心の休息
目を開けると、知っている天井があった。体中酷い汗で気持ち悪い。体を起こすとベッドの脇にハイデマリーさんが居て、サナエ様の城だと思い出す。
ハイデマリーさんは、俺を見て驚いた顔をしている。
「い、イズミさまが起きられました!サナエ様にご連絡を!」
慌てた様子でハイデマリーさんが近くにいた、他の側仕えに指示を出す。
「イズミさま、覚えていらっしゃいますか?」
「え?何をですか?」
ハイデマリーさんが、俺の額や首筋を触り熱や脈を測っている。
「熱も下がっていますし、脈も普通ですね。イズミ様は三日も熱にうなされて寝込んでおられました。」
「み、三日もですか?」
「そうです。サナエ様の部屋でお二人だけでお話しされている途中で、急に倒れられたのですよ。覚えていらっしゃらないのですか?」
サナエ様の部屋からアンナの秘密の部屋に行った事を思い出す。あの時、確か緑の鍵を貰って…。ふと、自分が右手で何かを握っているのに気が付く。胸の前で手を開くとサナエ様に貰った鍵があった。
「その鍵、ずっと握ったまま寝ていらっしゃいましたよ。」
鍵を見ていると、小さいアンナや父さんと母さんの姿を思い出す。
「イズミ様!…どうされたのですか?」
「へっ?…どうって、何がですか。」
「何がって……泣いていらっしゃいますよ。」
気付かなかった。俺はいつの間にか目からぼたぼたと大粒の涙を落として泣いていた。小さなアンナ、父さんと母さんとすごした楽しかった日々、じいちゃんに魔法を教えて貰ったこと、そして魔法を使う男たちに父さんと母さんの命が奪われたこと、色々な記憶が一気に溢れてきて感情が抑えられなくなる。頭の中はぐちゃぐちゃだし、胸が苦しくて辛い。
気が付くと俺は嗚咽を上げながら、顔を両手で抱えるようにして泣いていた。どれぐらい時間が経っているのかも分からないが、ベッドにサナエ様が腰掛けて、俺の頭を優しく撫でてくれていた。
「サナエ…様…。」
「心配しましたよ。三日間熱にうなされて、起きたと思ったら急に子供のように泣き出して…。」
「すいま…せん。俺…母さん…父さんの…。」
ハッとして目を丸くし驚いた後、サナエ様は察してくれたようで「思い出したのですね。」と言って悲しい笑顔で俺の頭を抱きしめてくれた。俺が落ち着くまで、サナエ様は何も言わず、頭を撫で続けてくれた。
俺が「色々話したいことがあります。」と言うと、サナエ様は話をする前に、お風呂に入って食事を摂るようにと言ってくれた。寝汗の気持ち悪さもあり、三日間何も食べておらず空腹でもあったので、その言葉に甘えさせてもらう。
すぐにハイデマリーさんが食事の指示を出し、お風呂の準備をしてくれた。汗を流してお風呂に浸かるといい香りがして気持ちが安らいだ。また薬湯を使ってくれているようだ。
「すいません。お見苦しいところを見せしてしまいました。」
「とんでもございません。それだけお辛いことを思い出されたのだと理解しておりますよ。今のイズミ様には心の休息が必要です。」
俺が少し照れながら言うと、頭を洗ってくれているハイデマリーさんが、優しく理解をしめしてくれた。その優しさでまた涙が出そうになるが、ぐっとこらえる。今の俺は涙腺が崩壊しているのだ。
ハイデマリーさんが俺の様子を見てクスっと笑う。泣くのを我慢しているのは、バレているようだ。
お風呂から上がり着替え終わると、すでに食事の用意がされていた、時間的には昼食時だが俺の体の事を考え、スープとやわらかいパン、果物のジュースという消化に良い軽めのものになっていた。食べ応えは無いが、体調の事を考えると仕方ないだろう。問題なければ夕食はもう少し食べ応えのあるものが食べれるそうだ。
俺はゆっくりと味わいながら食事を摂る。食事が終わるのを見計らったようにランベルトが部屋を訪ねてきた。
「驚きましたよイズミ様。急に倒れられたと思ったら三日も寝込むのですから。」
「ご心配おかけしました。」
「いえいえ。サナエ様が慌てふためく姿が見れて貴重な体験でしたよ。」
「ランベルト。不敬ですよ。」
「これは失礼いたしました、母上。」
ランベルトの悪びれない様子に、ハイデマリーが溜め息をつく。
「ところで、ランベルトは王城に戻らなくても大丈夫なのですか?確か王の護衛騎士でしたよね。」
「それについては、問題ありません。イズミ様が失踪した責任をとって辞任しましたから。なので、今戻ると色々と怪しまれてしまいます。」
「え、辞任って確か、貴族にとっては大きな傷になりますよね。しかも、それ私のせいって事じゃないですか!全然、問題なくないですよ!」
まったく慌ててないランベルトの姿に俺が慌ててしまう。母親のハイデマリーはまた溜め息をついている。
「それに、一度辞任すると次の役職を得るのが難しくなると習いましたよ。」
さらに俺は、倒れる前にハイデマリーから学んだ貴族知識から問題点を取り上げる。
「大丈夫ですよ。私はもともと王ではなく、サナエ様とアンナ様に忠誠を誓っていますから。役職についてはそうですね、イズミ様が責任を持って私を護衛騎士に任命して頂けば問題ありません。」
「うぐっ…。」
急に責任を取って雇えと言われたの思わず口ごもる。確かに俺のせいで辞任しているので少しは責任感を感じているが、正直うんといえない。情報収集能力や考察力がありすごく優秀な人だと思うが、性格的に好きになれない。いつもニコニコ笑う笑顔の下で何を考えているのかわからないのだ。
「か、考えさせてください。今はなんとも言えません。」
「いいですよ、姫様を取り戻した時に決めて頂ければ大丈夫です。期待していますよ。」
ランベルトは、いつも通りのニコニコ顔でそういった。
ランベルトが退室すると、サナエ様からの連絡があった。今日は、体を休めて明日から訓練を再開するようにとの指示だった。かなり心配をかけてしまっているようだが、正直まだ思い出した事に心が揺れていて、気持ちを整理する時間が欲しかったのでありがたかった。
夕食も自室で一人、摂る形だったが、食べ応えのあるものが出てきたのでお腹は満足できた。食後にお茶を飲んでいるとハイデマリーがお風呂の準備を始める。
「まだお顔の色もすぐれませんし、今日は早めにお休みください。」
あまり自覚は無かったが、俺の顔色はあまり良くないようだ。ハイデマリーが心配そうな顔を浮かべている。
ハイデマリーがお風呂の準備を整え、手早くお風呂に入れてくれた。
お風呂から上がると既に整えられていたベッドに入るが、少し寝ることが怖かった。また父さんと母さんが殺される夢を見そうで怖いのだ。
けれど、ハイデマリーが言っていた通り、体調はまだ悪かったらしく、ベッドに入ると直ぐに眠りにつくことができ、悪い夢を見ることもなかった。
伊澄くんにとってサナエ様は
おばあちゃん的存在になりつつあります。
追記
すいません!サブタイトル間違っていたので修正しました。




