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オレの嫁は、異世界育ち。  作者: 十草木 田
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楽しい食卓

 アンナの同居宣言の後、根負けした俺は従者のヘルミーナさん、マティルデさんにもそれぞれ空き部屋を提供した。

 アンナの部屋の時と同じように、ドスン!ドスン!と轟音が響いた後、ヘルミーナさんが部屋を提供したことへのお礼を述べてくれたが、部屋の中は怖くて見れなかった。どういう原理か意味不明なので、深く考えないことにした。


 なんだかんだで時間が経ち、夕暮れ時になっていたので、俺は一人でキッチンへと向かい、夕食の準備を始める。4人分の料理を作るのは、初めてだなと思い少し楽しい気持ちになる。

 冷蔵庫の中身を確認し、献立を考える。色々こまごま作るのは面倒だな。そもそも俺が作る料理が、上流階級の人達に合うのだろうか?さっき飲んだ紅茶の味を思い出す。

 とはいえ、どんだけ頑張ったとこで、俺にできることは限られていると思い、アンナが小さい頃好きだった物を作ることにする。今日はカレーだ。

 まずはお米を研いで炊飯器にセットする。続いてカレーに使う野菜を取り出し、適当な大きさに刻んでいく。

 準備を進めていると、二階からアンナ達が降りてくる。

 キッチンに立つ俺を見て、ヘルミーナさんが目を丸くする。


「まあ、イズミ様はお料理をされるのですか?」

「ええ、まあ、大したものはできませんけど…。」

「こちらには、料理人はいらっしゃらないのですか?」

「え?…居ませんよ料理人なんて、家はごくごく普通の庶民ですから。」


 上流階級の家では料理人が居るのが、当たり前なのだろうか?常識の違いに驚かされる。


「お兄様のお料理楽しみです!何を作って頂けるのですか?」


 アンナは四人掛けのテーブルの一角にまで来ると、ヘルミーナさんに椅子を引いてもらい腰を下す。するとアンナの斜め後ろにマティルデさんが、スッと立つ。


「今日はカレーだよ。」

「まあ!カレーですか!?わたくし、大好きです!」


赤い目を輝かせて、嬉しそうに胸の前で手を握り合わせる。ヘルミーナさんが、軽く首を傾げてアンナに尋ねる。


「お嬢様。かれーとは、どのようなものなのですか?わたくし、食したことも聞いたこともございませんが…、マティルデはご存じですか?」

「わたしも聞いたことがありませんね。」

「ふふふ、そうですわね。ヘルミーナとマティルデは初めてでしょうね。とても美味しいですよ。」

「なるほど、それは楽しみですね。」


 カレーは世界的にも認知度の高い料理だと思っていたが、あまり知られていない国もあるようだ。少なくともアンナの好物が変わっていなくて良かった。ヘルミーナさんとマティルデさんの口にも合うと良いのだが…。


「あの、イズミ様。」


 ヘルミーナさんが興味津々といった様子で、俺に声をかけてきた。


「なんでしょう?」

「よろしければ、カレーを作るところを拝見させて頂いてもよろしいでしょうか?できれば、お嬢様の好きなもの作り方を、知りたいと思いまして。」

「ええ、全然いいですよ。あっ、それなら後でレシピもお渡ししましょうかって…日本語でも大丈夫ですか?」

「まあ、ありがとうございます。こちらの言葉で書いて頂いて問題ありませんので、レシピもよろしくお願い致します。」


 ヘルミーナさんは、胸に手を当てお辞儀をすると、俺の後ろに立って調理の様子を眺める。人に教えれるほど料理が得意と言うわけでもないので、ちょっと緊張する。


「えーっと。まずは切った野菜とお肉を炒めていきます。」


 IHコンロのスイッチを入れ、深鍋に油を少量入れて具材を炒めていく。

 鍋の中で具材に火が通っていく様子を見て、ヘルミーナさんが不思議そうな顔をしている。


「火も使っていないのに具材が焼けています。不思議ですわ…」

「えーっと、俺も詳しい原理は説明できませんが、電気の力で鍋を過熱しているんですよ。」

「まるで、魔法のような器具ですね。」

「ま、魔法ですか?」


 魔法という突拍子もない感想に、俺は苦笑いを浮かべる。魔法というなら、ものの数分で部屋の中に家具を一式整えてしまう方が、魔法のように思えますよと、心の中で思う。

 ヘルミーナさんは相変わらず不思議そうに、IHコンロと鍋を眺めている。海外ではIHコンロも珍しいのかな?


 その後も、ヘルミーナさんに説明をしながら、カレーの調理を進めていく。その合間合間で、冷蔵庫、炊飯器、電子レンジなどの調理器具についても、ヘルミーナさんに説明を求められ四苦八苦する。

 あと、アンナ達が住む国にはカレー粉が無いらしく、スパイスから調合しないといけないようで、カレーを作るのはちょっと大変そうだ。

 カレーを煮込んでいる間に、簡単なサラダを作り調理が完了する。ヘルミーナさんに手伝ってもらいながら、テーブルに配膳していく。

 「さぁ、食べましょう」と言って、俺はアンナの向かいに座る。


「わー!お兄様、とても美味しそうです。頂いてよろしいでしょうか?」

「遠慮なくどうぞ。」


 アンナはスプーンを手に取り、カレーとご飯をバランス良く掬い、小さな口へと運ぶ。パクリと食べた瞬間に、目を丸くし赤い目を輝かせる。ゆっくり味わうように咀嚼して飲み下す。


「はあー。カレーですわー。お兄様、とっても美味しいです。」

「ははっ、アンナちゃんに喜んでもらえて良かったよ。」 


 アンナは優雅な動きでカレーを掬い、美味しそうに食べ進めていく。その様子を微笑ましく思っていたが、ヘルミーナさんとマティルデさんがアンナの後ろに立ったままだということに気付く。


「あの、ヘルミーナさんとマティルデさんも、座って食べてください。」

「いえ、我々はお嬢様とイズミ様の、お食事が終わられてから頂きます。主と共になど、恐れ多いです。」

「マティルデの言う通り、お気になさらずお嬢様とのお食事を、楽しんでくださいませ。」

「いやいやいや!そんな、お客さんを立たせたままで先に食べれませんよ。それに、カレーも冷めてしまいますよ。」

「ですが…」


 アンナが主で一緒に食べにくいのは、なんとなく理解できるが、さすがにこれでは俺が食べにくいよ。

 ヘルミーナさんとマティルデさんは、困惑した顔でアンナと俺を交互に見る。

 そんな顔をされても俺も困ると、苦笑いを浮かべてしまう。

 パクパクと食べ進めていたアンナが、その様子に気付きスプーンをそっと置く。


「ヘルミーナ、マティルデ、席について一緒にカレーを頂きましょう。」

「いけません!お嬢様!」

「その様なことは、許されません。」


 ヘルミーナさんとマティルデさんが、アンナの発言に驚き慌てる。

 アンナが首を左右に振る。


「お兄様が、困っていらっしゃいますわ。」

「ですが、従者が主と食を共にするなど恐れ多すぎます。」

「ダメです。これは、わたくしからの命令です。」

「しかしですね…」

「主であるわたくしの命令に背くのですか?」

「そ、そのようなことは…」

「でしたら、お座りになって共にカレーを頂きましょう。カレーはみんなで頂いた方が美味しくなるのですよ。ね、お兄様」

「ははっ。まー、そうだね。」


 アンナの命令には逆らえないらしく、渋々といった感じで、ヘルミーナさんとマティルデさんが席に座る。


「さあ、頂きましょう。」


 アンナの掛け声で俺もスプーンを手に取り、パクリと一口食べる。うん、辛さも丁度よく甘みやコクもしっかりしている。ご飯も丁度よい硬さでうまく炊けていて、美味しいカレーになっている。

 チラリと横に座るマティルデさんと、アンナちゃんの隣に座るヘルミーナさんの様子を確認する。

 向かい合う二人は、相変わらず困った表情で、顔を見合わせていたが、意を決したようにスプーンを手に取り、カレーを掬って口に運ぶ。パクリと口に入れた瞬間、二人は目を丸くする。ヘルミーナさんは上品に咀嚼し飲み下すと、頬に手を添えてうっとりとした表情を浮かべる。


「スパイスの辛さの中に、野菜のうま味やコクがしっかりとありますわ。カレーとは、こんなにも奥深く、味わいのあるお料理だったのですね。わたくし、癖になりそうですわ。」


 マティルデさんは、真剣な表情で次々とカレーを掬って、もぐもぐと食べていく。上品に食べているが、ものすごいスピードで皿からカレーが消えていく。


「このような美味しい食べ物があったとは、お嬢様が大好きとおっしゃられるのも納得です。」

「お代わりもあるので、たくさん食べてくださいね。」

「ぜひ頂きたいと思います!」


 二人の口にも合ったようで良かった。俺も安心して食べ進める。

 祖父が寝込んでから、食事は一人で食べていたので、久しぶりに誰かのために料理をして、食卓を囲んで食べるのはとても楽しい時間だった。


「お兄様。ごちそうさまでした。てとも美味しかったです。」

「イズミ様。大変美味しく、わたくし感動しましたわ。レシピを頂くのが楽しみです。」


 アンナとヘルミーナさんは、恥ずかしそうにお皿半分ほどの量をお代わりしてくれた。


「わたしは、少々食べ過ぎてしまいました。」

「ふふふ、マティルデは確かに食べ過ぎですね。」


 アンナとヘルミーナさんは、顔を見合わせてクスクスと笑う。恥ずかしそうに、頬を両手で抑えるマティルデさんは、悩んだ末に二回お代わりをしていた。


「そうだ、デザートにアイスがあるんですが、食べます?」

「アイスですか!?頂きたいです!」


 俺の言葉に、アンナが再び赤い目を輝かせる。


「カレーの後に、アイスのデザートなんて…お兄様は、やっぱり最高ですわ。」

「あの、わたくしも頂いてよろしいでしょうか?アイスというものにも興味を惹かれました。」


 あれ、ヘルミーナさんはアイス食べたことないのかな?


「マティルデさんは、どうしますか?」

「わたしは…遠慮しておきます。」


 マティルデさんは少し考えた後、お腹にそっと手を当てて目をそらした。


 冷凍庫には祖父が調子を崩した時にお見舞いにもらった、ちょっとお高目なバニラ味のカップアイスが幾つか入っていた。俺は三つ取り出し、スプーンと一緒にアンナとヘルミーナさんに渡していく。


 カップアイスを受け取ったヘルミーナさんが、目を丸くする。


「これは…まるで氷のように冷たいですね。お嬢様」

「アイスは、甘いミルクを凍らせて作るデザートなのですよ。」

「なるほどミルクを、凍らせて…」

「このように蓋を取って、スプーンで掬って頂くのですよ。」


 アンナがヘルミーナに食べ方を説明しながら、アイスを掬ってスプーンを口に入れる。


「はふぅ!やはり、カレーを頂いた後のバニラアイスは格別ですわ!」


 幸せそうな笑顔を作るアンナに、幼い頃の姿がだぶる。

 そういえば、小さい頃もバニラアイスが好きだったよなと。


 ヘルミーナさんも、真剣な表情でアイスをスプーンで掬い口に運ぶと、目を丸く見開く。しばらくすると、うっとりとした恍惚な表情を浮かべる。


「これは、なんと甘美なデザートなのでしょう。凍っているのに柔らかく、口の中でひんやりとトロけていきますわ。ミルクと聞いて、乳くさいものを想像しておりましたが、臭みもなく甘みが優しく広がり、カレーの辛味で熱くなっていた口や喉を、ひんやり癒してくれているようですわ。」

「お口に合ったようで良かったです。」


 アイス一つにヘルミーナさんの表現は、なんだか大げさだなと思いながら、自分の分のアイスの蓋を開けて、スプーンを刺そうとすると横からの視線を感じた。

 チラリと視線の方に顔を向けると、マティルデさんが俺の持つカップアイスを凝視して、ゴクリと唾を飲んだ。


「あの、イズミ様。やはり、私も頂いてもよろしいでしょうか?」


 マティルデさんが顔を赤らめ、恥ずかしそうにそう言った。

 冷凍庫から追加のアイスを取り出しマティルデさんに渡すと、とても美味しいという表情を浮かべ、パクパクと食べた。それを見てアンナとヘルミーナさんは、またクスクスと楽しそうに笑っていた。




 俺は自室のベットに横になり天井を見つめる。時計を見ると日付が変わろうとしていた。

 驚くことが色々あった一日だったと、思い返す。

 我が家の工場に突然現れた美少女は、妹のように可愛がっていた幼馴染で、二人の従者を従えるどこかの国のお嬢様だった。さらには、婚姻届を手に結婚を申し込まれた。いまだにアンナの言っていた「約束」を、思い出せないのは心苦しいが、思い出せるように頑張りたいと思う。

 文化の違いなのか、色々と驚かされた夕食も、久しぶりにちゃんと作った料理を喜んでもらえて嬉しかった。食卓を囲んで楽しく食事ができたのは、祖父の死を無理に忘れようとしていた俺とって、良い気分転換になった。

 「そういえば」と、食事の後にも、もうひと悶着あった事も思い出す。


 食後の片づけをした後、ヘルミーナさんからアンナちゃんの湯あみの準備をしたいと言われた。お風呂のことだよなと思い風呂場に案内すると、ヘルミーナさんは顔をしかめた後、作り笑いを浮かべて「少し狭い浴場ですわね。」と、言った。俺は普段どんな広いお風呂に入っているのかと困惑した。

 シャワーの使い方や、ドライヤーの使い方を説明すると「このような、便利なものがあるなんて!」と、驚かれた。多少の不便は有ったようだが、アンナがちゃんとお風呂に入れたようで安堵した。


 色々考えていると最近ずっと眠れてなかったせいか、それとも家の中に誰かが居いるという安心感なのか、心地よい眠気に包まれてゆく。

 部屋の入口の方に寝返りを打ち、扉を見つめる。その向こうには、アンナが眠っていると思うと、嬉しいような恥ずかしいような不思議な感じがした。

 枕元に置いてある祖父から貰った鍵束にそっと触れる。


「俺が寂しくないように、じいちゃんがアンナちゃんを呼んでくれたのかな。これがもし夢だったら、明日から俺はまた一人だ。」


 自分で呟いた言葉に、俺は驚きと共に呆れてしまう。都合の良いことを言っているな―と。

 俺は静かに目を閉じて眠りにつく。その日も両親がまだ生きていて、幼いアンナちゃんと遊んでいた頃の夢を見た。

アンナちゃんは、カレーライスとバニラアイスが大好物です。

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