婚約者選定戦
サナエ様による婚約者選定戦の宣言が行われた後、二時間ほどの休息と準備の時間が取られ、婚約式に参加していた王族と貴族すべてが王城の裏手にある闘技場へと移動した。
闘技場は直径50メートル程の円形の建物だ。中心の30メートルほどが舞台になっており、それを囲むように、壁と階段状の客席が作られている。
舞台を取り囲む客席には、ざわざわと騒ぐ大勢の貴族たちが座り、戦いの始まりを待っている状態だ。
俺とルドルフは、舞台の真ん中に、5メートル程の距離を開けて、お互いを睨みあっていた。ルドルフは俺を見下すような余裕の表情を浮かべている。
一方の俺は、緊張で心臓がバクバクと鼓動を打ち、冷や汗が止まらない状態だ。今まで喧嘩すら碌にしたことが無かった俺が、命を掛けた戦いをするのだ。その恐怖たるや半端ではない。必死に平静を装っている。
「ふんっ。魔法も使えぬゴミ虫の分際で、近衛騎士団の部隊長のこの私に戦いを挑むなど、愚かとしか言いようがないが、逃げずに舞台に上がったことは褒めてやろう。」
「お褒め頂けるとは光栄ですね。精一杯頑張らせて頂きます。」
ルドルフが安い挑発をしてきたので、できる限りの笑顔で皮肉を返しておく。声が震えなかっただけでも自分を褒めたい。
「その顔がいつまでできるかな、楽には殺さんぞ…。じわじわと嬲り殺しにしてやる。貴様の泣きわめく姿を存分にアンナマリアに見てもらうのだ。アンナマリアはどんな顔をするか、楽しみで仕方がない。くふふふふっ。」
舌なめずりをして笑うルドルフにドン引く。この男、完全にサイコパスではないだろうか。こんな男がアンナの婚約者だったのかと思いゾッとする。
「くふっ。王族のご登場だ。まったく忌々しい、元王妃と貴様さえいなければ、私はあそこに座っていたはずなのだからな。」
観覧席の一角、王族用に装飾が施され一段高くなっている場所がある。国王バルディアスと王妃エリザベート、サナエ様とアンナが入ってきて席に着く。席の周りを側近たちが固める。
国王バルディアスは不貞腐れた顔をし、王妃エリザベートは困った表情を浮かべている。こんなことになるとは思っていなかったのだろう。
アンナは、俺が戦うのが不安なのだろう。俯いてこちらを見ようとしていない。
サナエ様は、俺と視線があうとニコリと微笑んでくれた、俺ならできると背中を押してもらえた気がする。
「くふふふっ、アンナマリア、もうすぐお前が私のものになる。見てみろあの美しい姿を、あの美しいアンナマリアを私が汚すのだ。今までずっと待ってきたのだ。あの美しい姫君を汚せる日を、苦痛にゆがむ顔を見る日を、あれは私のものだ。貴様のようなゴミ虫に渡すものか…。」
アドレナリンが出ているのか、ルドルフが興奮し完全に悦に入っている。こんな変態野郎と結婚などしたら、アンナが何をされるかわからない。絶対に負けられない。
ざわざわとしていた会場が、王族の登場で徐々に静まり返っていく。
そして、国王バルディアスがおもむろに立ち上がると、苦々しい顔をして低く響く声で宣言する。
「これより、ビルゲンシュタットの伝統に則り、己が力を示さんとする婚約者候補どうしの神聖なる決闘、婚約者選定戦を行う。この戦いの勝者には、我が娘アンナマリア第一王女の婚約者の地位を約束するものとし、ここに集まる王族、貴族すべてが証人となり、これが王命である事を宣言する。」
会場の貴族たちから「わあああぁー」と歓声があがり、驚いてびくっと体が硬直する。しばらくその様子を見守っていた国王バルディアスが右手をすっと上げると、再び静まり返る。俺は極度の緊張で今にも吐きそうだ。
「それでは、二人の婚約者候補よ、相手を降参させるか、戦闘不能にするまで悔いなく命を賭して戦うがよい!」
王族席の脇にあった大きな銅鑼が鳴らされ、戦いの火ぶたが切って落とされた。
会場の貴族たちが、銅鑼の音に反応して大きな歓声を上げる。
「さあ、ゴミ虫。楽しい殺戮ショーの始まりだ!」
開始早々、剣を抜いたルドルフが身体強化を使い、襲い掛かってきた。
いよいよ、伊澄くんの戦いの幕開けです。
今回はちょっと短めのお話でした。