勝利の涙
目が覚めると全身に強烈な痛みを感じた。特に痛いのは左のわき腹だ。あまりの痛みに思わず声をあげる。
「痛だだだだっ…。」
「イズミ様?…イズミ様っ!気が付かれたのですか!?」
「イズミ様がお目覚めになられました!」
俺が寝ているベッドの脇にハイデマリーとイルメラが駆け寄ってきた。ものすごく心配そうな顔で見られた。何事かと思って体を起こそうとしたが再び痛みに襲われる。
「痛ったたたたたっ!」
「無理に動かず、安静になさってください!」
「そうです!酷いけがをなさっているのですから。」
痛みが収まるのを待って自分の状態を確認していく。両脚はそんなに痛くない、普通に動かせる。右手も大丈夫だ。左は二の腕の辺りがじんじんと痛くて動かせない。首から上も普通に動くが、頭は何か布のような物が巻かれている。何より一番やばいのが鳩尾から左脇にかけてだ、少し体を動かすだけで激痛が走る。
今自分がいる場所を確認する。サナエ様の城の部屋では無い。だが見覚えのある部屋だ。ああ、そうかと思い出す。王城で使っていた客間だ。徐々に記憶が繋がりだした。サナエ様の城から王城に移動して、アンナの婚約式に乗り込んだのだ。そこで婚約者選定戦の開催が決定しルドルフと戦ったが、途中までしか記憶がない。じいちゃんの圧縮魔力弾を外して追い込まれてからどうなったのかわからない。アンナが泣き叫んでいたのを何となく覚えている。
覚えている状況と今の体の状態を考えれば、俺は負けてしまったのだろう。まだ、命があっただけましなのかもしれない。俺は負けたのか。アンナはあのクソ野郎のものになってしまうのか…。悲しみ、怒り、悔しさが込み上げてくる。必死に頑張ったが勝てなかったのだ。今にも泣いてしまいそうなので動かせる右腕で目元を隠す。
「どうされました、イズミ様?具合が悪ければおっしゃってくださいね。」
ハイデマリーが心配して声を掛けてくれる。優しくされると余計に辛い。
「ずびっ…大丈夫です。」
「…イズミ様、泣いていらっしゃるのですか?」
「泣いてません。…大丈夫です。」
「泣くほど痛いのでしたら、本当におっしゃってくださいませ。」
「…本当に大丈夫です。」
本当に泣きそうなので、これ以上優しくしないで…ハイデマリー。
しばらく黙って泣くのを我慢していると、部屋に誰かが入ってくる声がした。声からするとアンナとサナエ様だ。ベッドの脇まで来たのが気配でわかる。
「お兄様!大丈夫ですか?どこか痛むところはありませんか?」
「丸二日も寝込んで起きないのですから、本当に心配しましたよ。でも、目を覚まして安心しましたよ。」
ああ、もう駄目だ。泣くのを我慢できない。結局何もできなかった俺に優しくしないでくれ。サナエ様にあんなに良くしてもらったのに、アンナの願いを叶えてあげられなかったのに…。
右腕で隠している目からどんどん涙が溢れてくる。歯を食いしばって鼻水をズズズズッとすする。泣いているのはバレバレだ。
「お兄様!どうされたのですか?なぜ泣いておられるのですか?どこか痛いならおっしゃってくださいませ!」
「ずびっ…ごめん、アンナ。…本当にごめんな。」
「なぜ、お兄様がわたくしに謝るのですか!お兄様が謝る必要などありません!」
「ずびびっ……本当にごめんな…アンナ。」
「だからどうしてお兄様が謝るのです?…わたくしの為にあんなに一生懸命に戦ってくれたではないですか。わたくしは嬉しかったのですよ。むしろお兄様を信じていなかった、わたくしの方が謝らなければなりませんわ。」
なんで負けた俺にそんなに優しくするんだよ。あんな男と婚約しないといけないアンナの方が何倍も可哀そうじゃないか。
「ずびびびびっ…俺は、アンナを…勝ち取りたかったんだ…。」
「お、…お兄様?」
「ずびっ!…それなのにあんな酷い男と…アンナが婚約しないといけないなんて…ずびっ…全部俺が負けたせいだ…ずびっ。」
「な?何をおっしゃっているんですか?お兄様?」
「伊澄…どうしたのです?おかしなことを言って?」
サナエ様まで、…おかしな事じゃないですよ。俺が負けたせいでアンナを助ける計画が失敗したんですよっ!
「ずびびっ…サナエ様にも謝らなければなりません。…色々と鍛えてもらったのに…負けてしまって、本当にすいません。」
「ちょっと待ってくださいませ、お兄様!」
「そうですよ伊澄。何故あなたが負けたことになっているのです?」
あれ?何かおかしい…。
「いや…だって俺、ルドルフに負けたでしょ…圧縮魔力弾を外して…。」
「な、何を言っているのですかお兄様?」
「もしかして覚えてないのですか?」
いや、だって負けたよね俺?
「ルドルフに押さえつけられて…アンナはすごい泣いてたし…俺、今こんなにボロボロだし…俺が負けて…アンナはルドルフと婚約するんじゃ…?」
俺は、右腕を除けて、枕元にいるアンナの顔を見ると、眉を寄せ頬を膨らませて俺を睨んでいる。あれ、なんか怒ってる?
「馬鹿なことを言わないでくださいませ!アンナと婚約するのはお兄様です!お兄様が勝ったのですよ!」
「まさか…無意識であれだけの事をやってのけていたなんて…本当に伊澄は規格外なのですね。」
あれーっ…なんだかサナエ様にも呆れられている。本当に俺が勝ったの?
「じゃ…じゃあ、俺はアンナの婚約者になれるんですか?俺はアンナと一緒にいられるんですか?」
「はい!お兄様はアンナの婚約者です。ずっとアンナと一緒にいてくださいませ!」
アンナが、目に涙を浮かべて、ニコリと笑って俺の右手を取って両手で握りしめた。手から伝わるアンナの体温を感じて、俺の目からまた涙が溢れた。だけど今度は悔し涙ではなく嬉しい安堵の涙だ。
「ちょっ、お兄様!なぜまた泣くのですか!?」
自分が負けたと思っていた伊澄くんでした。




