話し合いにも必要な情報だと思いますので。」
俺は、ランベルトにコクリと頷く。
「まず、イズミ様がルドルフに勝利した状況についてですが、例の魔法の剣を使われたのは覚えておいでですか?」
「練習では魔力出力が足りず、結局ランベルトに実戦で使うのは難しいと判断された魔法ですよね?使ったのですか私は?」
例の魔法の剣とは、プラズマの剣の事だ。サナエ様の城でランベルトと練習していた奥の手になるはずの技だったが、剣の状態を維持するためには、魔力出力のほぼすべてを使わねばならず、魔法壁どころか身体強化も併用できない代物だったので、ランベルトの判断で実戦使用は止められていた。その為サナエ様やグレゴールにも技の事を伝えておらず、技の存在を知っていたのはランベルトだけだった。それなのに俺は使ってしまったらしい。まったく覚えていない…。
「…その、すいません。止められてたのに使ってしまって…。」
「いえいえ、結果として勝利されたのですから、使用されたのは間違いではありませんよ。私の想像を超える結果には驚きましたがね。ルドルフは左腕を斬り落とされたので、騎士としては再起できないでしょうから。良くぞやられたと褒めて差し上げますよ。」
え…俺、ルドルフの腕を斬り落としちゃったんですか…。覚えてないとはいえ、さすがにやりすぎではないかと血の気が引く。
「くくっ、イズミ様が気にされることは無いですよ。イズミ様を軽く見たルドルフの自業自得ですから。ですが、ルドルフの腕と鋼の剣をいとも簡単に斬り落とした威力は、多くの貴族に注目され、サナエ様にも驚かれていましたよ。イズミ様の力を示せたのは良いことですが、その力欲しさに近寄ってくる者もおりますので、技の伝授も含めてしっかり相手を見極める必要があります。それは国王からの要請があったとしてもです。少なくともサナエ様には必ずご相談ください。」
「わ、わかりました。誰に言われようと必ずサナエ様に相談します。」
あの技が、そんなに注目を得てしまっていたとは…プラズマの剣、恐るべし!俺は右手の人差し指と中指を見ながら開いたり閉じたりして、人に向けて使わないように気を付けようと思う。
「戦いの後の事についてですが、ルドルフが戦意を喪失し、イズミ様の勝利が確定しましたが、イズミ様が意識を失われてしまいました。そこに、愚かにもオーベルト家の者たちが、神聖な婚約者選定戦に乱入を企てました。姫様とサナエ様のご活躍ですぐに取り押さえ、事なきを得ましたが、残念ながら婚約者選定戦はうやむやな状態で幕を閉じました。ルドルフの敗北を認めたくなかったのでしょうが、当主ヴァルターを筆頭にオーベルト家の者たちは、厳罰に処される事になるでしょう。処分の内容も昼食会で議論されると思いますので何か要望があればその場でご意見ください。オーベルトの一族にはヘルミーナもおりますので…。」
ルドルフも大概だったが、あの小太りのオーベルト家当主もやり過ぎてしまったようだ。あまり興味は無いが適切に処分してもらおう。だが、ヘルミーナも処分の対象に含まれるのは、俺の望むところではない。できる限り影響が無いようにしたい。ランベルトの婚約者でもあるしね。
「そしてこれが一番重要な部分ですが、先ほど申し上げたオーベルト家の乱入があった為、イズミ様はまだ、姫様の婚約者として正式に宣言されておりません。」
ちょっとオーベルト家!何やってくれてんだよ!俺は重い処分にしてもらおうと考えを改める。
「で、でも、勝ったのは認められているんですよね?」
「勝利は認められていますが、イズミ様は意識を失われていましたし、乱入でうやむやになり王が宣言できませんでしたから、…今のところイズミ様は、公にはまだ婚約者候補の状態です。」
「そ、そんな馬鹿な…。」
「はい、馬鹿な話です。ですから今日の議題でこの話が出た場合、婚約者の座を必ず正式宣言するように王に約束させてください。サナエ様も協力してくださいますので。」
ニコニコ笑っているランベルトの目が据わっている。
「俺が国王様に約束をさせられなかったらー」
「私が決して許しません。」
「はい?」
「許さんと言っています。」
食い気味で、殺気の籠った真顔で言葉を放ったランベルトに俺は驚愕する。
コホンと咳払いをしてランベルトがニコニコ顔に戻る。
「イズミ様には姫様の願いを叶えて頂きたいということです。私の忠誠を捧げる姫様には願いを叶えて頂きたいのですよ。」
「わ、わかりました。頑張ります。」
一瞬ランベルトのアンナへの忠誠心の強さというか、恐ろしさが垣間見えて俺は苦笑いを浮かべる。チラリと母親であるハイデマリーに視線を向けると、深い溜め息をついていた。
「あと最後に、私からイズミ様にお願いがあります。」
「なんでしょう?私に出来る範囲であれば…。」
ランベルトがイルメラに視線を向けた後、俺に向き直りニコリと笑みを深める。
「以前にも少しお話ししましたが、私を護衛騎士として、イルメラは側仕えとして、イズミ様の側近にしてください。イルメラはもともと下級貴族で立場が弱い上に、今回の件に巻き込まれて色々と立場が危うくなっています。正式にイズミ様の部下としてサナエ様の庇護下に入れて頂きたいのです。」
「な、なるほど…。」
イルメラが申し訳なさそうな顔で俺を見ている。
確かにハイデマリーの授業でも教えてもらい、下級貴族の立場が弱いのはわかる。それに今回の件では、俺と駆け落ちした噂も上がっており、そのあたりの責任をイルメラが取らされる可能性があるのかもしれない。というか噂流したのランベルトな気もするけど…。まーでも、イルメラには、色々助けられたので力にはなりたい。
「イルメラについては分かりました。ランベルトはどうしてですか?アンナマリア様の側近になる方がいいんじゃないですか?」
アンナに忠誠を誓っているのだから絶対その方がいいと思うんだけど?
だが、ランベルトは首を横に振る。
「私は一度王の側近を辞していますから、王族の側近になるのは難しいのですよ。それになれたとしても姫様とは性別が違いますから、常にお側で護衛することができません。それよりはサナエ様の養子となられ、姫様の伴侶となるイズミ様にお仕えする方が、結果的に姫様のお力になれると、私は考えているのですよ。」
んー、一応理由としては真っ当な気もするが、何か裏があるのではと思ってしまう。だってまたハイデマリーが溜め息ついてる。まーでも頼りになる人が近くに居てくれるのはありがたいと思うことにする。
「わかりました。ランベルトとイルメラの事も今日の話し合いで、議題に上げてみます。」
「よろしくお願いします。我が主。」
ランベルトとイルメラが恭しく俺に頭を下げた。
次回は王族達との会議です。




