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オレの嫁は、異世界育ち。  作者: 十草木 田
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アンナの婚約式

 貴族知識の勉強、魔法戦闘の訓練に明け暮れた日々が終わり、俺はアンナの婚約式当日を迎えていた。婚約式には多くの貴族が招かれているでそれに紛れるよう、昨日のうちにサナエ様の城から馬車で移動し、王城を囲む貴族街にあるエーブナー家の屋敷に身を潜めていた。貴族街にはサナエ様の所有するエーレンベルク家の屋敷もあるが、サナエ様は隠居していて招待を受けていない。なので屋敷に動きがあると、計画がばれる可能性があった。

 それを避けるため、貴族として正式に招待されているエーブナー家を利用し、グレゴールとハイデマリーの従者のふりをして、正面から堂々と王城に入ることになっている。

 但し、サナエ様も一緒にいるので、騒ぎにならないように婚約式がはじまる直前に乗り込む計画になっている。

 刻一刻と迫る婚約式をぶち壊す計画の実行を前に、俺の緊張は最高潮に高まっている。


「伊澄。少し落ち着きなさい。」

「申し訳ありません。いよいよと思うと、緊張が抑えられず…。私は上手く立ち回れるでしょうか?」

「大丈夫ですよ。あなたの頑張りで十分な準備が出来ました。お膳立てはわたくしに任せて、あなたはルドルフに勝つことを考えてくださいませ。」


 サナエ様は俺を勇気づけようとしてくれるが、俺はまだ確信が持てていない。この二十日ほどで色々と学び、記憶を取り戻したこともあり、魔法で戦うことも覚えた。奥の手も用意してもらったが、ルドルフに勝てるのか不安はある。相手は、大貴族の長男で近衛騎士団の部隊長だ。


「あの、今の私とルドルフ、どちらが強いですか?」

「相手は大貴族として教育を受け、近衛騎士団の部隊長を拝命した実力者ですからね。イズミ様も短い間で随分と成長されましたが、英雄リョウゼン様の孫と贔屓目に見ても、普通は勝てる見込みのない相手ですね。」

「ぐっ、…やはりそうなのですね。」


 ランベルトが飾らぬ言葉で現状を評価してくれた。ランベルトの公平で冷静な考察力は信頼できるが、現実を突きつけられて俺はうなだれる。


「おい!ランベルト!イズミ様を不安にさせてどうする!」


 グレゴールが目を吊り上げてランベルトに詰め寄るが、ランベルトはいつものニコニコ顔でまったく意に介していない。


「父上。嘘は付いていません。それが現実です。」

「そ、そうかもしれんが、もう少し言い方というものが…。」

「実力の差は明白、それは曲げようのない真実です。…ですが、私はイズミ様が負けるとは思っていませんがね。」


 ランベルトが俺に視線を向けてニヤリと笑う。

 グレゴールは、魔法戦闘の基礎を俺に教えてくれていたが、ランベルトは訓練後半から勝つための戦い方を教えてくれた。そのランベルトが負けないと言ったのだ、少しは自分を信じてもいいかもしれない。


「サナエ様。そろそろお時間です。」

「では、皆参りましょう。」


 控えていたハイデマリーが、王城へ向かう時間が来たことを告げる。サナエが立ち上がるのに続いて、皆が立ち上がり準備を整えていく。いよいよだ。




 サナエ様と俺を囲むように、グレゴールとランベルトを筆頭とした護衛騎士が並び、ハイデマリーとイルメラといった数人の側仕えが後ろに続いて、王城の回廊を堂々と歩いて大広間に向かう。

 何事かと警備の兵が駆け寄るが、サナエ様の存在に気付いて驚くだけで止めようとする者は一人としていない。

 婚約式が始まっているはずの大広間の正面入り口に到着し、サナエ様が扉を守る衛兵に命じる。


「扉を開けてくださいませ。」

「前王妃様。婚約式がすでに始まっております。お開けすることはー。」

「わたくしは、開けよといいましたが?」

「は、はい!失礼いたしました!」


 笑顔を浮かべたサナエ様の威圧に負け、衛兵が慌てて扉をあける。サナエ様が躊躇いなく大広間に入っていくので遅れないように、俺も歩みを進める。

 扉が開き前王妃が登場したことで、婚約式に参加していた大勢の貴族たちからざわめきが起こる。


「前王妃様だぞ…なぜこちらに。」

「隠居なされたはずでは…。」

「病まれたと聞いたがご壮健ではないか…。」

「あれが、…噂に名高い剣姫サナエ様か。」

「老いたとはいえ、気高く気品があられる…。」

「まさか…ご尊顔を拝謁できるとは…。」


 左右に並ぶ貴族たちから上がる囁きを気に留める様子もなく、サナエ様は先頭に立ち正面にある王座へ向かって優雅に歩み進める。

 俺はサナエ様に続いて歩きながら、王座に目を向ける。苦々しい顔をした国王バルディアス様と困った表情を浮かべる王妃エリザベート様が並んで立っている。その前には、俺に対して殺気のこもった視線を向けるルドルフと、赤い目を丸く開き驚いた様子のアンナが跪いていた。


「これはこれは前王妃様。この目出度き婚約式の場に何用でございますかな?」


 王座の下までやってきたサナエ様を止めるように、貴族の列から豪奢な礼服を来た小太りな男が現れる。グレゴールがサナエ様を庇うように前に出ようとするが、サナエ様が軽く手を上げて制止した。


「無礼者。誰に口を開いておる。控えよ。」

「ぐっ…。」


 サナエ様の歯牙にもかけない物言いに、小太りな男は苦虫をかみつぶした顔で引き下がる。何者だろうと考えているとランベルトが「ヴァルター・オーベルト、ルドルフの父親です。」と耳打ちしてくれた。

 今のが、ルドルフの父親で国王バルディアスの後ろ盾になっている貴族の筆頭だと理解する。アンナを苦しめる原因の大本だ。


 グレゴールやランベルト達が王座の脇に控える中、サナエ様が王座への階段を上る。


「伊澄もこちらへ。」


 サナエ様の発言に、いっそう大きなざわめきが起こるが、俺は腰のベルトにぶら下げている鍵束をギュッと握った後、意を決して階段を上り、サナエ様の隣に並ぶ。

 アンナの様子を伺うが、一瞬目が合った後、顔を伏せて視線を外す。まるで、見ないでと言っているようだ。


 サナエ様と俺を交互に見ていた国王バルディアスが、唸るような低い声で口を開いた。


「…どういうおつもりですか?…サナエ様。」

「もちろんわたくしの曾孫の晴れ姿を見に来たのですが、何か問題でも?」

「そうではない!イズミをなぜ王座に上げたのかと聞いているのだ。」


 王座に上がることが許されるのは、王族とそれに類する者のみだ。普通に考えれば異世界から来た貴族でもない俺が上ることなど許されない。サナエ様は何を考えているのだろう。


「王は、伊澄が玉座に立つに相応しくないと申されるのですか?」

「その通りだ。」

「前王妃様。王の言う通りです。そのような下賤な者を王座にあげるなど、王座を汚す行為ではありませんか!」


 俺をずっと睨んでいるルドルフが、王の言葉を補足するように発言する。しかし、それを制するようにサナエ様がギロリとルドルフを睨む。


「ふっ、親子そろって愚物なこと。そなた誰に向かって口を開いておるか、分かっておるのか?王座に相応しくないのはそなたではないか?」


 サナエに気圧されながらも、こけにされ怒りの表情を浮かべたルドルフが反論する。


「わ、私は王女の婚約者です。王族となる私が王座に相応しくないとは聞き捨てなりません。」

「そなた何を勘違いしておる。そなたはアンナマリアの婚約者候補であって、婚約者ではない。わきまえよ!」

「ぐっ…。私以上に婚約者に相応しいものなどおりません!今まさに婚約者になろうとしているではないですか!何をバカげたことを!」

「そうですぞ!ルドルフは私が決めたアンナマリアの婚約者です。いくら元王妃とはいえ、口が過ぎますぞ!」


 顔を赤くして怒る国王バルディアスがルドルフの言葉に乗って、サナエ様に食ってかかるが、サナエ様はふふふっと笑って俺を見る。


「王よ。最も相応しい婚約者候補は、ここにおるではありませんか?」


 唖然とする国王バルディアスやルドルフをはじめとした大広間にいる者たちを無視してサナエ様が語り始める。俺も同じく呆然としてサナエの話を聞く。


「この者は伊澄。かつてわたくしと共に戦った英雄、椋善の直系の孫です。そしてわたくしの、いえ前王家であるエーレンベルクの傍系でもあります。家柄、血筋としても婚約者候補として相応しいでしょう。」


 大広間を埋める貴族たちからどよめきが上がる。


「リョウゼン様の孫という事は、聖女アンジェラ様のお孫様でもあるではないか…。」

「前王妃様とリョウゼン様は従兄妹のはずだ、確かに前王家の傍系にあたる…。」

「ルドルフ殿より婚約者に相応しいのではないか?」

「だが、そのような者が居たとは、聞いたことがありませんが…。」

「あの者は、下級貴族の娘を手込めにするような不埒者ですぞ…。」


 どよめく貴族たちを見回した後、国王バルディアスが苦々し気にサナエ様を睨む。


「この場で、そのような世迷言を…。」

「前王妃様というお方が、そのような虚言をはかれるとは!その者は下級貴族の娘と駆け落するような不埒者ではありませんか!王家に連なるものなどとは思えませぬ!」


 ランベルトが流した情報を知っていたのだろう、ルドルフが俺を指差しながら噂の内容を論う。それを聞いたアンナが、泣きそうな顔で俺と玉座の脇にいるイルメラを交互に見ている。アンナさん、俺とイルメラはそんな関係じゃないからね。


「あらあら、わたくしは嘘など付いておりませんよ。何か行き違いがあるようですね。わたくしは、後見人として伊澄をわたくしの城に招いただけなのですが、どうなってるのですかランベルト。あなたが報告しているのではないですか?」


 王座の下に控えるランベルトにサナエ様が話を振る。いつものニコニコ顔ではなく真面目な顔をしたランベルトが答える。


「恐れながら、サナエ様の城にイズミ様がいらっしゃると知った時には、王の護衛騎士を辞していましたので、まだ王へのご報告が出来ておりませんでした。本日ご報告できればと思っておりましたが、まさかこのような事態になるとは思っておりませんでしたから、痛恨の極みでございます。私が至らぬばかりに混乱を招いてしまい申し訳ありません。」

「まあまあ、そうでしたか、王の側近を辞していたのなら報告出来ていなくとも仕方ありませんわね。あなたの責任ではありませんよ。」

「御寛大なお言葉、恐れ入ります。」


 サナエ様はランベルトにニコリと微笑むと王に向きなおる。


「では改めて宣言いたしましょう。前王妃たるわたくしは、椋善の孫である伊澄を養子として迎え、前王家エーレンベルク家の家督を継承する者として指名し、アンナマリア王女の婚約者候補の一人とします。」


 サナエ様とランベルトの掛け合いは、ものすごい茶番劇だったが、それでも効果があったようだ。

 再び会場内にざわめきが起こったが、俺を否定するような声は上がらなくなった。

 というか、サナエ様の養子になって前王家の家督を継ぐとか聞いてないんですけど、俺には荷が重すぎませんか?…などとは今更言えず、背中に冷や汗が流れるのを感じながら平静を装う。


 流れとしてはこちら側に確実に傾きつつある。

 俺がじいちゃんの孫であるのは国王バルディアスも知っている事実なので否定はできないし、貴族たちにも先ほどの話で納得感が生まれつつあるようだ。だが、ルドルフは違ったようだ。


「王よ!このような世迷言を許して。魔法も使えず、アンナマリア姫を守れぬような者を婚約者候補にして良いのですか?」

「う…うむ。そうであるな、力なき者は王配としては足りぬ!」


 国王バルディアスの同意を得たルドルフがどうだとばかりに俺を睨みつける。俺も負けじと睨み返す。もう戦いは始まっているのだ、気持ちでも負けるものか。


「なるほど。伊澄では、力が足りぬと申されますか。」

「その通りです。力なき者はアンナマリアには相応しくない!」


 国王バルディアスも反論できまいとばかりに、サナエ様を見下すような視線をむける。


「では仕方ありませんね。伊澄の力を示さねばなりませんね。どうしますか伊澄?」

「必要とあらば、喜んで我が力を御覧に入れましょう。」


 俺は事前に決めてあったセリフを吐く。


「まあ、なんて頼もしいことでしょう。では、ビルゲンシュタットの慣例と伝統に則り、ルドルフと伊澄の婚約者選定戦を実施することに致しましょう。」

「何を馬鹿なことを!」


 サナエ様の提案に国王バルディアスが噛みつくが、サナエ様は飄々とした様子で答える。


「馬鹿なことではありませんよ。ビルゲンシュタットの伝統で、私も前王に娶って頂く際に通った道でもあるのですよ。王はわたくしを愚弄するのですか?」

「そ、そのような事は…ありませんが…。」


 なんと、サナエ様も前王と結婚するために、婚約者選定戦を戦ったことがあるようだ。ビルゲンシュタットの伝統、恐るべしだ。国王バルディアスも反論できず気圧されている。


「王よ。ご心配には及びません。このような小物、近衛騎士団の部隊長である私が蹴散らしてくれましょうぞ。格の違いというのを分からせてやります。」


 自信過剰なルドルフが、予想通り食いついてきた。自分が負けるはずないと舐め切った表情で俺を見ている。


「ふふふっ。二名の婚約者候補、それぞれからの同意も得られましたので、さっそく婚約者選定戦を行いましょう。ここにいる皆が証人となるのです!」


 サナエ様の高らかな宣言で大広間に「おおー!」という歓声が上がった。これで計画通り、俺とルドルフの戦いでアンナの婚約者が決まることになった。絶対に負けられない戦いだ。


 アンナが今にも泣きそうで顔で心配そうに俺を見ている。俺は任せておけと意思表示に、ニコッと笑って自分の胸を二度叩いた。

遂に伊澄くんがアンナちゃんを取り戻すための戦いを始めました。

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